第5話 友達に追加

 発達障害 神経発達症 自閉症 高機能自閉症 注意欠陥多動性障害 ADHD ASD アスペルガー症候群 自閉スペクトラム症......。


 ネットの海からは、彼女のことを指し示すのであろう言葉が多く見つかった。自閉症という言葉は聞いたことがあったが、調べたのはこれが初めてだった。原因はまだ分かっていない。先天性の脳機能の異常。多くのサイトではそう説明されていた。脳機能の異常?俺は不快感を覚えた。ある人の見解によると、その脳機能の異常からくる言動の違和感が健常者に本能的な不快感を与え、それが「気色悪い」という感情になる。だからそういった人はすぐにコミュニティで孤立するのだそうだ。そこまで読んで俺はスマホをベッドに放り投げた。


 そういえば、藤原はクラスラインに入ったのだろうか?文化祭のお知らせとかが飛び交ってる。俺はベッドの上のスマホを取り上げ、開いていた13個のchromeのタブを削除しクラスLINEのメンバーを確認した。しかし、「藤原」や「紗菜」に該当する名前はなく、他のメンバーの名前は全員他のクラスメイトのものだと分かった。明日学校に行くときに藤原とLINEを交換することに決めた。その時。


 ──萌香がSANAをグループに追加しました──

「27番の藤原紗菜です。よろしくお願いします」


 俺はすぐにSANAのアイコンをタップしてプロフィールを確認した。アイコンは猫、背景はどこかの山の風景で、ステメには特殊相対性理論がながながと綴られている。藤原だ。次に萌香。これは文芸部員の西川萌香だった。部活で藤原とLINEを交換したのだろう。俺はまたベッドにスマホを投げ出した。するとまた着信バイブが鳴った。


 ──SANAがあなたを友達に追加しました──

「橋下で合ってる?」


 俺は寝転んだまましばらくスマホ画面を眺め、一旦その通知を削除した。─10分後、いや20分後か?そう思って漫画を読み始めて5,6分後、俺は藤原を友達に追加しトークルームを開いた。


「やっほ、橋下だよ」


 すると送信した瞬間に既読が付き、俺が「よろしく」とスタンプを送るよりも早く藤原から「よろしく」スタンプが送られてきた。


「『はしもっち』ってのがいたから、橋下かなーって」


「部活で、何人かにそう呼ばれてるんだ」


「なるほど」


 これに関しては本当とも嘘とも言えなかった。一度両親にアクアって名前が嫌いだと伝えた事があるが、ブチ切れられたのだ。そこで俺は部活でそう呼ばれてる事にしてLINEの名前を『はしもっち』にした。すると、それを見た何人かが実際にそう呼び始めたのだ。


「あのさ、中間のテストの青チャートの提出範囲教えて?数Ⅰ。それと歴史のワークとコミュ英のサマリーの範囲も」


「分かった」


 どうやらそれ目的で友達に追加してきたらしい。聞いてきたのが全範囲じゃ無いあたり、それまでは西川に聞いていたが流石に呆れられて送ってもらえなかったのだろう。俺は『いつめん』グループから該当する物を藤原に転送した。


 数Ⅰ、歴史、コミュ英。彼女が特に教員から嫌われている三人だ。この中でもコミュ英は最悪だ。俺との初対面の時よろしくしょっぱなの授業で最悪だった。その教員は英語の発音に力を入れているらしく、"water"の発音を気になる生徒ひとりひとり矯正していった。俺を含め、発音を恥ずかしがって日本語っぽく「うぉーたー」と言っていた生徒が対象だ。


「それではミズ藤原、リピートアフターミー。わーらー」


「うぉーたぁー」


「ノーノーノー。わーらー」


「うぉーたぁー」


 この頃にはみんなもう藤原の奇行にも若干慣れており、このやりとりが始まるとここぞとばかりに内職を始めたりサボったりし始めた。


「”わーらー”と言った方が、現地の人達の発音に近いんですよ。ですから藤原さんも、リピートアフターミー。わーらー」


「イングリッシュってイングランドの言語ですよ?現地の人はこう発音します。うぉーたぁー」


 あいにく教員は藤原の席の前、すなわち俺の横にいたため俺はおとなしくせざるを得なかった。


「ああ、それはイギリス英語の話ね」


「英語の英ってイギリスって意味ですよね?イギリス英語ってなんですか?ちょっと違和感感じちゃいますゝゝゝゝゝゝゝ


 クラスのひとりが吹き出し、つられて何人かが笑った。直後、そのオバサンは顔を真っ赤にして怒鳴りだしたのだ。そんな事を思い出して笑っている俺の手元で、スマホが新たな通知を俺に見せてきた。


「ありがとう!」


 至極簡単なセリフと単純な感嘆符が、俺にはどうも愛おしかった。

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