花言葉に込めた結末は。

 ということで完全なネタバレに気を付けますが、結構後半まで踏み込むことになりそうなので気を付けてください。こういった作品には、事前情報はすくないほうがいいでしょう。まだ読んでいないひとは回れ右をして、作品に戻ることをお薦めします。


 本作の序盤は、官能性を孕みながらも、恋愛と青春の一幕が綴られていくのですが、最初の二行には、
〈遺体の側に落ちていたのは、紫苑の花だった。
その花言葉は、『追憶』〉
 という不穏な言葉が提示されているように、物語は途中から様相を変えていきます。語り手の〈私〉である奈津美は幼い頃から、恋に自覚的な少女で、高校一年生の時に恋をした相手である二十五歳の先生に特に強い想いを抱いている。このふたりの恋の行方とその顛末が、サスペンス色を強めながら、紫苑、ラナンキュラス、クリスマスローズ、シザンサス……いくつもの花と花言葉に彩られつつ、語られていく作品になっています。

 生徒と教師の関係であることが途中、ふたりの仲を引き裂く原因になってしまうのですが、そこからの彼女の空虚感を漂わせた感情の在り方が魅力的だなぁ、と思いました。他の男性を代替品にする中で感じる違和、恋の感情が肉体と精神のどちらから来るものなのかがどこまでも不明瞭な感覚、多感な少女から大人になる過程の時間を止めてしまったような〈先生〉の不在。なるべくして起こった悲劇を、予感させる感情の芽生えを感じて、好きでした。

 そして彼女が二十歳の時、ふたりは再会するわけです。当然一人称だから、先生の心は分からないわけですが、

〈あの時、私のことを本気で愛していたんだ。今は、付き合っている女性がいるんだ。だから、私と結婚することはできないんだ、という内容の話を、矢継ぎ早に先生は私に告げた。〉
〈祈りの勝利だ。精神的勝利だ。
私と先生は、再び恋人同士になれる。『努力』が報われた瞬間だった。〉

 矢継ぎ早、祈り、括弧書きされた『努力』……ここまで来ると、もう素直に語り手を信用はできないですよね。感情の描かれない先生の、負い目のある人間が真綿で首を絞められていく恐怖は、自業自得と言うのは簡単ですが、人間、つねに清廉潔白でいる、というのは難しいもので、この先生の感じた恐怖は普遍的な恐怖にも思うわけです。ふたつの視点それぞれにまったく違う感情の宿る悲しみの余韻を残しつつ……、

 大変楽しく読ませていただきました。かなり後半まで踏み込んでしまったので、レコメンドにはなりにくいかもしれませんが、お薦めです。

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