第六話 女騎士は英雄の妹と

Chapter.27 女子会

「……『あとで話す』って絶対ほんとじゃん……」


 場所は移動してリビング。スマホに届いた通知を受けて、あんまりな真実に落胆した態度を見せるルカがいる。先ほど聞いた話が本当ならば。


 ちらり、と一瞥するように、対面に座るセシリアの――その右奥の開いた戸棚のなかにある鎧も、きっと、本物なんだろうなあ……。と思った。

 存在感がエグい。


「タクヤ殿は本当にすごいのです! 困っている町民の方々のために率先して魔物討伐に出ましたし、牛飼いに頼まれたからって逃げ出した牛二頭を泥まみれになって連れ帰る英雄がいると思いますか? 旅をする間の馬車も基本、徒歩しか移動手段がない方を乗せて行ってあげていましたし、脱輪した商人の馬車を見兼ねて押してあげたこともあります。お礼の品も、高級品なのに、タクヤ殿はそれを受け取りませんでした。『馬車の修繕費に当ててくれ』と言って、その場を収めたのです、かっこいいでしょう! 重たい荷物は積極的に手に取ろうとしますし、歩けないご老人はおぶってあげていました。子どもには優しくて、協調性がない人は嫌いで、でもタクヤ殿は荒くれ者を見かけても、一方的に正義を振りかざすような傍若無人ではないのです。盤面を見る力があって、その場の最適な行動を選べて、端まで目が行き届くお方で、誰かが不安に負けそうなとき、どれだけ忙しくても声がけを忘れません。親身になって相談に乗って、現場の兵士ほどタクヤ殿を慕っています。その振る舞いがどれほど大変なのかも分かります。なのでタクヤ殿は時折、疲れたり、辛そうな時期もあったりはしたのですが……それを外には絶対に見せない、着いてきてくれる人たちを不安にはさせない。そんなタフさがありました。本当にすごいのです。私はそれを知っています」

「へ、へえ……すごいね、にい……」


 捲し立てるように饒舌に語ってくれる彼女を前に、ルカは気圧されてコクコクと頷く。信じられないような話に思うし、でも兄ならなあ、という気もする。いや、異世界云々は(まっさかぁ)と冗談にしか思えていないんだけど、話の内容には共感出来るのだ。

 人の優しい兄と、生まれたときからいるだけに。


「……あたしも、にいの良いところはいっぱい知ってる。口ではツンツンしてるんだけど、お願いしたら普通に聞いてくれるんだよね、面倒見いいっていうか、ちょろいっていうか」

「分かります!」


 今度はセシリアがコクコクと頷く番だ。同じ人を別々の観点から見ている分、知らない話や共感出来る話が出てくることに、お互いが興味津々だった。


「よく人のこと見てるなって思うし、自慢の兄なんだけど、なんか認めないっていうか隠すところがあって損してる。これって縁の下の力持ちってコトなのかなあ」

「……え、な、なんですか? 縁の下?」

「ん? えーっと……見えないところで活躍するみたいな……」


 いざ聞かれると上手く説明できなくて弱る。言葉尻が途切れるような説明になりながら(間違ってないよね?)とドキドキを隠せずにルカがそう教えてあげると、セシリアは胸元で両手を合わせてパァーっと咲いた笑顔を見せた。


「なるほど! それはすごく分かります!」

「……………この人かわいいな……」


 小声で呟く。顔面の神々しさが凄まじい。

 うっ、と心臓を抑えながら堪える。


 ルカは富士宮市という絶妙な出身地にコンプレックスとも言い切れない複雑な心境を持っていたので、(静岡市にはこんな美人がいるのか……!)とわなわな震えてしまいそうだったけど、そういえばこの人は自称異世界人だ。なので、(異世界はこんなに顔面偏差値が高いのか……!)と認識を改める作業をした。


「あちらでは、私はタクヤ殿の護衛役としてよく行動を共にしていたのですが、それでもタクヤ殿は私の知らない、色々な人助けをしているみたいでした!」


 この話の流れでセシリアが連想したものは栄典の際の功績の読み上げで、そればっかりは王国の戦略による勘違いであることは否めないのだが、信じる道理もあったことは分かる。


「にいの良さはにいを見てる人にしか分からないんだ。だからその、『現場の人は慕ってる』って言葉もすごくよく分かる。にいと接点があって、にいのことを見てる人じゃないと、にいは自分でアピールしないから、ただのパッとしない人で終わっちゃうんだよね」


 そう言われて、確かに、と納得するような部分もあったし、同時に自分はよっぽどタクヤ殿のことを見てしまっているんだなあと気恥ずかしさを覚えてしまう部分があって、セシリアはちょっと落ち着いた様子で、「……そう思います」としっかり頷いた。

 そんな彼女の態度を見かねて、ルカは早々にぶっ込む。


「ねえねえ、セシリアさんってにいのコト好きなの?」

「ふぉおっ!?」


 ガタガタっと立ち上がってファイティングポーズを取る。ルカは苦笑し、「もう分かったよ」と意を汲んだように言葉を掛けてくれるのだが、一瞬で上がった体温はなかなか下がってくれない。


 その態度がいまどき見ないようなほどの『乙女』といった反応だから、ルカは(この人めっちゃかわいいな!?)とだんだん気に入りつつあった。


 いそいそとセシリアが席に戻ると、恥じらいをグッと堪えた表情で、意を決したみたいに言葉にしようとしてくれたから、


「待って! 言わないで!」


 とルカは止める。


「へえっ?」


 すんでのところまで出ていた言葉をグッと呑み込んで、困惑した様子で首を傾げるセシリアに、(うわあああお兄ちゃんもう大勝利じゃん……!)と悔しくなるくらいときめいてしまいながら。


「それを、言葉にするときは、にいに直接言ってあげよう」

「――っ、はい!」


 セシリアが元気よく頷く。

 ……………。


(もうお兄ちゃんが振ったらあたしが貰お)と思ってしまうくらいには本当に可愛かった。



 それからはお互い打ち解けた様子で、ルカが知る限りの若かりし兄の話。セシリアが知る限りの異世界にいた頃の話を、楽しく語り合うような女子会になっていった。


 途中から「うちにおいでよー! 歓迎するよ! 異世界じゃあ焼きそばもないでしょ!? あとお好み焼きとか! 全部食べれるよ! 美味しいよ!」と熱烈にB級グルメで有名な富士宮市へ誘い出そうとするルカの姿があったり。


「この前タクヤ殿と水族館に遊びに行きました!」と思い出話に花を咲かせると、「えー! もうデートじゃん!」と恋バナが大好きな女子高生が顔をひょっこりと覗かせたり。


 デートの言葉の意味を知ると、顔を真っ赤にしてショートしてしまうような初心のセシリアの姿があったりした。


 そして、楽しげな談義の内容はセシリアがこの世界に来た理由まで遡り、


「え……そんなこと言ったの……?」

「ひどくないですか!?」

「ひどい! それは最低だよ!」


 と、ことの始まりになったタクヤの例の捨て台詞を知ると、一刀両断するようなルカに、遠方のバイト先ではくしゃみをして嫌な予感を覚えるタクヤがいたとかいないとか。


 思った以上に楽しい関係性を構築出来てしまうのだった。


 ……いずれ、ウズウズが抑えきれなくなったルカは、セシリアにこんなことを提案する。


「ねえねえ、セシリアさん」

「なんでしょう?」

「ちょっと一緒にダンス動画を撮らない?」

「……? ダンス、動画ですか……?」

「そう」


 かくして、セシリアは現代の若者文化を知る――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る