短編・後

談。

「結局どうしたの?」

 彼女が指しているものが分からなかった。キッチンの私は火加減に気を取られていたから、その前の話がうっすらとしか頭に残っていない。目玉焼きをつくるフライパンから視線を送って、それから彼女に訊いた。

「何が」

「花瓶だよ。かびん」

 スリッパの足音と共に彼女の声が近づいてくる。持ち上げたケトルをおもむろに傾ける。私の隣でコーヒーを淹れながら彼女は続ける。

「前にしてたでしょ。どこに飾っても、自分が飾られてる気になるって話」

「ああ、その話」

 たしかに私は彼女との他愛ない会話の中でそんなことを言ったかもしれない。実際この話をされるまで花瓶のことは気にも留めていなかったし、自分でもそれほど大した問題では無いと考えているから、彼女の口から花瓶という言葉が出てきたことすら私は意外に思った。

 曇っていくフライパンの蓋を横目に、私は口を開いた。

「窓辺に花を飾っていたことがあるのは知ってるだろう」

 彼女は頷いただけで微笑んだ。

「あれが一番の失敗だった。見栄えは良いが、私には気になることがあって……」

 そうやって私は、窓の外から覗き見える花瓶について話をした。

 生活感の溢れる室内に一つだけ美しいものがある。それを窓の外から見たときに、まるで窓辺の花瓶が部屋を飾り付けているように見える。それで部屋が成り立っているように思ってしまう。花瓶を窓辺に置いたのは私なのに。

 そんな話をした。

「考えすぎだよ」目玉焼きの少し焦げてしまった所をフォークで除けながら彼女は私を見る。

「そうなのかな」私はトーストを一口かじる。

 バターが染み出て香った。

「そこがいいところ」

 彼女は目玉焼きを乗せたトーストを頬張る。

 暖かい朝だった。

「なら、君が飾ってくれよ」

「ん?」

「花瓶だよ。かびん

 君が飾ってくれ」

 私の部屋を。

 心を。

 生活を、飾ってくれ。

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詩集、雑。 半月 工未 @hangetsu-takumi

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