第6話

 それから1時間後、警察やマスコミの撤収に合わせる形で、マンションの地下駐車場から一台の軍用車両が走り出た。

 帝国軍御用達の和製ハマー、メガクルーザーだ。

「先生、本当に大丈夫?」

 運転するのは南雲。助手席には未亜、後席には村上と那由他にルシフェルの姿があった。

「何がだ?」

「これ、どこから手に入れたのかってこと」

「長野で拾ってきた」

「それって、戦争で一時的に放置されていたとか、そういうんじゃなくて?」

「安心しろ」

 南雲はきっぱりといいきった。

「車体もエンジンも全部、知り合いの業者に頼んで変更(ぎぞう)済みだ」

「やっぱり盗難車じゃん……」

「血税の還元といえ。乗り慣れてるから、こういうのがいいんだが……イヤか?」

「先生が運転するなら文句はないけどぉ」

 (それが教師のすることか)

 未亜は口を尖らせてその言葉を飲み込んだ。

 本当に、この男は外見以上にワイルドというより、むしろアバウトだ。

 恐らく、いや。絶対にこのオトコに自分のしていることが犯罪だという自覚はない。

 未亜は南雲の横顔を見つめがら小さく呟いた。

 本当に私、なんてオトコを好きになっちゃったんだろう。

 でも……でもね?

 シフトを掴む南雲の手を掴む。

 暖かい。

 この温かさが、今は何より愛おしい。

 その南雲は、未亜の言葉に口元をほころばせている。

 「あのぉ……お楽しみの所申し訳ないのですが」

 後席に座ったルシフェルは、背後の荷室で山積みになった荷物から転がり出た手榴弾を手にしたままだ。

「なんだ?ルシフェル」

「一体全体、何がどうなったのか、教えてもらえませんか?」

「水瀬から何も聞いていないのか?」

「はい。ただ、人手が足りないから南雲先生の所へ行けって」

「成る程?あいつらしい。説明するのを面倒くさがったか、すっかり忘れていたか」

「両方です。絶っ対」

 ルシフェルは即答した。

 ルシフェルにとって、水瀬とは、そういう子だ。


「ルシフェル、こういうことだ」

 南雲は事務的に説明した。


 本日1554時頃、信楽未亜のマンションのベランダに不審な人物が突如出現。不可思議な力でサッシの鍵を開け、室内へ侵入。こちらの威嚇・警告に反応することなく刃物による攻撃を開始した。こちらは散弾銃で応戦。不審者は左腕に重傷を負い、そのままベランダから逃走。以降の足取りは不明。


「騎士、ですか?」

「動きは一般人のそれだ。だが、左腕の肘から先を吹き飛ばされて痛みを感じていない様子だったのが気になる。何より」

 南雲はミラーで背後に座る村上を見た。

 その顔はマンションを出る前から蒼白なままだ。

「放置されていた腕が―――消えた」

「消えた?」

「ああ。気が付いたらふっと煙になったみたいに。しかも、逃走したのは地上数十メートルの高層マンションの最上階。そこから飛び降りてだ。一般人に出来ることではない。そして、地上にも血痕だけを残して、こちらもドロンだ」

「何の手品ですか?それ」

「信じられないな?」

「当然です」

「俺もだよ」

 南雲はステアリングを操作しながらルシフェルに言った。

「とりあえず、水瀬の家に村上達を預ける。水瀬に言わせれば、下手なところに泊めるより安全、なんだそうだ」

「そうですか……」

 ルシフェルはちらりと横に座っている二人を見た。

 暗い顔をしているせいか、それとも初めからそうなのか、とにかく自分達よりかなり年上の印象を受ける村上という男と、モデルで通りそうな、美しい顔立ちの少女の組み合わせ。

