第11話 こうかい


 炊きたてのご飯に、なめこの味噌汁、カリフラワー入りのポテトサラダ、肉じゃが、オニオンソースのチキンソテー、とあともう一品。これが今回私が作ったメニューだ。

 高級な食材を使っているわけじゃないからちょっと地味かもだけど、久しぶりの料理にしては、まあ、良くできた方なのではないかなあ、と思う。


 ただその最後の余計な一品を除いて。 


「……」

「あれ、夜野ちゃん、それは?」


 鎌倉さんは私が作ってしまってすぐに後悔して、キッチンの隅に隠そうとしていた一皿を、めざとく見つけてくる。


「いや、これは私のやつだから」

「え、でも二皿あるじゃん」

「ふ、二つ食べるから」

「いやいや……そんな意地悪しないでよ。って私の好物だから、作ってるときから楽しみにしてたんだよ?」


 好物――それはいけない。

 ますますこれを彼女に出すわけにはいかなくなってしまった。


「ダメだよ」

「な、なんで?」


 鎌倉さんは戸惑ったように首をかしげている。それはそうだろう。完成させておいて、しかも見た目もいい感じに出来ているこれを出さないのは、彼女の立場からしたら意味がわからないもの。

 

 ハンバーグ。

 確かにこれの見た目を表現するなら、そう言うしかないだろう。

 しかしこのハンバーグは普通のそれと決定的に違っているのだ。


「……」

「作ってるの見てたよ。豆腐が入ってるんだよね」

「そ、そうだよ。鎌倉さん、お豆腐なんか嫌いでしょ?」

「いや、別に好きだけど」

「嘘だ、食べたこともないでしょ」

「人をなんだと思ってるの……」


 豆腐入りのハンバーグ。

 なぜこんなものを作ってしまったのだろうと、自分で作ったくせに不思議に思っている。後悔もしている。


 確かにこれがずっと頭のなかに引っ掛かっていたのは、認める。

 スーパーでメニューを考えているときから。いや、もっとずっと前――あの日母親に食べてもらえなかったとき――から、ずっと心残りだったのは確かだ。それは認める。


 でも今日、ここで作るつもりなんてなかったはずだ。

 元々ハンバーグに豆腐を入れようと思い付いた理由だって、その方がヘルシーだからとか、味がいいからとかではなく、安くてボリュームが出るという話を聞いたから。つまりこれは節約メニューなのだ。

 だから別にお金を気にする必要のない今日、これを作る必要なんてない。普通のハンバーグを作ればいいのだ。

 だからそのつもりで挽き肉を買って、しかしなぜかついでに豆腐も買っていて、だったらそれは別の料理に使えばいい(味噌汁に入れてもいいし、湯豆腐だとか冷奴にしてもいい)のに、しかしなぜか挽き肉と混ぜていて、焼いて、ソースで煮込んで、いつの間にかこの余計な一品が完成していた。


 なぜだろう、不思議だ。

 これを作っているときのことはあまり覚えてもいない。

 まるで自分の手が自分のものじゃないみたいに動いて、何者かにとりつかれたかのような勢いであっという間に完成させていた。

 我ながら、不思議だ。


「と、とにかく、これは気にしなくていいから。他のご飯を食べようよ」

「……えー」

「そ、そんな顔しないでよ」


 そんな残念そうな顔しないでほしい。

 だってこれは節約のメニューなのだ。いつも外食ばかりしている鎌倉さんの口にはきっと物足りなく感じてしまうだろうから。


「でもさあ」

「な、なに?」

「これを作ってるときの夜野ちゃん、一番楽しそうだったのに」

「……え?」

「ほんとほんと」


 ――夢中になっててさ、

 

 鎌倉さんがそう言ったのを聞いて、私はぎくり、とした。

 まるで私の心の中に誰かがいて、また卑屈な考えに囚われてしまっている私のことを、じいっと見ている、気がした。

 そしてその正体には心当たりがあった。

 

「……」

「ねえ、ほんとにダメ?」

「……じゃあ」


 一口だけ、ここで味見してみて――と、私は続けていた。

 鎌倉さんはそれを聞いて、「やった」、と明るくなっている。

 本当に、ぱあ、っと明るくなってて、嬉しそうで、私はまた「やだなあ」と思ってしまう。

 そんな顔されたら断れない。


「でも、本当に美味しくないと思う。物足りないよ。豆腐なんだもん」

「いいんだって、こんなの作れるだけですごいんだから」

「うう……」

「それじゃあ、いただきます」

「……」

「え、美味うまい……」

「き、気を遣わなくていいから」

「いや、ほんとに美味しいよ」

「……」

「うそじゃないよ。ほんとに美味しいって。夜野ちゃん、なんでこれを出し惜しんだりしたの?」

「……」

「ほ、ほんとうだって、ほんとう」


 ハンバーグってこんなにふわふわになるんだって、ちょっと感動してるし、味もしっかり染みてるし、ほんとに美味しい――

 そう話す鎌倉さんのその表情はわたわたしていて、なんだか焦っているように見えて。それはまるで、お世辞なんかじゃないよ、ってことを何とか私に伝えようとしているように見えて。


 でも私は、そんな彼女のことをよく見ることができなくなっていた。

 なんかキッチンが急に熱くなったような気がしたと思うと、目の前の鎌倉さんの顔も、せっかく作った料理も、自分の手も、何もかもがぼんやりと滲んだ白い光に包まれてしまって、よく見えなくなったのだ。


「……」


 そんな風に突然視界を奪われた私の頭のなかには、鎌倉さんの言った「美味しい」という単語がいつまでも響いていた。


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