パーティーから追放されて、ざまぁされる奴(後)

 ◇


『邪神四天王ジャンガリアン・ハスターが寂しくて泣いています。勇者が姑息な真似をして許されると思っているのか?腹を切って詫びるべきである(邪神)』

「これで……終わりだァァァァァァッ!!!」

 勇者ギロッポンの手が光り輝き、邪神からの呪いの手紙を初級火炎魔法の炎の中に放り込む。紙の燃える音は静かでファンファーレと呼ぶにはあまりにも侘しかったが、今の六本木勇者同盟ポンギッギーズには世界中の何よりも美しい音に聞こえた。


「お、終わったど……」

「邪神……めっちゃこまめに手紙送ってくるじゃん……」

「けど、これが最後の手紙じゃない……いずれまた第二第三のクソみたいな手紙が来るだろうな……」

 戦いは終わらない。否、これが新たなる戦いの始まりとなるのだろう。邪神の手紙は邪神の手が動く限り年中無休である。事務員ツゼイがパーティー及び社会からも追放されたことによる穴はあまりにも大きい。

 少し休んだ後、三人は魔法の鞄の中に必要な手紙を戻していく。魔法の鞄に重量はないが、郵便物仕分けの前よりも遥かに軽いように思えた。


「ま、これで……ようやく眠れるわけだな」

 郵便物仕分けの開始時には天高く登っていた太陽も、気づけば空を月と星に明け渡して眠っている。

 街によっては夜も賑わっているところもあるが、現在六本木勇者同盟が滞在するジュウミンヒトリノミノスクネ街は月が夜の空で静かに輝くのを妨げぬかのように寝静まっている。


「まだだよ」

 ベッドに向かおうとするギロッポンを賢者ヒャクレンガチャが制する。

「待ってくれ、ヒャクレンガチャ。とりあえず邪神からの手紙は全部燃やしたはずだ……正直もう眠いんだ……」

「オ、オデもだど……」

 懇願するような勇者の言葉に戦士クッムが続く。

 疲労の色ははっきりと二人に――否、ヒャクレンガチャにもありありと浮かんでいた。それでも彼女は意思の籠もった目で二人を見た。


ーて、ギロッポン、クッム。たしかにあーし達は郵便物仕分けを終わらせたよ?けどさ、あと八時間でツゼイが白紙にしていった会計帳簿、業務日報、その他諸々の書類を冒険の書報告書として国に提出しなきゃ……最悪、死ぬ」

「強すぎる力を持つオデたちが排斥されて、戦う理由を見失いかけるども、力なき民の応援で人間を信じる心を取り戻すイベントならもうやったから、例え向こうがオデ達を殺そうとしても勇者の心は死なないど?肉体的にはなおさらだど」

「クッムのイベントは初めて聞いたが……世界が滅びるか否かの瀬戸際なんだ?国だってそこらへんは柔軟に対応してくれないのか?」

「もちろん、社会的な手続きという点では問題ないけどさ……でも」

 ヒャクレンガチャは「あーし達って、死んでも国の魔法で生き返るじゃない?」と言った。

 全てのものはいつか死ぬ、そんな当たり前のことを語るのと同じ口ぶりで。


「けど、それは肉体から離れたあーし達の魂が行動の記録を参照にしたものを作成して肉体や装備品を創造し、それに宿っているに過ぎないっていうか。まぁ、情報を媒介にした物理的な幽霊っていうか、そういうものなワケ。だからあーし達の死んだ場合の肉体は冒険の書の記録に依存してしまうワケだけど」

「……わ、わかりやすく言ってくれど」

「アイツ、あーし達のセーブデータを消したから早めに書き直さないと二度とやり直せるセーブデータがなくなるよ」

「あの野郎、腹いせが世界崩壊級じゃねぇかど!!!!オデたちが死んだら誰が邪神を倒すんだど!!!!アイツ邪神より悪辣だど!!!」

 クッムが夜の静寂を切り裂いて獣のごとくに吠える。


「……いや、でも最悪の場合は前回提出時の冒険の書からやり直せないか?」

 冒険の書を出すのは今回が初めてというわけではない。

 一ヶ月前に冒険の書を提出したし、その間の冒険でギロッポンは一度死亡した後に復活している。


「冒険の書の提出日は正確に決まってんでしょ?その日ごとに強制的に冒険の書の記録は上書きされっから提出日までに冒険の書を出せなかったらあーし達の冒険の書は白紙になんの」

