第19話 わんことにゃんこは仕掛ける


「「どっちがどっちでしょう!!」」



携帯ゲームに勤しんで二十分ほど。



俺が快適なソファの上でくつろいでいると、何の前触れもなく、突然、同じ旋律の声がリビングに響き渡った。



「うおっ⋯⋯!?」



俺はびくっと身を震わせるなり、反射的に後ろを振り返り――ただ、唖然とした。



なぜなら、そこには……薄いバスタオル一枚を身にまとわせた、生き写しかと疑う程にそっくりな美少女が二人、前のめりになって俺を見つめていたからだ。



「……え……」


「「どっちがどっちでしょう?」」



……その美少女二人が、るるとねおであることに、俺は何コンマか遅れて気が付いた。



――同じ顔。


ゲームで目が疲れて、幻覚を見ているんじゃないか、と疑う程、それくらいに二人はそっくり……いや同じだった。



「……お、おいおい、冗談はよそうぜ、ははは……」



ぱっちりとした大きな碧眼に、すっと通った鼻筋、お風呂上がりでほんのり赤い頬までが、生き写しのように全く同じ。


全く同じ長さの亜麻色の髪は、しっとりと濡れていて、胸の前まで垂れている。


髪艶はねおの方が美しいし、前髪はるるの方が長いのだが、濡れているからか違いが全く分からない!!



さらに、バスタオルから出た手や足は、艶やかでなめらか、同じ細さだ。


胸の膨らみだって、大差なくて全くわからない。



……どっちがどっち、だと!? どっちも同じじゃないかっ!!!




「ふふっ」「あはっ」




という表情をしていると、両方が同時に声を上げる。

くそっ、どっちがどっちの笑い声を上げたか聞き逃したっ!!



「……はっ!」



そこで俺は、はっと我に返る。


そうだ、何も馬鹿真面目に付き合う必要はないじゃないか!



俺は今、堂々とからかわれている。隠す気もなく、それはもう、堂々と。



それならいっそ、考えるのを放棄し、どちらかに適当に指して、半分の確立に賭けるのはどうだろう?



どうせ、先程までスマホでやっていたような、ただのゲームだ。


別に、罰ゲームもないわけだし……あ?



「へへっ」「ふふっ」



突如に嫌な予感がこみ上げてきて、俺は二人を交互に見やる。


二人は、俺の考えを読んだかのように、にやにやとしながらも口を開いた。



「「不正解だったら、お風呂抜き!」」



「なぬっ……!?」



お風呂抜き……つまり、お風呂に入る権利を奪われる、と!?



「不平等だ! 最低だ!」



そう叫ぶが、二人は全く同じ笑みを浮かべ、何も言い返してこない。



「くっ……」



こうなったら、百パーセントの確信が必要だ。



俺はしばらく頭を悩ませ……そして、一つの案を思いつく。



……口調によって、どっちがどっちかわかるんじゃないか……!?




「あ、あのだな二人共。今日の天気は何だったかな?」


「「曇りのち晴れ」」



「すぅーっ……じ、じゃあ、今日の一限目は何だったっけ……」


「「数学」」



「好きな食べもの!」


「「…………」」



「じゃあ……俺のこと好き?」


「「…………!!」」




最後の半ばふざけた質問をするなり、双方が真っ赤になり、過剰な反応をする。


……が、それはともかくとして……こいつらまさか、すでに計算済みか!?


こういう事もあろうかと、事前に口調を合わせて、好みからバレないよう、黙秘権を遂行してやがる!!



「くっそお……」



俺が悔し紛れにべちべちとソファを叩くと、二人はくすくすと笑い声を上げる。



水分でうっすらと透けたバスタオルが、その豊富な胸やボディラインを露にして……ああああ、こうなったら!!



