Chapter.33 接触

 水曜日は今朝から異変があって、ズボンが転送されていた。ということで火曜日の下着は狙ってやったことが判明し、同時に、『実験1』と書かれていた紙も紛失していることに気が付いた。

 きちんと保管していたにも関わらずだ。

 異世界へ戻ったと見るのが適切か。


 まあ、魔術なんて常人に理解出来るものじゃない。使っている奴も少なかった。

 何をしているのか見当も付かないけど、おそらくトーキマスのほうで二つの世界を結ぶ試みをしてくれているのは確かだ。


 ……まあ、待つしかなかった。



 その日も午前中は大学に行ったが、全く身に入らないままぼうっと時間を過ごすことになる。


 正直、こんな状態でいるなら家に残るほうがいい気もしたが、大学っていうのは面倒で、出席そのものが単位に繋がる。今後のことを考えるならば、俺はこちらも優先していかなきゃいけない。


 講義が終わって昼飯時。一度キャンパスを出て近くのコンビニまで歩いて行く。


 梅雨の影響も湿ったコンクリぐらいにしか感じなくなり、日中は晴天で随分と過ごしやすくなった。同時に、うだるような夏の気配が文字通りジリジリと近付いてくる予感もする。


 あまり食欲も湧いていないので適当に見繕うとしていると、飲み物類を取り揃えるコーナーでふいにコラボ商品が目に入った。

 水瀬が元々やっていて、最近ではセシリアも始めているらしい男性アイドル育成ゲームの、スーパーにあったものとはまた違うジュースの紙パックのコラボ商品だ。

 キャラクターに紐付けた風味の名前とパッケージにはコンビニの制服を着てる立ち絵がセットになっている。


 いままで気にしていなかったから意識的に見てなかったんだろうが、意外と人気があるんだな、とついつい立ち止まって考えてしまうなど。

 マチマチに売れきれの状態だったが、一種類だけ人気があまりなさそうなキャラのパッケージの商品があり、見覚えがあったので首を捻る。


 頭のなかでその正体が合致すると、俺は大きく首を落とした。


「セシリアが俺に似てるって言ってたやつか……」

「なになに? 何が似てるの?」

「っ……。水瀬」

「最近よく会うね〜。こんにちは、タクヤくん」


 うやうやしく挨拶をされてしまって「……こんにちは」と俺もつられる。

 背後からぬいっと顔を覗かせた水瀬に驚いた余韻はまだ抜けきっておらず、ついでに恥ずかしい独り言を聞かれたのではないかという戸惑いで心音がかなりうるさくなっている。


 胸元に手を当てて時間を掛けて心臓をなだめ、俺は努めて平静を取り繕う。


「タクヤくん興味持ってくれたんだ? スタフォ」


 スタフォとは前も聞いたが、コラボ商品のゲームの略称だ。そうは訪ねてくれるけど、俺自身はぜんぜん興味を持てていないので未だに正式名称は覚えていない。


「いや……そういうわけじゃないんだが……」


 とはいえ、商品を見ていたのも事実で、話の一部も聞かれていたのだ。はぐらかすのは難しい。


「……このキャラいるだろ」

「藤堂くん?」

「セシリアが俺に似てるってあほなこと言うから、その、見てたんだよ」

「あー……」


 あー、があまりにも長い。

 水瀬は商品のパッケージをまじまじと観察しており、俺としてはだんだん気分の悪さを感じるようになってくる時間だ。


 二次元のキャラクターに対して自分が似てると言われた、と語るほど恥ずかしい話もないな……。


 言葉を取り消そうとした瞬間に、「まあ」と水瀬の目は俺の髪に向く。


「髪型は似てるかも?」

「……触るなよ」


 彼女の細い指先がぐっと伸びてきて俺の前髪をちょんと触る。思わずのけぞってそう反抗すると、くすくすと笑う水瀬が俺を揶揄うような目で見ている。

 心が、ざらりとした肌触りになっていく。


「でもタクヤくんは筋肉がないからな〜」


 品定めするような目で見られて弱る。確かにセシリアが俺に似てると言った『藤堂』というキャラクターは、肩幅が広めで肉付きがしっかりとしたわりと筋肉質なキャラだ。スマートな雰囲気がある。

 そうして見比べると、確かに俺の体は別に筋トレを多く行っているわけではないし、近しいようには見えないかもしれない。

 俺は少し意地になって答える。


「……前はあったよ」

「前? へえ〜? わたしは知らないなあ」


 もちろん前とは異世界での話で。

 三年間旅をし続けて、いまより少しだけ歳を取った俺の姿を知るセシリアには、似てるように見えてもまあ、分からない話ではないのではないかと……。なんで自分から似てるって思われようとしてんだ。

 正気を取り戻すように頭を振る。


 しかし、『わたしは知らない』か。


 ……………。

 別に、前から俺のことを見ていたわけでもないだろうに。


「ねえ、タクヤくん」

「……なんだよ」

「せっかくの機会なんだしさ、ちょっとあっちのお店で話さない?」


 コンビニでする立ち話にしては長くもなって来たからか、水瀬がそんなことを提案する。

 そんな言葉には甘えずに、俺としてはもう解散してしまいたい気持ちなんだけど、水瀬のジッとした目には何か強い力があるように思えてしまって。

 思わず息を呑む。


「セシリアちゃんもいないみたいだしさ」

「……何の話をしたいんだよ」


 嫌な予感がする。心がざわつく。脳内が警告表示で埋め尽くされる。


 俺の問いかけに水瀬は答えることはなく、そのまま向かいにあるカフェへと場所を移る。

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