ベルゼ公爵家作戦会議
「さて……、ではフレッツェル伯爵令嬢誕生日パーティに向けて作戦会議を始める」
そんな深刻な顔であらたまった様子の旦那様に広間へと集められたのは、私とアルト、それにマゼラとローグ、そして──。
視線をチラリと残りの1人へと向けると、彼もまた私の視線に気づきこちらを見返した。
「あ、奥様、ご挨拶が遅くなりました。俺はテオドール。執事見習い兼旦那様の従者ですが、本業的には隠密業務をしているため、あまり姿を現すこともないでしょうが、どうぞお見知り置きを」
「隠密業務って……忍者!?」
「は?」
あ、つい口から前世の言葉が漏れた。
でも隠密ってあれよね、忍者みたいな人のことよね?
「ニンジャが何かはわからんが、こいつは本業的には諜報を担当している。その都度顔を変え、さまざまな家の情報を手に入れるのが、こいつの仕事だ」
「顔を変える?」
「あぁ。こいつは魔法の心得があるからな」
すごい……。
異世界みたい……!!
いや、異世界だけど。
この世界では前世の世界とは違って、魔法というものは存在するけれど、それはごくごく限られた人の話。
そんな貴重な魔法使いは、大体は王家お抱えになっていたり、力のある者に囲われていたりするものだ。
だからまさか身近で関わりを持つことになるだなんて思わなかった。
でもそうか、そういえばここは権力を持つ公爵家だったんだわ。
「仲良くしてくださいね、奥様」
「普通でいい。知ってるだけでいい。挨拶とかもいらん」
何だこの両極端な2人は。
「挨拶はこのくらいにして、本題だ。これと俺に、フレッツェル伯爵家から伯爵令嬢の誕生日パーティの誘いを受けた」
「エレノア様の……」
私たち姉妹の関係をよく知るアルトが複雑そうな表情で唸った。
「大丈夫なのですか?」
探るような琥珀色の瞳が私を見下ろす。
「大丈夫よ──とは言い難いけれど、今回はしっかりしておきたいの。いつまでも舐められっぱなしじゃ、旦那様やベルゼ公爵家に悪いし」
旦那様は、悪い噂だらけの私を嫌々ながらも娶って自由をくれた。
理想的な静かな暮らしを与えてくれた。
私を、1人の人として扱ってくれた。
そんな恩義ある旦那様のためにも、私、頑張るわ。
「と、まぁよくわからんやる気はあるようだが、信憑性は皆無だ」
「んな!?」
「だがあの妹に目にものを見せてやりたいのは俺も同じでな。ここいるもの達の協力を仰ぎたい」
淡々と言葉を紡ぎながら鋭い眼光がアルト達を次々と映し出していく。
「まずマゼラ。これによく合うドレス、髪型、装飾品を見繕うのを手伝って欲しい。それと、これの身体的なケアも頼む」
「えぇ!? 私、自分の支度は自分で──」
「やってはいるが、プロに任せるほうがいいに決まっているだろアホ」
アホ!?
「お任せください。私が腕によりをかけてパーティの日までにより美しく磨き上げてみせますわ」
なぜか息を荒くしてやる気満々のマゼラに、旦那様は小さく頷くと、次にローグへと視線を向けた。
「ローグ、お前はパーティに参加するであろうめぼしい貴族をリストアップし、これに情報を叩き込め」
「わかりました、お任せを」
「アルト、お前はこれの人ごみへの耐性強化を手伝うように。俺がいる時は俺が付き添うが、ついてやれない時にはお前がついてやってくれ」
「わかりました!! 奥様のことはお任せください!!」
うわぁ……まるで騎士団の強化訓練か何かみたい……。
「ということで、これからパーティまで忙しくなるが、皆、頼んだぞ」
「「「はい!!」」」
アルトとマゼラ、それにローグの張りのある声が重なった。
……私の異世界スローライフどこ行った?
「あ、でもその前に、奥様の誕生日パーティですよね!!」
何気無く放たれたアルトの言葉に、その場の空気が凍りついた。
「……いつだ」
小さく絞り出された旦那様の言葉に「3日後です」と答える私に、マゼラとローグの顔色が青くなっていくのを感じる。
おそらく、公爵家の女主人の誕生日パーティを予定していなかった、と自責の念を感じているのだろうけれど、そんなもの感じる必要なんてない。
「あの、大丈夫ですよ? 実家でももう何年も祝われてませんし、私の誕生日なんてあってないようなものですから」
その1週間後に催されるエレノアのパーティの準備で手一杯だったし、何よりゲロ吐き令嬢がこれ以上恥を晒すわけにはいかなかったから。
「そんなことないです!! お嬢様……いえ、奥様の誕生日はとても大切です!!」
アルトが力一杯に否定してくれる。
「ありがとう、アルト。そういえばアルトは唯一私に誕生日プレゼントをくれていたものね。とても嬉しかったわ」
「い、いえ、そんな……。そういえば俺と再会した時、俺が誕生日にお渡ししたあのワンピースを着てくださっていましたよね」
「はぁ!?」
アルトが嬉しそうにそう言った瞬間、旦那様が声を上げた。
眉間に皺がぐぐっと寄って、強面感が引き立っている。
「旦那様? どうしたんでしょう?」
私が旦那様の顔を覗き込んでみると、我に返ったようにピクリと肩が跳ねて、旦那様はゆっくりと私の顔を見つめた。
「あ、いや……何でもない。とにかく、皆、それぞれ協力を頼む。以上だ」
「「「はい!!」」」
こうして私の異世界スローライフは早くも幕を下ろし、特訓の日々が始まったのだった。
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