装備を纏っていざ戦場へ


 それから私は、いや、屋敷の者全員が大忙しだった。


 私は旦那様と決めたドレスに合う宝飾品を宝石商と打ち合わせをしながら選びつつ、冬に備えて着々と冷凍食品を作っていった。

 マゼラは私の髪や肌の手入れを入念に行ってくれたし、人混み耐性(正確には音なのだけれど)は、旦那様もしくはアルトと一緒に人の多い場所に赴いて、限界まで過ごすというスパルタのおかげか、前より少しだけ耐性がついたように思う。


 気持ち悪くなるまでの時間は長くなったということは、たくさんの音に慣れ始めたということなのだろうけれど──おかげで私はいろんなものを失った気がする。


 旦那様の服に吐いたり、アルトの靴に吐いたり、限界突破して倒れたり。

あんなイケメン達になんて仕打ちを……。

 穴があったら入ってそのまま鍵をかけて欲しいくらいだ。


 旦那様も旦那様で、私の特訓に付き合ってくれながらも冬支度を指揮し、私の提案通り貯水についても領地全体に指示出してくれた。

 各家庭にはたくさんの水がストックされ、念のため領内の各町村にも大きなタンクを設置し、そこにも多くの水を貯水することに成功した。

 私の意見を聞いてくれただけでなく、こんなに素早く動いてくれるなんて。

 旦那様には本当に感謝だ。


 ──そしてあっという間にパーティ当日になった。

 私たちは前々日から馬車で王都へと向かい、ベルゼ公爵家のタウンハウスに泊まった。


「お似合いですよ、奥様」

 そう言って微笑むマゼラに「ありがとう」と微笑み返す。

 旦那様が買ってくださった新しいドレス。

 水を模したような綺麗な薄い水色のオーガンジーが幾重にも重なり、ふんわりとした妖精のような可愛らしいデザインになっている。

 胸元に光るのは旦那様の瞳の色である翡翠のブローチ。

 私にこんな可愛らしいドレス、似合うのかしら。

 少しだけ不安に思いながら旦那様の訪れを待っていると、──コンコンコン──、と扉を叩く音が室内に響いた。


「はい、どうぞ」

 私が扉に向けて入室の許可を出せば、ゆっくりと扉は開かれ、凛々しい美丈夫が姿を現した。


 黒を基調にしながらも所々黒曜石で輝く装いは、妻である私の髪をイメージしたもので、少し照れくさい。

 さりげなくつけてあるブローチは、真っ赤なガーネット。

 こちらも私の瞳の色だ。

「だ……」

 だめだ、落ち着け。

 そう心の中で自分に言い聞かせるも、本心は口から飛び出してしまった。

「旦那様、とっても美人です!!」

 何か他に言いようがあっただろうに、私から出てきたのはそんな意味のわからない言葉だった。

 私のおばか。


「ぷっ……はははっ!! 美人だなんて言われたのは初めてだ!! っ、はははははっ!!」

「へ……?」 

 ……旦那様が──笑った!!

 え……ちょ……。


「かわゆ……」

「かわ!?」

 しまった、漏れた。

「す、すみませんつい本音が!!」

「本音……」

 ぁ……。

 もう何も語るまい。


 私が口にチャックをして旦那様から視線を逸らすと、旦那様はゴホンッ、と一つ咳払いをした。

「お前は本当に変な女だな。……そうやってパーティでも思うままに表情を変えていろ」

「表情、を?」

「パーティでそのままのお前を見せてやれ。鉄仮面なんてあだ名つけた奴らを見返すぞ」


 力強い言葉と瞳が私に向けられる。

 心が補強されていくみたい。

 この人がいてくれるだけで、こんなにも心強く感じるなんて。

 私はもう、逃げない。


「はい……!!」

「あぁ、それと──」

 旦那様は一本の剣を私に手渡す。

 私にとっては確かに戦場みたいなものだけれど、まさか本当に物理的に戦いに行くつもり!?


「予備だ。俺も会場以外で帯剣はしているが、念のため馬車にも仕込んでおく。何かあったら使え」

「は、はぁ……」

 実家に行くだけなのに物々しい装備に若干戸惑いながらもそれを受け取ると、旦那様は小さく頷いてから私に手を差し出す。


「行くぞ。メレディア」

「!! ──はいっ!!」


 そして私は、差し出された手に自分のそれを重ねると、前へと歩き出した。

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