「次の提出をやり過ごして、次の次の提出まで一度も死なないってのは?」

「かなりの賭けになる。あーしって死ぬとわかってても一ヶ月大人しく待ってられないっしょ?」

「当然だど。命を惜しむというなら、この肉体も魂もとっくに邪神に捧げていたど」

 誇り高き戦士が言った。勇者も賢者も同じ気持ちである。


「……けどさ、それなら俺たち郵便物仕分けよりも冒険の書を優先するべきだったんじゃないか?」

「疲労に邪神の呪いが重なって衰弱死……王様の前で復活して冒険の書記入不可能なんて最悪の事態だけは避けたかったの」

 魔法の鞄に生命体を送る能力はない。

 もしも、あったならばせこせこと呪いの手紙なぞを送る必要はない。邪神が魔法の鞄から現れていただろう。


「っていうか俺らさ、冒険の書のチェックってツゼイが捕まった時にやるべきだったんじゃなかったかな……」

「それについては反省してる……ついつい作業をギリギリにしちゃうし……でもッ!!アイツがあんなことやるだなんて思うわけないじゃん!!」

「アイツ、やってることが邪神のちんけな呪い手紙よりも悪辣だど!!!!!」

「クソッ!どんな怪物モンスターとの戦いよりも追い詰められてるぞッ!」


――勇者様、私は確かにただの事務員。肉体的にも魔力量においても秀でた部分はありません。しかし、どのような手を使ってでも敵と戦い抜く……私にはその覚悟があります。どのような手を使ってでも、ね。


 かつてのツゼイの決意表明を思い出す。


――敵の皆さん!このような手ですよォーッ!!!!


 ツゼイがそう言って、嘲笑うのが聞こえるようであった。


「とにかく正確な情報が残っているのから……いや、記憶が薄れていない内に最近の業務日報を書くのが先か!?」

「収支で反映される装備品と消耗品は最悪全ロストしても買い直せばいいから、業務日報を優先しよ!日報書いた経験が蘇生時の私達の肉体の強度の参考値になるからさ!」

「あー!オデ!数ヶ月前のことなんて覚えてないど!よくも丁寧に全消ししてくれたものだど……!」

「国は前回提出分の俺らの冒険の書の複製とかしてねぇのか!?」

「冒険の書をイジれるのは六本木勇者同盟あーし達だけ!内容を書き写すことも出来ない!蘇生システムに読み込ませたら、あーし達に即返却だよ!」

「じゃあオデ達いがいに手伝いも無しだど!?」

「あァーッ!序盤にスライム何匹倒したとか覚えてねぇよッ!!!」

「とにかく邪神四天王とか怪物の親玉とか、大物を倒した時の記録を優先しよ!最悪、細部はふわふわでいいから!」

「クソッ!常日頃から日記とか書いときゃ良かったッ!」

「オデ……この冒険の書が終わったら……事務仕事を覚えて……毎日コツコツ丁寧に日報……を……ッ……」

 クッムの巨体がゆらりと揺れ、山が崩れるがごとき音が、夜の静寂を揺れ動かした。

 

「クッムゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 とうとう睡魔に耐えきれなくなったクッムが床に倒れ込んだ。

「まっ……まだ……オデは……」

 立ち上がりたい――そんな意思はある。

 だが、意思とは無関係に思考はまどろみ、視界は薄れてゆく。


 叩き起こすか――ギロッポンはその案を否定する。

 寝惚けた頭では何を記述したものかわからぬ。

 いや、それよりも――ここまで必死に戦ったクッムを安らかに眠らせてやりたいと勇者は思う。


「……続けよ!クッムの分まで!」

 ヒャクレンガチャは書類に向かい、うつつから去りゆくクッムのために振り返ったりしない。彼女はわかっているのだ。一文字でも多く提出書類を進めることがクッムへの最大の供養になると。


「ああ!」

 顔を叩く。気合を入れ直す。ギロッポンの目には痛みだけではない涙が滲んでいた。


(おやすみ……クッム……)


