メレディアの決意と重なる未来


「結論から言うと私には前世の記憶があります」


「前世の──記憶? それはお前が生まれる前の記憶ということだろうか?」


 この世界には輪廻転生という概念はない。

 死んで火葬された後、人は皆、創世の女神ディーレ様の元へ魂だけとなって戻り、そこで幸せに暮らすのだと言われている。が──。


 幼少期、初めてそれを教えられた私は、ディーレ様がいるという天界の人口密度を激しく心配したのを覚えている。

 死んだ人皆天界に行ってたらディーレ様大変じゃない!?

 養えるの!?

 減っても増えるこの世界全員の魂を!! と……。


 まぁ、そんなこといちいち心配していたらこの世界ではやっていけないから、すぐに考えることをやめたけれど。

 だからきっと旦那様の言う生まれる前の記憶というのは、お母様のお腹の中にいた頃の記憶、と言うことになる。


「旦那様、違います。お腹の中にいた頃の記憶とかじゃないんです。私が私として存在するよりも前。私がメレディアではなく、別の私だった時の記憶です」

「別に人間だった時の──?」

 自分の常識の中にないその言葉に、戸惑うように声をあげる旦那様。


「はい。前世の私が生きていた世界では、人は死ねばまた別の命として生まれ変わるのだという教えがありました。輪廻転生、とか、生まれ変わり、と言います」

「りんね……てんせい……」

 聞き慣れない言葉を戸惑いながらも口に出して確認する旦那様に、私は頷く。


「輪廻転生。生まれ変わって別の命となって生きることですが、私はそれをしたんだと思います。本来は記憶のない状態、まっさらな状態で産まれてくるはずが、私は違いました。生まれた時から前の私の意識はしっかりと持っていたんです」

「っ……!!」

 目を大きく見開き声を詰まらせる旦那様を見上げながら私は続ける。


「前世の私は、生まれつき身体が弱く、耳が聞こえませんでした。レイ達と同じ……です」

「!!」

「僅かにあった聴覚に機械で刺激を与えながら、父母は私に言葉を教えてくれました。そして手話の勉強をさせて、私の世界を広げてくれたんです。父母自らも手話を覚え、私のあたらしい世界の中に入ってきてくれた。たくさん、……たくさん、愛をくれたんです」


 今でもよく思い出す。

 暖かい父母の顔。


 今世での私の体質や、家族との溝に泣きそうになる時もあった。

 愛されないことに絶望し、助けを求めたくなることもあった。

 そんな時、前世で父母に愛された記憶が、いつも私を暖めてくれたのだ。


「……良い両親だったんだな」

「はい。とても。ですが、そんな優しい両親を残して、もともと身体の弱かった私は、二十歳にならないうちに病気によりこの世を去りました」

「!?」

「そして再び目覚めた時は、違う世界、違う自分だったのです。そして何より違ったのは、音が聞こえるということでした。音のない世界で生きてきた私の世界が突然、たくさんの音で溢れました。溢れかえる音の不協和音に、私は吐き気を催すようになってしまったんです」


 私の告白に、旦那様ははっとしたように顔を上げた。

「じゃぁ……お前がパーティや街でよく気分を悪くしていたのは──」

「はい。人混みが原因ではありません。混ざり合う音が原因の──音酔いです」

「音……酔い……?」

 今まで人が原因だと思っていた旦那様が、予想外の理由に目を大きく見開く。


「はい。音の無い世界から音のある世界に来るというのは、私には刺激が強すぎて……。それで、パーティや街で気持ち悪くなってしまって……。でも、旦那様達のおかげで少しは慣れてきました。あの……これからも特訓、付き合っていただけますか?」

「俺は良いが……その、お前は大丈夫なのか?」


 今までの私は、今世を諦め、前世と常に比較して前世を見て常に生きてきた部分がある。

 前世にある意味囚われて、今を見ることができてはいなかった。

 でも、私はもう、今世の自分から目を背けたくない。


 この世界で、メレディア・ベルゼとして、この人の隣で生きていきたい。


「私はもう、前世の私じゃない。メレディア・ベルゼ。あなたの──妻ですもの」

「!!」

「ただお互いに干渉せず、静かに暮らす……ではなく、あなたと一つひとつの出来事を共有して、この世界を楽しみながら暮らしたい」


 それが今の、私の願いだ。


「メレディア……。……あぁ。俺も、お前ともっと思い出を重ねていきたい。ちゃんと、家族として。あんな契約をさせた俺が今更、と思うかもしれない。だが、あの契約は撤回さえてほしい」

「旦那様……」

「ロイドだ。……これからも、よろしく頼む、メレディア」

「っ、はい……!! ロイド、様」


 そうして暖炉のそばで、二つの影がそっと重なった。

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