 絵的にはいいと思う。

 ただ、この二人の背後に、得体の知れない何かがいるようで、ルシフェルは正直、全く気乗りしない。


 水瀬君のせいだ。

 ルシフェルは内心でそう毒づいた。

 水瀬君がまた災難の種を拾ってきたんだ。

 大体、こんなカワイイ女の子と同じ屋根の下暮らすなんて瀬戸さんに知れたらどうなるか、わかりきっていることだ。

 まったく、学習能力はないし、周囲の迷惑を考えもしないんだから……。

 やっぱり、姉である私がしっかりしないとダメだ。

 そう考えるルシフェルは、シートに体を預けながら、とりあえず家から非難させる貴重品のリストを頭の中で考え始めた。

 

「へぇ?」

 お茶と茶菓子を出しながら水瀬は感心したように南雲の話を聞いた。

「本当に、生きた心地がしません」

 たまりかねたように言うのは村上だ。

「突然、命は狙われる。耳元で散弾銃を撃たれる……散々です」

「散弾銃で散々……」

「くだらないこと考えない」

 ルシフェルが水瀬の脳天にチョップで突っ込みを入れる。

「それにしても先生、散弾銃って、高いんでしょう?」

「拾いモンだ」

「やっぱり非合法じゃないですかぁ!」

 村上がたまりかねたように叫んだが、

「何を言う。遺失物は1年で取得者のものだ。なら問題有るまい」

 南雲はあっさりとそう答えるに留めた。

「―――ちなみに、どちらで拾ったんです?」

「ヤクザの組事務所を襲撃したときのエモノだ」

「それ、拾ったっていわない!絶対言わない!」

「クソ溜まりに転がっていた。だから、拾いモンだ」

「スゴイ理屈だねぇ……今度、やってみようかなぁ。トカレフとかクスリとか、横流しすればいいお金になるモンねぇ……そうそう。村上さんだっけ?」

「えっ?……ええ」

「だからって、ここで懐のエモノは使わないでね?」

「!!」

 村上が驚愕の目で水瀬を見るが、水瀬自身は平然としたものだ。

「入手ルートは聞かないから」

「……どうも」

 村上が懐から取り出したモノ。

 それは、拳銃だった。



「成る程?」

 南雲が大きな手で茶碗を鷲掴みにして言う。

 梅寿司と書かれた湯飲みも、南雲の手に入るとおちょこのようだ。

「魔法騎士であるお前達はともかく、単なる騎士である俺……それにおまけで村上君。武器弾薬はそこそこあるが……敵を止められるかな?」

「武器弾薬を持つ教師って……普通、いないよねぇ……」

「うん。いない」

 水瀬とルシフェルは、ちらりと部屋の一角に積み上げられた箱や袋の山を見た。

「自動小銃に散弾銃に手榴弾……C4と拳銃に軽機関銃?」

「そんなところだ」

 満足げに微笑む南雲。

「ここまで武装した教師って、世界でも先生だけだよ」

「ふっ……そんなに褒めるな」

「銃刀法違反って、懲役何年だっけ?ルシフェ」

「通報すれば結果が出るけど、懲戒免職が先」

「お前等……教師に対してだなぁ」

 南雲は教え子達の当然といえば当然、薄情と言えば薄情な言葉に噛みついた。

「これはいわば、今回の事件に必要なものだ!」

「それ以前から持っていたクセに」

「先生、絶対これ、趣味ですよね?」

「必要悪だ」

 南雲はそっぽを向きながら言った。

「いいだろ?別に……問題は、人手だ」

 それは水瀬達にもわかる。

「うん。明日からルシフェは綾乃ちゃんの護衛当番だし。僕もどうなるかわからない。基本的に葉月市にいられる人材がいないに等しいもん。村上さんに霧島さん、そして未亜ちゃんの護衛……どう見ても、あと3人は必要」