 日付が分かる部分からひたすらに書類を埋め続ける。

 六本木勇者同盟は昨日の旅路を進んだかと思えば、四ヶ月前の洞窟に行き、かと思えば一週間前の迷宮に飛んだ。書類の中の六本木勇者同盟は空間からも時間からも解き放たれて、未来に向けて進み続けた。


「……ぁ……っ」

「……んばろ……」


 未来に進むことは今、書類を書いている死んだ目をした二人にしか出来ない。

 視界も思考も霧の中にある。それでも霧の向こうへ進むために二人は足の代わりに手を動かし続ける。だが、その旅路にもとうとう限界が訪れた。


「ツゼイが通報……追放されて……クッムが眠っちゃって……あーし達二人だけになっちゃったね……」

「あぁ……」

「でも……ごめん……あーしも……限……か……」

「やめろ」

 ギロッポンから眠気が消えた。目を大きく見開いて、去りゆくヒャクレンガチャの姿を見た。

「行かないでくれ……ヒャクレンガチャ……」

「ごめんね……ギロッポンを一人にするのは……辛いけど……でも……」

 ヒャクレンガチャは最後の力を振り絞って笑みを浮かべた。

「頑張って……戦って……あーしの……勇者さ……」

「ヒャクレンガチャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 叫びを聞くものはいない。

 クッムもヒャクレンガチャも眠りへと誘われてしまった。

 いっそ、自分も二人が待つ向こうへと行きたい――ギロッポンはその考えを振り払う。


「勇者が諦めるわけにはいかねぇよな……」

 ただ一人残された戦場で、勇者は戦いを再開する。

 最早、自分が何を書いているのかわからない。ミミズののたうち回ったようなインクの線が書類を這い回るだけだ。

 それでも――どれほど無様でも、仲間のために倒れることだけは出来ない。


「クッム……」


――オデ、クッム!勇者様!オデ!馬鹿だけど……皆のために戦いたいど!


「ヒャクレンガチャ……」


――あーしが賢者って職業名を名乗って半笑いにならなかったのは、勇者様が初めてだよ!


「出会ってきたすべての人々よ……俺に……事務の力を……事務能力をくれえええええええええッッッ!!!!」


 今まで出会ってきた人々の姿が、走馬灯のようにギロッポンの脳裏を駆け巡る。

 もう二度と会うことの出来ないはずの両親、地元の友人、かつて戦った敵、そしてツゼイ。すべての人々がギロッポンを激励する。


 そう、ギロッポンは――眠っていた。

 夢を見ていたのだ。


 ◇


『六本木勇者同盟様、冒険の書の提出が無いようですが如何なされたのでしょうか。ペナルティはありますが、期限後の提出も可能ですのでひとまずはご連絡ください』

 新着の手紙を見て、三人は胸をなでおろした。


「出来たんだど……!?期限後の提出!」

「あーし、めちゃくちゃ脅されたから絶対出来ないと思ってたよ~!」


 三人は自分たちだけで判断してしまったが故に、壮絶な目にあってしまった。

 そうだ。国というあまりにも巨大な機構が相手だ。諦めてしまうこともあるだろう。それでも、まずは――


「連絡!それが大切なんだな!」


 六本木勇者同盟は新たな教訓を胸に、再び戦いに挑む。

 新たに届いた邪神からの呪いの手紙。手付かずの会計帳簿。書きかけの書類。そして――


「事務の大切さがわかったよ、ツゼイ」

「勇者様」

 ギロッポンは投獄されたツゼイの面会に来ていた。

 多少痩せたようだが、健康に問題はない様子である。

 衛兵に喚き散らしたのが嘘のように、鉄格子越しにギロッポンに微笑みを見せている。


「わかっていただけて嬉しいです……勇者様。そう、私が投獄されたのも、冒険の書を消去したのも、全ては皆様に普段見過ごされがちな事務仕事の大切さを知っていただくため、さぁ……」

 私をお出しください。また皆様と旅を続けたいのです。

 ツゼイの言葉を聞き終えず、ギロッポンは牢を開け放った。

 扉ではない、鉄格子を曲げて。

 ツゼイが状況を認識するよりも早く、ギロッポンは殴り終えていた。


「まずは人事じゃボケエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!」

「グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」


【終わり】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

事務職を追放した勇者パーティー!事務作業が物理的に殺しに来る! 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