「……こうなったら、最終兵器だ!」



最後の切り札。



これが効かなかったら、俺は今晩、お風呂に入れないかもしれない。


さらに、裸同然の二人と対面するのも恥ずかしくなってきた。



命がけ……いや、お風呂がけの戦い。



俺は心の準備をし、ぴりぴりと焼け付く空気を感じる。

やがて大きく息を吸ったかと思うと――ッ。



「…………」



「「!!」」



――必殺、『見つめ殺し』だッ!!!



俺は、じいいいいいっと、それはもう、擬音語が聞こえてくるくらいにじいいいいっと、二人の顔を見つめ始めたのだ。


その瞳、肌、胸、太もも、その全てをなめつくすようにして、二人を眺めまわす。


見つめるがあまり、変態だのなんだの騒がれそうなくらいに、俺は二人の顔を、食い入るようにして注視した。



「「「…………」」」



そのまま、十五秒ほど経過する。



そのほんのり桃色に染まった肩や手足、頬は、俺の視線に対抗するようにして身動ぎもしない。


真っ白なバスタオルが、太もものギリギリラインで揺れて、俺はそこも、恥ずかしさを我慢して、じいっと見つめた。



……ちなみにこれは、俺が変態だというわけでも、それともやみくもに、瓜二つな二人から小さな違いを見出そうとしているからでもない。



ここで、俺が狙っていた通りのことが起これば……っ!




――と、神が味方したのか、今日の俺に運がついていたのか。



「~~~~っ!!」



……突然、片方がばばっと顔を紅潮させたのだ。



「ふぁっ、ふーとくん、見すぎ……!」


「あーっ、るるだな!!」



俺は、真っ赤になって顔を覆ってしまう方をびしっと指さし、るるだと断言したのだった。



そう、やはりるるならば、長時間の視線に、照れてしまうと思っていた!!



「ひ、酷いよお、それを狙ってたのお!?」

「そ、それは反則よ! もう一ラウンド!」


「もういいだろ! 俺の勝ちだよな? 風呂に入れさせてくれ!」



俺の叫びに、同じ顔をした二人は、同時に顔を見合わせるなり、同時にしょうがなさそうにこくんと頷く。



「わかった、早めに出てきてね!」


「あいよ……」



俺はソファから飛び降りるなり、急いでお風呂場へと直行した。













「「どっちが作ったハンバーグでしょう?」」



「……また来たよ!」



十五分後、お風呂から出てきた俺は、その光景を見て大きくため息をついた。



二人はすでに髪を乾かし、ねおはポニーテール、るるはツインテールに髪をまとめていた。


パジャマなのか、二人は色違いの、だぼっとしたパーカーのを着ていて……正直、めちゃくちゃに似合っている!!



そのパーカーのフードには耳がついていて、るるは桃色の犬ミミ、るるは水色の猫ミミがついている。



ああ、フードをかぶったら、もっとかわいいんだろうな……なんて妄想を膨らましてし、俺は勝手ににやにやとする。



「おぉ⋯⋯」


視線をずらしていくと、不意に肌色が視界を埋め尽し、慌てて目を逸らした。


どうやら足は素足のままのようだ。


双方とも、何も履かない主義なのだろうか⋯⋯あまり見ないようにしよう、とは思いつつも⋯⋯。



「やば……かわええ……」



とにかく今、俺は、そのかわいさに絶賛きゅんきゅんしていた。

双子のペアルックって、こんなにもかわいいのか……破壊力すごっ!?



「ほらふーとくん、この二つを食べ比べてね♡」

「ほ、ほら、食べなさいよ」



「「ちなみに間違えたら、ご飯抜き!」」



そ⋯⋯そんなァァ?!!


