お泊り編

第17話 わんこは癒す


「うああああ、学校終わったあ……!!」



――月曜日、デートの翌々日。


教室内はいつも通りうるさく、部活の話やらテストの話やらで溢れかえっていた。



「ねえー、ノート誰か見せて!」


「やば、先輩から借りたスポーツタオル、ないんだけどっ!?」


「社会と技術捨てるわ俺! 体育に賭ける!」


「ほら、部活遅れちゃまずいよっ、行こ!」




「うん、帰宅部しか勝たんわ……」



ばたばたと、クラスの大半が部活へと向かってしまう。


俺がふうっと息をついていると、不意に後ろからぽん、と肩を叩かれた。



「ねえ、風斗くんも部活、入ったら? 吹奏楽部楽しいよー!」


「あー……遠慮しとくわ」



ポニーテールをした派手な女子。


俺は断って、さっさと教室を出ようとするが……。



「じゃあテニス部は!」

「サッカー部!!」

「一緒に茶道部入ろうよ!」



るるの女子グループの女子たちに誘われ、俺は勢いに気圧され身をすくませる。



「演劇部、今人が足りてないんだよー。もし風斗くんが王子様役をしてくれるんだったら……私はお姫様役で……」

「それなら私の文芸部に!!」



「こ、こらーっ、るるのふーとくんに、何してるのーっ!?!」



途端、ばがーん!! と扉が開かれ、肩で息をするるるが姿を現した。



「わ、やばっ」

「逃げろ逃げろー」



「まてーっ! ……ああもうっ、許さないんだからねーっ……」



るるはそうため息をつきながらも、俺の方へと駆け寄ってきた。



「ごめんねふーとくんっ、るるの友達が!」

「いーや、いいけど……もしかして、嫉妬したのか?」


俺がにやりと笑いかけると……るるは即座に真っ赤になった。



「し、してな……したぁ……」



消え入りそうな声でそう呟くるる……今日もかっわえええ!!!!


悶絶する俺に、るるがすぅっと、視線を不自然に動かした。



「……そ、そうだ、教室に水筒忘れちゃって……」



るるは陸上部だから、いつも帰りは別々だ。


ミディアムロングの金髪を、高い位置でポニーテールにしてまとめているるるは……いつもと違う輝きがあって、思わず見とれてしまう。


スポーツタオルを肩に引っ掛けたるるは、水筒を手に取るなり、るるを見つめていた俺に悪戯気に顔を近づけてきた。



「あれれ、なーに……るるに、見とれちゃった? デートの日みたいに?」


「し、仕返しか……み、見とれては……いた、畜生!!」



デートの日……つまり、俺とるるのファーストキスの日。



朝登校中、俺があの時に、るるに見とれていた事をうっかり言ってしまい……今でもこのようにしてからかわれているのだ、くそっ!!



しかし、企むような笑みを浮かべるるるは……もうかわいいの息を超えて、尊くなってくる。



るるはしばらくにやにやとしていたが……やがて疑問そうに首を傾げた。



「あれ、ふーとくんは、もう帰っちゃうの?」

「ああ、帰るつもりだが」



るるはそれを聞き、しばらく悩んだようにして首をもたげていたが、やがてぱっ、と顔を上げて嬉しそうに目を輝かせた。



「じゃあるるっ、今日部活休んじゃおっかな!! ふーとくんと一緒に帰りたいし♡」



……は?!?!



という俺の表情を見てか、るるはますます嬉しそうにして、荷物をまとめ始めてしまう。



「ちょちょちょ、何言ってるんだ、そんな事……」


あんな部活熱心なるるが⋯⋯ダメだ、俺のせいでそんなこと!!



真っ青になる俺に、るるはしばらく肩を震わせていたが、やがてこらえきれないといったようにして、楽しそうな笑い声を上げた。



「???」


「あははっ!! 実はねっ、今日は先輩方と顧問の先生が、授業の一環として、ボランティア活動に行ってるんだよねー! だから、部活は元から休み! ……どう、びっくりした?」



にやにやと、俺の反応を待つるる。



……俺をだますために、わざわざ髪を結び、水筒を忘れたふりをした、と??



