メレディア、幸せへの道①

 それから二月ふたつきが過ぎ、降雪が落ち着き始めもうすぐ春。


 ロイド様のお母様が亡くなった。

 亡くなる直前、ロイド様とお母様のことを知る隣のマルクス領の領主から知らせを受けたロイド様はとお母様を尋ねた。

 そこには二人の男の子と一人の女の子が、ベッドの上で横たわるお母様を囲んで、それを見た時のロイド様は、悲しむような、どこか安心したような、なんとも言えない表情をしていた。


「何度も生まれてきたことに疑問を持った。俺は生まれなければよかったのかもしれないとも思った。……でも、生まれてきたから、俺はこいつに……メレディアに出会えた。だから──俺を産んでくれてありがとう。……母上」


 その言葉を聞いた瞬間、お母様のうつろだった瞳は大きく開かれ、大粒の涙が一粒、頬を伝って、そして瞳は永遠に閉じられた。


 お母様を棺に収める際に気づいたのだけれど、お母様が売らずに大切にしていた金のトップがついたネックレス。

 あれはロケットペンダントになっていたのだ。

 中には幼い頃のロイド様とお父様、そしてお母様の3人の写真が収められていた。


 きっとお母様は、ベルゼを追放されてからもずっと、二人のことを思っていたんだろう。

 ロイド様はそのペンダントを、何も言わずにそっと棺の中のお母様の上へと置いて一緒に埋葬した。



 ──この世界の喪明けは早い。

 前世では一年のところ、ここでは1ヶ月で喪が明ける。

 お母様の喪が明ける頃に雪は溶け、春が来た。

 色鮮やかな花々が咲き誇り、鳥や虫が動き出す頃。


 まだ肌寒さを感じる朝目が覚めると、すでに隣に夫の姿はなかった。


 それ自体は勤勉で仕事熱心なロイド様のこと、よくあるのだけれど、今朝は夫が寝ていたはずの場所に一枚のカードが置かれていたのだ。


『ダイニングにて待つ』


「……果たし状!?」


 これ、知ってるわ。

 前世で本で読んだことあるもの。

 体育館裏にて待つ、ってやつよね?

 じゃぁ、うちのダイニングで……ば、番長が待っている──!?


 え、どうしたら……。

 そうだわ、とりあえず何か武器を!!


 私は急いでベッドのヘッドボード側の壁にかけている護身用の剣を取り外すと、着替えをするため自室へと戻った。


 が、ここで不思議なことが起きたのだ。

 いつもはロイド様が買ってくださったいろんな色の服が入っているクローゼットに、なぜか白系のドレスやワンピースしかない。


 他の服どうした!?

 まぁいいわ、決闘したら汚れが目立っちゃうけど、仕方がない。

 私は急いで適当なワンピースを手に取り袖を通すと、ダイニングへと向かった。



 ──ダイニングの扉を開けて中に入ると、そこに学ランをきた厳つい番長の姿はない。

いるのは穏やかな笑顔を携えたローグのみだ。


「ローグ?」

「奥様おはようございます。おや、そのワンピース、よくお似合いですな」

 ローグは私を見てそう言うと、柔らかく目を細めた。


「ありがとう。朝クローゼットの中を見たら、白色のドレスやワンピースしかなくて。果たし合いに行くのにドレスは向かないから、ワンピースにしたのだけれど……私の服、一体どこに行ったのかしら?」


 私が首を傾げると、ローグは驚いたようにさっき細めたばかりの目をまん丸にして「おやおや」と声を上げた。


「果たし合い、ですか? ……くっ、はっはっはっはっはっはっ!!」

 今日のローグは珍しく感情の起伏が激しいわね。

「何がおかしいの?」

「ふふ、あぁいえ、失礼いたしました。これもあの方がはっきりしないから、なのでしょうね」

「?」


 一体なんの話なのか皆目検討もつかないでいると、ローグは懐から一枚のカードを取り出し「こちら、奥様に」と私に差し出した。

「私に?」

 何かしら?

 あれ、このカード、さっきのと同じものだわ。


『レイランフールにて待つ』


 レイランフール──この街のコスメショップだ。

 貴族向けの高級なものから庶民の一般的な化粧品まで幅広く取り扱う。

 マゼラが私にと用意してくれたものもここで購入したものらしい。

 今度はここに行けってこと?


「はぁ、仕方ないわね。じゃぁローグ、私行ってくるわね」

「奥様お待ちください。これを──」

 そう呼び止めて取り出したのは、綺麗なダイヤがいくつも散りばめられたネックレス。


「綺麗……。これは?」

「このベルゼの宝でございます。後ろを失礼」


 ローグは一言断ると、私の後ろに周り、そっとネックレスをつけてくれた。

「いいの? そんなすごいものを私なんかが付けて……」

 ものっすごく高そう。

 私、確かにベルゼ公爵夫人だけど、肩書きだけのなんちゃって公爵夫人よ?

 それにこれから決闘だっていうのに。

 壊れたらどうしよう。弁償金、いくらになるだろう……。


「はい。あなた以外、つけることは許されません」

 私が心配していることの内容など知らないであろうローグが笑顔で返す。

「そ、そう? ありがとう。壊さないように気をつけて戦ってくるわね……!!」


 このネックレスだけは死守しなければ……!!

 私が気合を入れると、ローグはまた目をスッと細めた。


「はい。お気をつけて。あ、奥様」

「何?」

「このベルゼ公爵領にきてくださったこと、使用人一同心よりお礼申し上げます。この地を、私たちを、そしてあの方を見捨てることなく居てくださって、本当に、ありがとうございます」


 胸に右手を当て敬意を示すローグに、私は込み上げてきた温かいものを感じて「こちらこそ、私を受け入れてくれてありがとう」と頬を緩めた。

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