「ああ。村上君はどうでもいいが、霧島さんのことを考えると、女性があと最低1人」

「南雲先生……あの、僕も保護していただけるのでは?」

「知らん。男なら自力で乗り越えろ」

「あの―――僕、何かしましたか?」

 村上のすがりつくような目を冷たくあしらう南雲。

「俺は男として、当然のことを言っただけだが?」

「ルシフェ、近衛から応援は頼めないの?」

「まず無理。近衛がこの件を事件として認めるかすらわかんないもの」

「成る程ねぇ……となると」

「何か、手があるのか?」

「そろそろ6時。選抜試験が始まります。その結果を見て考えましょう」

「6時?選抜試験?」

 南雲は壁の時計を見た。

 古ぼけた壁時計が6時を告げる所だった。


「水瀬?」


 なにを?と、南雲が言いかけた途端、


 ズンッ!


 ギィンッ!


 爆発音と剣の音が部屋を揺らす。


 戦闘音であることは間違いない。


「うーん。やっぱり、普請がダメなんだよねぇ……柱が細いんだよなぁ」

 思わず腰を浮かせたルシフェを座らせた水瀬がのんきに茶を飲みながら呟く。

「やっぱり、作り直させよう。間取りも気に入らないし」

「水瀬?」

「水瀬君?」

「……そろそろ、終わったかな?」

 水瀬は懐からストップウォッチを取り出してボタンを押す。

「35秒……厳しいけど、合格にしてあげるか。本当なら20秒切って当たり前だけど」

 水瀬は玄関へと歩き出した。


 チャイムと同時に開いたドア。

 その向こうにいたのは、

「いらっしゃい。福井先生」

 と、羽山君に博雅君。

 そのセリフを水瀬は言えなかった。

 先生。と言った途端に、水瀬の顔に拳がめり込んでいたからだ。

 殴ったのは、福井かなめだ。

「水瀬ぇ……」

 まるで川中島か関ヶ原にでも行ったようなボロボロのコートをまとったかなめが、煤と泥で汚れた顔の中で光る血走った目で水瀬の胸ぐらを掴みあげた。

「これは何だ!?」

 かなめの手にあったのは携帯だ。

 画面に表示されたメールにはこう書かれていた。



「福井かなめ様 日頃の無聊(ぶりょう)をお慰めする機会を設けました。お手数ですが、本日午後6時、月ヶ瀬神社までお越し下さいませ。なお、霊刃等の武装のご準備の程、よろしくお願い申し上げます。 あなたのカワイイ生徒 水瀬悠理より」