俺は小さく息をつき、がしっとるるの肩を掴むなり⋯⋯



「……お前にはお仕置きが必要そうだな、るる!」

「んきゃーっ?!」



るるが急いで逃げようとするが、そうはさせず、俺は両手をるるの脇に滑り込ませる。


そして……こしょこしょこしょ、と脇をくすぐる!!



「いやああっ、きゃっ、きゃはーっ!!」



るるは腹をよじり、目に涙を浮かべて笑い声を上げた。



「んぁっ、やっ、きゃああっ!! そ、そこはダメ!! だめだってぇ! んあ、ああはははっ、ふぁっ、あぁっ!!」



るるはどてっと地面に倒れ込みながらも、目に涙を浮かべて笑い声を上げる。


いつの間にか、るるが手に持っていた水筒が開き、辺りに零れて水びだしになってもなお、俺たちは暴れまわっていた。



「はぁっ、はあ、はぁあっ、はっ……」



俺がこしょこしょを止めると、るるはしばらく倒れ込んだまま、笑みの残る顔で荒い息を繰り返していた。



「ひどい、ふーとくん……いいって言ってない、のにっ……」

「お仕置きは、予告なくするもんだろ?」

「うぅっ、あは、ふ、ふーとくんが、激しすぎるから!」



……待て、なんか変な意味になってない? 大丈夫?


俺は我に返るなり、るるの全身を見る。



制服はひどく乱れ、なめらかで白いお腹とおへそは丸出し。


頬は真っ赤に染まり、目に涙を浮かべている。


さらに水筒の水がこぼれたからか、太ももやスカート、制服に水滴や液体の跡がついている。


スカートだって、ばたばたと暴れる足によって乱れ、めくれかけている……待った、この状況って、周りから見られるとやばいヤツじゃ……!?




「君たち! 教室で何をしている!!」




「「!!!」」



そんな時、悪い予感は的中、いきなり教室が開き、教諭が教室に顔を覗かせた。


地面に転がり、制服を乱れさせるるるに、その上から覆いかぶさる俺。



「…………まさか」


「「ち、違うんです!!」」



俺たちは揃って頭を下げ、慌てて誤解を解こうと説明する。



――誤解が解けるまでに、約一時間は要した。











「ふあああああっ、疲れたよおっ!!」



――一時間後。



俺たちは学校を出るなり、そのまま倒れ込みそうなり、慌てて足を踏ん張った。



「ばかなのふーとくん……誤解、されちゃったじゃん!」

「そもそもあれは、るるが悪戯をしてくるから……」



結局、三十分の言い訳タイムの後、教室に取り付けられた防犯カメラ映像を振り返ることにより、俺たちの疑いは晴れた。



……が、初めは防犯カメラの画質が悪く、どう見ても俺が襲ったようにしか見えず⋯⋯その誤解を解くのに三十分はかかった。




「で、でもるるたちは、キスをした仲なんだしっ……ふーとくんだって、触りたそうだし……るるのおっぱ」


「はああ!?!! 誰がそんな事言うか!!」



るるがとんでもないことを言いかけ、俺は慌ててるるの口を抑える。


触りたそうって……バカなのか!? 全然、触りたくなんて……さわ……。



「え、ふーとくん?」

「な、なんでもない!!」



いつの間にか、俺はるるの胸元を凝視していたらしく、るるが手をクロスにして胸元を隠す。


違うんだっ、誤解だ!! 本当に、たまたま見ていただけであって、変な意味はさらさらない!!



「へぇえ、そーんなに触りたいんだ?」



るるは、小悪魔のようににやけたかと思うと、俺の顔をわざとらしく覗き込んでくる。



「ち、違う! まさか……」

「まあ、るるはふーとくんの彼女だしっ……しょーがないなあ……」

「おいやめろ! 押し付けてくんな……おわっ?!」



突然、むにっと腕に押し付けられる柔らかさと包容力に、俺は目を白黒とさせる。


と、ポニーテールをゆらし、るるが俺を悪戯げに見上げてくる。



「ふーとくんが欲しかったのは、これでしょー?」

「俺を変態みたいに言うんじゃない!」

「でも、デートの日だって、キスしてきたのはふーとくんからじゃん?」

「その前に、人が見てる前でキスを迫ってきた変態はお前だろ!」

「えー、実際にやったのはふーとくんじゃん! それに、さっきも学校で……」



……と、とりあえず、腕が限界だっ!! これ以上は無理!!