という俺の絶望的な不安は、すぐに掻き消えることになる。



二つの皿を突き出され、俺はまだ状況を掴めないままに、まずは左側に置いてあった、綺麗な焦げ目がついた、形が整ったハンバーグを口にする。


途端、口に肉汁がじゅわっと溢れ出し、程良いこしょうでの味付けが、俺を虜にさせた。



「……んん、んまいっ」



あまりのおいしさに感動し、俺は唸りながらも、あっという間に平らげてしまう。



「はい、次はもう一つの方」



ねおに促され、俺は、黒焦げで、怪しいけむりをまとい、少し不格好な方を口に入れ――




「ぐげはぁああっ、おう゛ぇええ゛っ!?!」




途端、嘔吐が込みあげてきて、俺は地面に手をついた。


なんということだ、と、俺は涙目になりながらも、ハンバーグとも呼べないような肉の塊を必死にかみ砕いた。



まるで、炭と塗料のようなものが手を取り合ってダンスをしているような、そんな恐ろしいハーモニー。


どうやったらこうなる、と突っ込まずにはいられない程の不味さに、俺はほろりと涙がこぼれるのを感じる。



「はいお水」

「あ、ありがと⋯⋯げほげほっ」



ねおから、予め準備されていたらしい水を受け取り、それを一気に飲み干すなり、俺は大きく息をついた。



「……初めのがねお、後のがるる」



「せいかいーっ」「当たり前よ」



二人は同時に言うなり、なぜか同時に胸を張って見せる。


ねおはともかくとして、るるはどうしてそんな自信にあふれてるんだ! 理解しがたいぞ!!




「いっぱい作ったから、食べてねっ!」



吐き気を感じる俺に、満面の笑みで、皿一杯に乗っかった、ハンバーグだと思われる物体を押し付けてくるるる。


ハンバーグだとは思えない、異様な匂いが鼻を直撃し、俺はくらりとノックバックを受ける。



「……大丈夫よ風斗、私も作っておいたから」

「ああ、助かる……」



ひそひそと話していると、るるがぷっくー、と頬をまん丸に膨らませて、俺とねおの間に割り込んできた。



「ふーんだ! どうせ、るるは料理が下手ですよー、だっ!」



「そう拗ねるなって……お前のも、げぼっ、お、おいしかっ……おう゛ぇっ、た、ぞ……ごぼっ」

「無理しなくていいわ、風斗」



未だに口に残っている味覚に吐き気を覚えていると、るるがますます拗ねたようにして、ぷいっと向こうを向いてしまう。



「でも、るるが料理で勝負しよう、って言ったんじゃない」

「で、でもーっ」



「て、てか、なんでこんな問題出しまくるんだ! それに罰ゲーム付きなんて、酷いだろ!」


「えー、楽しいじゃん!」

「やって私たちに損は無いしね」



なんじゃそりゃ!! 完全に害意あるだろそれ!!


憤慨する俺に、不意にるるがもじもじ、と顔を俯かせながらも、俺をちらりと見上げた。



「だってぇ……久しぶりのお泊りだから、楽しくって……」



かわいさを凝縮した声とポーズ、普段は見れないツインテール姿のるるに……ときめかないはずが、ない!!!



「お、おぉぉお……いくらでも悪戯してくださいるる様」

「うーむ、苦しゅうないっ! いたずらしてやるー」



るるにひれ伏す俺に、ねおが呆れたようにして見てくるが……あああ、るるかわええ!!


るるが悪戯……どんとこい、なんでも正解してやるっ!!



――そんな甘い考えは、次の質問で粉砕した。



「じゃー、問題です! るるとねお、どっちがもっとかわいいでしょう!」



「「!!!」」



……心理戦!!


えぐい質問が来たことに、俺は息を詰めて脳をフル回転させる。



当然、かわいいのはるるだと思っている。



……しかし、この場にはねおもいるのだ。


でも、空気を読んで「ねおの方がかわいい」なんて言ってしまえば、るるがむくれるのは必然だ。



でも、下手にねおを傷つけてしまうと、お互いにとってこの三日間が地獄と化すだろうし……あああ、こうなれば!!!



俺は一瞬の間で考えあぐねるなり、




「かわいい方がるるで、美しい方がねおだ!!」




そう叫び、どや顔をして決め込んだ。


俺にしては最高の返答!

