第8話 へんだよ


「じゃあ、お邪魔します」

「どうぞどうぞ、ようこそ」

「……うわ」


 声が思わず出てしまう。


 家の中に入ると、そこは異世界だった。

 いきなり異世界、とか言われても困ると思うけど、そういう感想が一番しっくりくる。そんな見た目の玄関だったのだ。

 なんと言うか、その、全体的に焦げ茶色で、アンティーク、とかゴシック、とかそういう言葉が浮かんでくる。

 外観を見たときには「現代的」だなんて思ったけど、こうして中に入ると、まるでおとぎ話に出てくる昔の外国みたいだ。

 例えるなら、不思議の国のなんとやら、みたいな。

 そんな世界に入ってしまったような。異世界でなければ、異文化か。ドアの内側とか靴箱とか、あらゆるところに薔薇の装飾が散りばめられているし。へんてこな形をした椅子とか置いてあるし。


 鎌倉さんが靴箱の上にある三ツ又のごてごてした何かを弄っている。

 なんだろう、と思っていると、それがぼんやりと光始めた。暖かそうなオレンジ色の明かり。どうやら燭台を模したライトであるようだった。


「はあー」

「使いづらいんだよね、これ。暗いしさ」


 普通の蛍光灯をつけてくれればよかったのに――と鎌倉さんは口を尖らせて文句を言っている。


「うわあ……」


 リビングに入ると、そこはもっと異文化だった。

 吹き抜け式の内装になっていて、天井が高い。

 焦げ茶色の床に焦げ茶色のテーブル、焦げ茶色の椅子――そんな焦げ茶色の家具たちと白い壁との調和が、まさにアンティーク。

 いやまあ、家の内装とか家具の話なんてそんな詳しくはないんだけど。部屋にあるものにいちいちごてごてした装飾がなされていて、なんか、その、とっても外国みたいですね、とは言える。

 あの奥にあるのはなんだろう……あ、暖炉か。

 暖炉って。


 と、そんな風にちょっと呆れながら眺めていると、部屋の中がオレンジ色の明かりに包まれた。

 高い天井から室内をぐるりと囲むように、部屋のいたるところに玄関で見た燭台ライトがたくさん取り付けられていて、鎌倉さんがそのスイッチを入れると、まるでファンタジー映画のワンシーンのようにその全部が一斉に灯る仕組みになっていた。

 柔らかな明かりがぼんやりと降ってくるその光景は、なんだか魔法でも使ったみたいで幻想的だ。

 同級生の家に来た感想が、「幻想的」っていうのもすごいけど。


「ねえ、変な家でしょ?」

「……独特だね」


 異文化とか、外国とか、不思議の国とか、アンティークとか、幻想的とか、そういう感想を全て引っくるめてそう表現してみる。


「それって、へん、ってことじゃん」

 

 誤魔化せなかったようだ。

 

「いや、別に変では……」

「いいって、だってへんだもん」


 鎌倉さんは笑いながらそう言って、手にしていたスクールバックを大きな椅子の上にどすん、と置いた。私もそれにならって荷物を下ろす。ただし椅子の下に、ゆっくりと。どう見ても高価そうなそれに荷物を置く気にはなれなかった。


「『チューダー様式』、なんだってさ」


 鎌倉さんがぽつりと呟く。


「なに?」

「『チューダー様式』」

「なにそれ?」

「しらない」

「ええ……?」

「しらないけど、この家はそんな様式で建てられてるそうだよ」

「そうなんだ」

「へんだよねえ」


 なんかさっきから、その二文字をよく耳にする気がする。


「別に変ではないって」

「へんだよ。だって小学生にもなってない私に、そんなことを真剣に説明してくるんだよ?」

「……」

「分厚い本なんか持ってきちゃってさあ。『西洋建築の歴史』とか『イギリス王朝の成り立ち』とかさ、一人で勝手に語って勝手に満足してるんだから。そのくせにちゃんと聞いてないと勝手に怒るし」

「……」


 いつの間にか、話が変わっている。

 それってつまり――


「……鎌倉さんのお母さんの話?」

「……ごめん、なんでもない」

「いや、」


 その口ぶりから察するに、きっと向こうも、訳あり、なんだろう。

 さっきは聞きそびれた鎌倉さんの家庭の事情について。もしかしたらもっともっと、「へん」な話を聞けるかもしれない――そう思って、なんだか不思議な気分になった。

 どうして他の人の家庭のそんな話を聞きたくなるんだろう。

 しかも相手はまだちゃんと話すようになってから時間も経っていない相手で、友達と言えるかも曖昧な状況なのに。

 でも――


「聞かせてほしいな、その話」

「……面白い話じゃないよ?」

「いいよ」

「……ふう」


 鎌倉さんはひとつ息をつくと、こちらに向けて歩いてくる。

 こっちを見る、いつになく真剣な表情。

 普段にこにこしている人がこういう顔をすると、ちょっとどきっとするよなあ――と私は目を逸らした。

 真面目になると、意外と目付きが鋭いんだ。

 

「よいしょ、っと」


 鎌倉さんはそのまま私のそばを通りすぎると、先程置いたスーパーの袋を二つ、かけ声を上げて持ち上げた。

 重そうだ。慌てて私も一つ持つ。


「ありがと」

「うん」

「せっかくならさ、ご飯でも作りながら話そうかなって」


 時間ももったいないし――そう話す彼女の表情はいつもの笑顔に戻っていて、それを見て私はなんか安心した。





 


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