この世界の水事情
「おい、出るぞ」
エレノアが来てから3日後。
今日は私の誕生日だ。
今年もパーティなんてする予定もないので、いつも通り冬支度や特訓をして過ごすのだろうと思っていた私に、起きて早々旦那様が言った。
寝起きだと言うのに整った凛々しいお顔にもすっかり慣れた私は、たとえ旦那様の胸元がはだけて色気を大放出していようとも動揺なんてしない。
決して。
「あの、どこへ?」
「いいから、動きやすい格好に着替えろ」
有無を言わせない物言いに、私は首を傾げながらも「は、はい」と答えると、ベッドから降りて続き扉の方へと足を進めた。
「待て」
「はい?」
「くれぐれもアルトから贈られた服を着てくるなよ?」
何で!?
私の表情から言いたいことがわかったのか、旦那様は「はぁ……」と一度ため息をついてから、じとっと私を睨みつけた。
「ちゃんと買い足しただろう。あれから選べ」
エレノアが来た翌日、私はパーティで着るドレスの打ち合わせをし、それから旦那様が数着、既製品の普段着に使うドレスとワンピースを購入してくださった。
おかげでスッカスカだった私のクローゼットは色で溢れている。
「先に朝食に行く」
旦那様は言うと、足早に寝室を後にした。
「何なの? 一体……」
──新しく買ってもらったワンピースを着て広間に向かうと、私の姿を見るなり旦那様は表情を変えることなく、だけどしっかりと頷いてから「よく似合っている」と言ってくれた。
明日は嵐かしら?
失礼にもそんなことを思いながら旦那様と朝食をいただいた後、今度は旦那様と共に馬車に揺られてどこかへと連れて行かれた。
「あの、旦那様、どこへ?」
「大人しく待ってろ。もうすぐだ」
さっきからこの繰り返し。
一度連れて行ってくれたところなのだろうか?
しばらく真正面にいる難しい顔をした旦那様の圧に、心の中で念仏を唱え耐えている間に、流れる景色がゆっくりになって、やがて馬車が停車した。
「ついたぞ、降りろ」
まるで護送中の犯人が刑務所についたかのような気になるのは、もともと
扉を開け、先に降りた旦那様の大きな手がこちらへ差し出された。
「?」
「手、貸せ」
エスコート、と言うことなのだろうか?
その表情とおおよそ似合わない行動に、私はクスリと笑みをこぼしてから、差し出されたその大きな手に自分のそれをそっと重ねた。
「ありがとうございます、旦那様」
「あぁ」
馬車から降りて視線を景色へと向けると、そこに広がる世界に私は思わず感嘆の声を漏らした。
「わぁ……素敵……!!」
サファイアブルーの澄んだ湖。
陽の光が水面に反射してキラキラと輝き、あたりには草花と木々しかなく、鳥の囀りと水のせせらぎだけが静かに聞こえる。
なんて素敵な世界なのかしら……。
「旦那様、ここは?」
「町外れにある湖だ。ここから各街へと水を引いている」
この世界には浄水場施設というものがない。
だから、水路の所々に魔法使いが施した浄化作用を付与した魔石が設置してある。
魔法の力で綺麗なまま保存の効く水はとても便利で、皆の生活の要となっている。
「旦那様、ここの水を領内でタンクにでも貯水できませんか?」
「貯水だと?」
「はい。念のため」
魔法使いは希少だ。
すぐに呼べる相手ではないし、ましてやこんな辺境に来てくれるとは限らない。
もしも魔石に何かトラブルが発生してしまった時、しばらく分の飲み水になるほどの貯水をしていれば安心だ。
「……そうだな。今の時期は天候にムラがあるし、毎年大した被害が出ないとも限らない。帰ったら指示しておこう」
「はい、ありがとうございます」
そんな話をしてから、私達は再び目の前の宝石のような湖に視線を向けた。
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