Chapter.28 T*kTok

『ガウガウ体操、いっくよー! さん、はい、せぇーの、がぁうがぁう! がぁうがぁう!』


「がっ、がぁうがぁう! がぁうがぁうッ!」


『わおおお〜ん!』


「わっ、わぉーーん……!」


 ―――――ルカのスマホから再生される振り付け用の音源に合わせてセシリアは見よう見まねのダンスをする。復唱する必要はないのだが、状況が分からなくても必死に喰らい付いていこうとする姿勢は伺える。

 それは十五秒ほどのダンスだった。


 終わったあと、


「コッ、殺してください……ッ!!」


 息を切らした様子で両手と膝をついたセシリアが苦からの解放を求める。


 さすがに笑いを堪えきれなくてバンバンバンとテーブルを叩きながらルカは笑った。


「はー……最高すぎるよ。本物のくっ殺女騎士じゃん。見れてよかった」

「ひどいですルカ殿ぉ!」

「ごめんごめん。でもかわいかった! これはほんと! ほら、見てみて」


 全身が映る画角になるよう壁に立てかけたスマホを回収し、先ほど録画した映像にエフェクトなどの加工を施したルカが画面を見せる。


 ガウガウ体操は可愛こぶった狼の物真似をする最近流行りの音源で、爪で引っ掻くような振り付けだったり、ぐぅーっと背伸びする遠吠えのような振り付けがあったりする。よたた、と転びかけてしまうところまでがテンプレートだ。


 とにかくかわいいと女子高生の間でいま流行っており、ルカは実家で踊ったこともあるし同級生と『ガウガウ体操・群れバージョン!』という亜種までやった。


 セシリアの特徴的な横髪はルカの目にも(ケモ耳みたいだな)と見える部分があったので、ぐいぐいと背中を強引に押して踊ってもらったというわけなのだが……。


「これがさっきのセシリアさん」

「……う、は、恥ずかしいですよこれ……!」


 恥ずかしがっているセシリアさんが一番かわいい……と、ルカはゾクゾク来るものを感じた。

 ぶんぶんと首を振ってやましい考えを取っ払い、アップロードは保留したまま、データだけアルバムのほうに残しておく。セシリアは恥ずかしがってしまったが、普通にいい感じのデータにはなっている。ぎこちないところまで含めて百点満点。もちろん無許可でアップロードしようというわけではないが、ルカはもはや個人的にセシリアのファンだった。


「他にもあるから一緒に踊らない?」

「うー……嫌ですよー……」

「なんでよー」


 ぐじゅぐじゅと渋るセシリアをご機嫌取りするみたいに肩をマッサージして距離をグッと近付ける。


「あーでもあたしいま服がダメか……」


 遊びとして一緒にする分にはぜんぜん構わないが、あわよくば上げたいな……と思っていたルカとしては残念な気持ちになるポイントだ。


 がっくし、と首を落として落胆を見せると、そんなルカの態度をまじまじと見たセシリアは、(さすが兄妹ですね……)みたいなことを薄ぼんやりと思うのだった。


「あ、ねえねえセシリアさん! あの鎧着てほしい!」

「いいですよ」

「写真も撮らせてもらっていいかな?」

「ルカ殿はお好きですね……けっこう恥ずかしいんですよ……?」


 と、まんざらでもない様子で恥じらうセシリアが鎧を着込む。


「ん? 待って待って、メンダコ?」

「あ、はい、そうです! 貼りました!」

「あー……。水族館のステッカーかー……あー……そこに貼っちゃったんだー……」

「?」


 胸部を覆う装甲の一番目立つところにでん、と貼られた赤色のメンダコステッカーである。鎧が白銀に出来ているだけに、なんともまあ目を惹くこと。


 深くは言及せず言葉を飲み込んで、多少、価値が落ちたような気がする異世界人の姿を写真に収めさせてもらうのだった。


 でもかっこいい。先ほどまではかわいい美人さんだなって思っていたけど、鎧を着たことでスイッチが入ったのか、かっこいい女騎士の横顔を見せてくれる。


 次の瞬間には「似合うでしょう?」とフフン顔の彼女が現れて、ほっと胸の高鳴りが落ち着くわけだが。


「あのさ、この剣って本物なの?」


 腰に吊るしている長剣を見つけて、そういえばアレで出迎えられたんだよね……とつい先刻のことを思い出しては苦々しい顔を浮かべるルカ。


「本物ですよ」

「持ってみてもいい?」

「危ないので鞘から抜かないようにしてください」


 軽々しく彼女が片手で持っているそれを受け取る。

 予想以上に重たい。


「重たっ……どっひゃ〜……待って、にいも異世界じゃこれ持ってたの?」

「タクヤ殿も身につけておられましたが、実際に抜くことはほとんどなかったですね。戦闘は私たちの仕事で、タクヤ殿はいわば司令塔でした」

「だよね。逆に、セシリアさんはこれ振り回してたんだ。すごい」

「それくらいしか取り柄がなかったんです。ありがとうございます」


 ふんっと自分でも踏ん張って持ってみるけど、やっぱり無理。へにょへにょと手が落ちていき、セシリアが軽々しくそれを受け取る。やっぱりすごいなあ、と思う。


「筋肉触ってみていい?」

「……嫌です」


 恥じらうように身を抱き寄せるセシリアを見て、ルカは残念そうにテーブルに突っ伏した。


「……………あの、ルカ殿に訪ねてみたいことがあるのですが」


 筋肉、からの連想か、セシリアは、脳裏に掠めた自分とはまったく違う属性をしている華奢な女性の影を思い出す。


「その、ミナセ殿をご存知ですか?」

「あー……」


 ルカは曖昧に答える。面識があるかないかでいうと、ないんだけど、


「ミナセ殿とタクヤ殿は、どういった関係だったのでしょう?」

「……あたしも、ちゃんと知っているわけじゃないんだけど……」


 それから。

 ルカはすぅーっと息を吸い込んで、自分が知る限りのその関係性を、セシリアに話した。

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