雪降りの日

 何時もの如く研究所へ邪魔すれば留守番していろと言われ、淹れたてのコーヒーと星幻糖のクッキーを渡されて1時間とちょっとが経った。コーヒーは殆ど飲んでしまったし、星幻糖のクッキーも食べてしまった。さてどうしようかと思った辺りでタイミングよく所長は帰って来た。長い黒髪のあちこちに雪の華がついたままで、歩く度廊下にコロコロ転がっていく。少し払ってきたらどうだと言っては見たものの「小さい奴等が喜ぶ」と返されるだけで終わった。この男は時々とても大雑把というか、凄く適当な時がある。そのギャップに驚かされるのにも段々慣れてきた。

 所長は手に持っていた鞄から採取壜を机の上に並べ始める。温度差で白く曇った中に淡い翠靑色の欠片が見えた。壜の一つから結晶を取り出し手渡される。5㎝ほどの翠靑色の結晶。水晶のように細い結晶が幾つも固まっていた。

「何だ、鉱物か?」

「雪が全ての音を吸収する日にだけ採取出来る氷状鉱物だ。氷よりも密度が高く結晶化しているから溶けずに残る。ただ25度を超えると溶けてしまうから保管が難しいんだ」

 この結晶は全て冷蔵室の中で保管され、夏に作る商品のパーツとなるらしい。ひとしきり眺めた氷状鉱物を所長へ返そうとしたがその手を制される。

「その結晶を耳に当ててみろ」

「耳に?」

「貝殻から音を聞くだろう?それと同じだ」 

 言われた通りに耳へ当てる。結晶から鳥のさえずりと海の音、遠くを走る汽車の音がノイズ混じりに聞こえて来た。海岸で拾った貝を耳に当てた時よりもずっと多くの音が結晶の中から溢れている。

「その音は空にあった雪の結晶が世界の何処かで拾って来た音だ。時折人の声も混じっている」

 鉱物から人の声がしたらさぞ驚くだろうなとなんとも面白みの無い答えを返したが、所長は機嫌が良いのか嫌な顔をせず自分も結晶を耳に当てて聞いていた。

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