最終話 女騎士へ、英雄から

Chapter.38 スタンス

 少し、セシリアとの出会いを振り返る。

 異世界に転移して一ヶ月ぐらいのことか。

 序盤も序盤、旅にも出ていない頃、俺の護衛役だった前任の騎士がリタイアしてその後入ってきたのがセシリアだった。


『この度英雄様の護衛役として配属になりました! セシリア・ミストリタと申します!』


 俺の一つ下の、同世代。

 こいつはずっと変わっていない。


 ♢


 俺が転移魔法陣に召喚されてから旅に出始めるまで、約二ヶ月間の素質チェックや異文化慣れの期間が存在した。なにぶん王国にとってもはじめての試みだったから、お互い手探りのような距離感が隠せず、信頼されてないけど期待されてる、って感じのチグハグな視線がどうにも気持ち悪かった時期だ。


 最初の一週間は城で生活し、護衛役が付いてからは街で庶民に近い生活をする。と言っても別にブルジョワみたいな生活をしていたわけではなくて、純粋に、環境に慣れるためだ。


 俺としては問題なかったし、むしろ毎晩会食のような長細いテーブルに着かされて本物の王族を目の前に慣れない料理を堅苦しく食べていた城生活よりずっとずっと良かった。


 問題は前任の護衛役にあってだな。


 それというのもわがままで高飛車。軽率に人を見下して仕事も半端にしかこなさない、何を質問しても適当に答え何をやっても水を差すようなことを言う、外面と内面で天と地ほどの差があったやつ。英雄の護衛役という箔が欲しいばっかりに取りいってきた、ザ・貴族! みたいな傲慢なやつがいて。


 俺が沸々とフラストレーションを溜めていた一方で、まあ、一ヶ月もするとこいつは全部の役割を放り出したわけだ。文字が読めないから仕方ないっつうのに、気になること一つ一つ聞いた俺をしつこい、お守りに付き合えないとか言って逃げ出した騎士サマが。


 セシリアはその後に配属された、後任の俺の護衛役だった。


 自己紹介を経て。


『サクマタクヤって変なお名前ですね……』


 こいつマジかよって思った。

 騎士ってこういうのしかいないのかよって思った。


 まあ、いまとしてみれば別に悪気ない素直な感想だなとは思うんだけど、当時は前任の影響があったので、イラっと来るし心閉ざしてたし、絶対頼らねーってヘソを曲げていた。

 ヘソを曲げていたんだが……。


 セシリアってやつは本当にすごい。というか、俺がちょろいのかもしれない。

 昔から押しに弱いところは自覚してるが、セシリアは押すことしか出来ない女だった。


 めちゃくちゃ尊敬してくれてるし、めちゃくちゃ尊重してくれるし、俺が嫌な態度を取ってしまっても嫌な顔一つ浮かべない。なのに俺が困っていると当然のように手を差し伸べてくれる。

 なんというか、よく出来た人だなと思う。俺より年下で。本職の騎士で。

 俺のほうが尊敬する。


『お前はどういうつもりで俺に優しくしてんの?』

『……ど、どういう意味ですか? え? 何かお気に障りました……?』

『いや……なんでそんな泣きそうになるんだよ……』


 いま思い出しても不思議なやつだ。

 不思議だけど、同時に、こいつは、裏表のない『根がそういうやつなんだ』っていう認識が俺のなかで出来上がった瞬間でもある。


 まあ、そんな関係構築もあって、俺とセシリアはかなり打ち解けあっていったわけだ。一番の仲間、信頼出来る相方と思えるくらいに。すごく恥ずかしい話だが。



 その一方で、実際は裏の事情があることも後に知る機会があった。


 これは前任の話にもなるんだが、本来アベリア王国の騎士とは貴族階級にあり跡継ぎでない次男以下が就くポスト、と言ったような面がある。有事の際に駆り出されるかも知れないが基本安定収入と高い身分が得られる肩書きで、形だけの存在であることが多くて、なかには当然真面目な人もいるんだがやっぱり前任の護衛役みたいに腐った連中が多かった。


 この腐った連中が思いの外救えなくて、騎士になると全員一律の身分になるというのに本家の威光を借りる次男坊、みたいなろくでなしが下級貴族の出の騎士に対していびりみたいなことをしょっちゅうする。


 てっきりセシリアが後任に選ばれたのは騎士として優れた立場にあることと俺と同世代なのがあるからかなと思っていたんだが、実際は前任が嫌がらせと思って押し付けた(※聞こえが良く言えば推薦した)という経緯があったみたいだった。


 その話の流れで俺はセシリアの生い立ちを知った。


 院の話は水族館に行った時でも魚を飼ったことがあるかないかみたいな話で少ししたな。


 そう、振り返ってみれば自然なことだ。セシリアは騎士でありながら、必要以上に高いプライドもなければマナーも教養も最低限で馴れ馴れしいし、親しみがあるし、俺のような人間に合っている。


 セシリアは、貴族の出身じゃない。

 聖教騎士団と密接な関係にある教団の修道院で育てられた、孤児なのだと、知った。


 ♢


 ……――まあ、だからと言ってセシリアがあっちの世界に帰れなくても、という話にはならないことは分かっている。

 前任やその他の性悪騎士に対しては俺が英雄として予言通りの結果をもたらした時点で、セシリアの『パーティーメンバーの女騎士』という箔は絶対のものになっているし、あいつが人に好かれる性格なのはあいつの笑顔を見たことあるやつなら誰でも知ってるだろ。


 帰る場所はあったはずで、奪ってしまったのは俺。

 その責任を取ることに恐れはない。けど、退路がなくない状態で選択を迫られるのは可哀想だし、ぶっちゃけ脅迫みたいになる。あいつが本心を押し殺すのは避けたい。


 だって冷静に考えろ。異世界に来て見知らぬ土地で、あなたはもう自分の世界に帰れません。知り合いの男と一生一緒に暮らします。なんて気味悪い話はそうそうない。

 それに頷くしか道がない、なんて許されるはずがない。


 ここまで俺が気を遣うのも、あいつに気は遣われたくないからだ。

 どれだけあいつの考えていることが分かると言っても俺はエスパーなんかじゃない。

 あいつがいつまでも俺のことを好きでいてくれてるなんて思っているほどナルシストなわけでもない。


 あいつがどう思うかは知らないが、あいつの意向に沿うようにしたいとは思う。


 なるべく、あいつの本心が知れるように立ち回る。



 ……だから、ここで一つ。

 言葉にすることはないであろう、俺の本音を明かしておく。

 俺はセシリアと離れたくない。


 その上で、建前も明かしておく。

 セシリアは帰ったほうがいいと思うんだ。

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