どうだ、この一番丸く収まりそうな回答は! はっはっは!!



「えーっ、聞いたのは、どっちがかわいいか、なのにいーっ!」

「……♪」



……なんか思ってた反応と違う!


なぜか不満そうなるるに、俺は少なからずショックを受ける。



「つ、つまり、両方かわいいっていう事だな! みんな違ってみんないい、そうだろう?」



むくれるるると、なぜか幸せそうにほくそ笑むねお。

くそっ、これ以上いい案がない!



「でもぉ……」



まださらに口ごたえしたそうなるるを止めるべく、俺は大きく息を吸うなり、



「まあ、かわいい方はるるってことだ、よかったな! よしッ! これで悪戯は終了! あーそういや腹減って死にそう、餓死するわこれ! てことで、ご飯食べようか!」


「「…………」」



「な!」


俺は笑顔でこの話題を結び、有無を言わせない圧をかける。



これは俺の必殺技、『チャンクスライド』!!


すなわち、話題を変えることである。



「……う、うんっ、じゃあ食べよっかあ」

「そ、そうね、配膳手伝ってくれる?」



俺の圧に、二人はしぶしぶと言ったようにして、仕方なく従ってくれる。



……よかった、収まった……!


丸く収まったことに安堵の息をついていた俺。そこに、るるがとてとてと近づいてきたと思うと……。



「ふーとくん、ふーとくんの餓死の心配がなくなったら、また聞くからね? 言い逃れ禁止、だよ?」



そう低音で囁いてきたるるは……めちゃくちゃに、怖かった。



「わかった?」


「ふぃっ……」



恐怖で変な声を出すと、るるはにこっと笑みを浮かべ、キッチンへ入っていった。



るるが去っても、背筋は凍ったままで、歯はがたがたと音を鳴らしている。



ああもうこれ、ねおの方がワンチャンかわいいんじゃね?


……さっきのショックで、かわいさ天秤が、ねおへと傾きかける。



が、キッチンからねおの声が飛んでくるなり、俺は別の意味で背筋を凍らせた。



「風斗、お箸運んでおいてくれる? ああ、お皿もお願いしたいわ。言っとくけど、お皿は全て年代物で、この世に二つとないお皿ばかりだから気を付けなさいよ。あと、タッパーに入ってるお米、チンしてくれないかしら。この野菜も炒めておいてほしいんだけど……るるは、自分が作ったハンバーグ食べるか捨てるかしなさい」


「食べるー! あ、ふーとくんも食べたい? どーぞ♡」



仕事の量にぶるぶると震える俺。


追い打ちをかけるようにして、るるが無邪気にキッチンに駆け込むなり、お箸で、先程のハンバーグ? をつまんで戻ってくる。



「ひいっ……」



酷い、ペンキのような匂いが鼻を直撃し、俺は危うく卒倒しかけた。



「ほらふーとくん、お口開けて♡ あーん!」



……いやいらんいらんいらんいらん、無理無理無理!! 俺を殺す気か!?


一見ラブコメだが、ホラーだから! ホラーだよ絶対! 俺を殺す気だわこれ!



「風斗、聞いてるっ!? 炒め物、間に合わないわよ? あなた餓死するんじゃなかったの!?」

「ひぃっ、は、はいっ!!」



続いて響くねおの罵声に、俺は身をびくっとすくませて、キッチンへと駆け込む。



「ねーえー、ふーとくん、食べて―」

「ほら、これ、キャベツね。それに、味付けは勝手にできるわよね? ちなみに焦がしたら、夜ご飯なしになるわよ」



口をパクパクとさせる俺を、左右から瓜二つの顔が、同時に俺の顔を覗き込んだ。



「あぁああぁ……」




……るるねおを相手にするのって、めちゃくちゃ疲れるんだが!!??




遅まきながらも俺は、これから三日間、三人で過ごす波乱な時間を想像し、涙目になったのだった。

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