俺は腕に押し付けられている、とろけるような柔らかみから離れるべく、るるを無理やり引き離した。



「わかったから、とりあえず俺から離れろ!」


「えーっ、本当は嬉しかったくせにい……って、あ、わんちゃんっ!!」



途端、るるの小悪魔な笑みが、ぱあっと天使の笑みに変化した。


るるの視線をたどると、そこのは散歩中のマルチーズがいるようだった。



切り替え早⋯⋯と半ば呆れる俺を置き、るるはしばらくじいいっとマルチーズを観察する。


その後、さすがコミュ強、るるは散歩をしているお姉さんにたたたと駆け寄っていった。



「わあっ、かわいいですね! 名前はなんて言うんですか?」



チーズちゃん、と返ってきたらしく、それを聞いたるるは、目をきらきらとさせてマルチーズを撫でる。



「きゃっ、かわいい! チーズちゃんこんにちは、わんわん、るる犬ですよー」



るるとじゃれあうマルチーズ……どっちが遊ばれてるのかわからなくなってくる。


さらに、手のひらを頭の上に当て、イヌの耳を再現するるる……破壊力が半端ないっ!!



「わんわんっ、かわいいねっ! チーズちゃんーっ♡」


るるがあまりにもマルチーズに構いすぎるので、俺は見かねてるるに近づいていった。


「おいるる、行くぞ! ……すみません……」



散歩中のお姉さんが苦笑するのを見て、俺は頭を下げながらも、るるをマルチーズからはがす。



「えーっ」

「えーじゃない。ありがとうございました⋯⋯」



笑顔で去っていくお姉さんを見送っていると、やがてるるが、ぶすっとした顔で地面に座り込んだ。



「ふーとくんは、るるのお母さんじゃないのにーっ」

「はいはい」

「うぅー、ふーとくんまで、ねお姉と同じ受け流しをするようになったあー!」



がっかりと首を垂れるるるに手を貸しながらも、俺は苦笑交じりでるるを見る。



「やっぱりるるはイヌだよなあ」

「ど、どういうことお!」


「いや、イヌと『触れ合う』ってよりかは、イヌと同じレベルで『遊びまわってる』、というか? うんつまり、るるはイヌってことだ」



俺の言葉を聞いて、しばらく考え込んでいたるるだが、やがてるるはゆっくりと顔を上げた。



「えーと、それは、るるを飼いたい……ってこと?」



それは違うっ!! なんでそうなる!! 


と突っ込みたくなるが、るるはなぜか嬉しそうに身をすり寄せてくる。



「わんわん、ご主人様ーっ、お背中流しますねーっ♡ ⋯⋯みたいなのがいい?」

「なんで俺とるるが、一緒にお風呂に入ってることになってるんだ!!」



俺が赤面すると、るるはさらにうーんと頭を悩ませ、



「じ、じゃあ……ご主人様、あーん♡ 美味しいですかー? ……とか、どう?」

「違ーうっ!!」



ちょっといいな、と思ってしまった事は秘密にして……俺は暴走しまくるるるをなだめるため、るるの肩をぺしぺしと叩く。




――その時だった、ブーッ、とスマホが鳴ったのは。




「?」




まだわんわん言っているるるを置き、俺は、スマホをちらりと見る。

どうやら、お父さんからのメッセージのようだ。



俺は、届いたメッセージを読んで⋯⋯そして、絶句することになる。




『今日から、父さんと母さん、それに朝日南さんの両親と、2泊3日の旅行に行くことになった。朝比南さんの家に泊まっていいそうなので、ひとりが不安なら行っていいぞ! てことで3日間よろしく頼んだ^_< 追伸: 朝日南さんの双子たちに、変なコトはしないように!』






「う、嘘だろぉぉおおおおお?!!」



俺はここ最近で、一番大きな悲鳴をあげた。

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