「大体、貴様のどこがカワイイ生徒だ!?」

「い、言いたいことはわかったでしょう?」

 水瀬は、何を怒っているかわからない。という顔で困惑しながら言った。

「羽山君達のスタンブレードだって、かなり前に魔法処理しておいたし」

「あれがヒマ潰しだというのか!?」

 かなめは怒鳴った。

「突然、ワケもわからずにあんなバケモノに襲われる身にもなって見ろ!」

「そうだ!」

 そう怒鳴ったのは博雅だ。

「ヒマ潰しといって、あんなバケモノ共と俺達を戦わせるとはどういう了見だ!?」

「ケガしてないようだね。よかったよかった……うんっとね?テストだよ。みんながああいうのにどれだけ戦えるのかって」

「つまり」

 かなめは怒りを抑えるように咳払いした。

「我々を試した。そういうのか?」

「そういうこと」

「―――ほう?」

 かなめ達の目が危険に光った。

「教師を試すとはいい度胸だ!水瀬、今すぐ校庭100周してこい!」

「だめ。時間ない」

「何がだ!」

「あー。福井先生」

 遂に霊刃を抜いたかなめに声をかけたのは、怒鳴り声に誘われるように玄関に来た南雲だった。

「事情は私から話しましょう」

「南雲先生。その前に」

 かなめが南雲の言葉を遮った。

「はい?」

「水瀬の性格を矯正する。―――秋篠、羽山」

「はい(×2)」

 博雅と羽山が直立不動の姿勢でかなめに答える。

「あ、あの?二人とも?そんな指ポキポキさせて……どうしたの?」

 水瀬はいやな予感にかられ、2、3歩後ずさろうとしてかなめに止められた。

「このバカモノを簀巻きにして運河に投げ込んでこい―――特別に許す」

「はい!(×2)」

「わーんっ!暴力教師に暴力生徒ぉ!」

「では、南雲先生。話を聞こうか」

「ええ。実は」

「止めてぇ!」

「羽山」

 かなめは、どこからか警棒のようなものを取り出し、羽山に手渡した。

「スタンガンだ。改造して300万ボルト以上出るようにしてある。これで黙らせろ」

「死ぬ!それ死ぬっ!」

「わかりました」

「羽山君っ!友達でしょう!?」

「友達?」

 羽山は怪訝そうな顔で言った。

「何語だ?そりゃ」



「うっわーっ」

 結局、泣いて頼んで猿ぐつわにしてもらった挙げ句、簀巻きになった水瀬が羽山達と共に玄関から消えていった。

 その一部始終を見ていた未亜があきれ顔で、

「綾乃ちゃん級(クラス)のことするなぁ。さすが、かなめちゃん」

「お知り合い?」

 そう訊ねる那由他は、当然、かなめ達の顔を知らない。

「うん」

 未亜は答えた。

「学校の先生。福井かなめちゃん」

「かなめ……ちゃん?」

「愛称。厳しいけどね?あれで結構、いいトコあるんだよ?」

「へぇ?」

 那由他は興味深そうにかなめを見る。

「綺麗な人ですね」

「うん。でもね?騎士だし、性格軍隊だからオトコが近づかない近づかない……」

「クスッ。女の子としては憧れるタイプですね」

「ガッコが女子校ならかなりの人気先生になったろうね」

「学校じゃ、人気、ないんですか?」

「うーん。あるといえばあるけど、何しろスパルタだから敬遠されてるかな?最近は生徒も慣れたから、以前ほどでもないけどさ」

「ふぅん?」

「まるで綾乃ちゃんみたいなところが……」

「綾乃?」

「那由他ちゃん、知ってるでしょう?瀬戸綾乃ちゃん」

「え?……ええ!あの子、元気ですか?」

「アイドルデビューして引っ張りだこだよ?残念だねぇ。那由他ちゃんと同時デビューの予定だったのに」

「……仕方ないです」

 那由他は寂しそうに小さく笑った。

「運命ですから」

「……遅くないから、今からでもやってみない?この事件終わったら」

「……」

 未亜のその言葉に、那由他は嬉しそうな、悲しそうな、複雑な微笑みを浮かべるだけだった。



「さて」

 かなめが家に上がり、羽山達が戻ってきた。

「水瀬も今頃、魚相手に反省してる頃だろう」

 懐に石を入れるの忘れてた。と羽山がしきりに残念がる側で、未亜は携帯を取り出した。

 那由他は用事があるといって部屋に戻ったきりだ。

 時間は7時を回っている。

「そろそろ、綾乃ちゃんに定時連絡の時間だねぇ」

 何をネタにしよう。

 とりあえず、水瀬君が簀巻きにされたことは報告しておこう。

 それと、那由他ちゃんのことは欠かせない。

 きっと喜ぶだろう。

 だって。私も嬉しかった。

 那由他ちゃんが元気だったんだもの!

 さて……。

 未亜は言葉を選びながら携帯のキーを押し始めた。


 同じ頃、


「那由他?僕だよ?」


 那由他に割り当てられた部屋の前で襖を叩くのは村上だ。


 返事がない。


 物音一つしない。


「那由他?」


 嫌な胸騒ぎがする。


「那由他?―――入るよ?」


 村上が襖を開けた。


「那由他?」

 

 6畳の部屋。

 人気はない。

 ただ、開かれた窓から入る風に、カーテンが揺れているだけ―――。



 那由他が、消えた。




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