第6話 背中のアザ

 衣装も届き、飲み物も届いて食べ物の発注も終わった。教室からいらない机を控え室に運び、ガヤガヤした教室で内装の班で壁や床に装飾した段ボールを貼り付けていく。俺と藤原は内装班で同じだった。


「それにしても、藤原さん本当にすごい!あのポスター、他のクラスの子もすごい褒めてたよ!」


「ふふん、ありがとう」


 代議員の宮野に誉められ、彼女はとても嬉しそうだ。最初の会議の雰囲気とはうってかわり、藤原は文化祭準備に非常に協力的だった。いや、会議の時から彼女なりに協力的だったのだろう。


 そして彼女は手先が器用だった。折り紙や輪ゴムを使って花を作り、見事な絵のポスターを作った。数十枚のコースターにそれぞれイラストを描く仕事もあったのだが、彼女のイラストはもはやプロの領域だったのだ。クラスの皆んなが彼女を見直した。


「変わってるけど、そういう才能はあるんだな」


「私のステータスは特殊だから」


 俺は椅子に乗って藤原から段ボールを受け取り壁に貼り付けながら他愛もない会話をしていたのだが、俺はあるものを見て息を呑んだ。彼女が俺に段ボールを渡そうと背伸びした時、セーラー服の襟の隙間から彼女の背中が見えたのだが......。どす黒いアザだらけだったのだ。


「橋下?ねぇってば、橋下」


「なぁ......藤原、どっか痛いところとかないか?」


「え?いや、特にないよ?」


 気のせい...なのか?

 俺はまた彼女から段ボールを受け取る時に上から服の下を見ようとしたが、今度は見えなかった。だが、さっきのアザだらけの背中が頭から離れない。首の根元より少し下から背中全域にいくつもの大きなアザ。やっぱり見間違いや気のせいではなかっただろう。


 そういえば前に一度作業の中で彼女の背中に俺の肘が当たった時、彼女はビクっと震えていた。今から思えばあれは俺の肘がアザに当たったからだったんだろう。


 なぜ今まで気づかなかったのか?俺が教室で彼女の事を庇ったり彼女が人を不快にさせるのを防いだりしていても、俺がいない場所なら彼女はどうなっている?


 家での虐待か? いや、彼女に兄弟姉妹はいないし、両親はあまり家にいないと言っていた。だとしたら部活......バレー部か。


 そういえばここ一ヶ月ごろ、彼女の忘れ物は異常なくらいに多くなっていた。提出物や教科書、制服につける名札や体操服の上着もなくしたと言っていたか? 彼女に暴行をはたらいた奴の仕業か?


 このクラスで女子バレー部の奴は......。 坂田、小林、篠原、宇喜多、池淵。主格犯になり得そうなのは池淵だ。ちょうどその時池淵は教室にいた。


 教卓にポテチを広げ、何故か短く折っているスカートからぶっとい足を出して組み、スマホに向かってギャハギャハと下品な笑い声を上げ何故かマスクを外し、その不細工な顔をインカメに写していた。坂田と宇喜多も一緒だ。そういえばさっきインスタに奴のインスタライブの通知が来ていたっけ。


 前から池淵は不快な奴だと思っていた。藤原を除きこのクラスのバレー部の女は総じてブスだが池淵はダントツだ。それなのに何故かスクールカースト上位を気取り、陰キャの事は冷たくあしらい、授業中にイケメン教師にセクハラ発言をしている。


 アイツが、藤原を殴ってるか蹴っているのか? デブだから力が強いんだろう、それで華奢な藤原に暴力を...


 突然、奴と目があった。無意識に睨みつけていたらしい。池淵は俺に申しわけなさそうな笑みを浮かべてからスマホに向かって言った。


「あはー、今めっちゃ橋下に睨まれたww そろそろ終わるわ」


 池淵はスマホを置き、取り巻きと喋りはじめた。藤原が俺に段ボールを渡すと同時に話しかけてくる。


「あはは、橋下ちょっと顔怖くておもしろい」


「あぁ...そんなに?」


「うん。呪いそうな顔してた」


 そこまで顔に出てるとは思わなかった。俺は少し顔をふり、出来るだけ真顔にした。...落ち着こう。まだ池淵がやったという証拠は無い。というか、池淵が藤原を特に嫌っているという印象は今まで無かったのだ。誰かをいじめそうな雰囲気はあったが、実際にそうしている素振りは見たことが無い。陰キャへの態度も、冷たいだけでわざわざいじめにいったりはしていなかった。


 明日から文化祭。俺は準備だなんだと言って出来るだけ藤原を遅くまで引き留め、池淵たちが帰った後に、ふたりで一緒に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る