第7話    接待

 56-07

何が何でも商品の製造依頼を受けたい酒田常務は、JST商事の吉村課長を銀座の高級店に誘っていた。

「この様な接待をして頂いても、アメリカの本社の意向が強いのでご期待に添えるかどうかわかりませんよ」

「それなら、アメリカの本社の方に会わせて頂けませんか?」

「来週ジェームス・クーパーが来日するので、一度会われますか?」

「是非とも!でも私は英語が苦手ですが大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ!彼は日本語ぺらぺらですから心配ありませんよ。日本が大好きですよ。それから彼は特に着物の女性に興味を持っているようです」

酒田常務は接待のお礼として、ジェームスの好みとか攻略法を教えてくれたのだと解釈した。

ジェームスは来週来日してから一週間は日本に滞在するので、その間に一日だけ商談日を設定して貰える事になった。

酒田常務は現在のところ京極専務に負けているので、これが挽回のチャンスと感じていた。


意気揚々と東京から帰ると、早速社長室に報告に向う酒田常務。

宮代社長は話を聞くなり「酒田常務、それは良い話だが我社にそれ程のキャパが有るかな?」といきなり言った。

「社長!当初キャラクター品は一種類から始めますので、今の設備で充分だと思います」

「酒田君!それがモーリスの次の商品が決まったのだよ!今後次々増える様だ!」

「えっ、もう次の品物が決まったのですか?」

「彼岸だんごとお月見饅頭のセットが、前回同様の数量で決定した様だ!」

「次々決まりますね」

「工場長が設備の増強を言ってきたので、酒田常務が言っていた自動包装機を購入する段取りで銀行に打診したよ」

「最新式の自動包装機を導入すれば、人手が少なくて数多くの包装が出来ますよ」

「この機械があれば、君の商品も苦も無く生産出来るので思い切って導入しようと、工場長とも話し合った」

「ありがとうございます」

酒田常務は、小さくとも千歳製菓は無借金が売りであるとの思いが脳裏を掠めたが、次の宮代の言葉でその危惧も吹っ飛んだ。

「貴吉が将来社長をする様になれば、近代的な設備を問われる事になるだろう?」

貴吉とは酒田常務の息子で、京極専務の息子の晃とは常にライバルとして競っていた。

ここで宮代社長が貴吉の名前を出したという事は、自分に社長を継がせるつもりだと察した。

「社長!息子の事まで考えて頂きありがとうございます」

「当然だろう!私の可愛い孫なのだから、将来頑張って貰わなければならん!」

酒田常務はその言葉に、この小さな会社が、名高い大会社に成長し、自分の息子貴吉がその三代目の社長になる夢を描かされた。


翌日、酒田常務は京極専務に「我社も最新式の自動包装機の設置が決まりましたので、どんどん注文を受けて貰わないと、機械が遊んでしまいますよ!」そう言って自慢気に話した。

京極専務その話を直ぐさま赤城課長に話すと、もっと大きな注文も対応出来ることをモーリスに伝えて、新たな企画の採用をお願いするように指示した。


翌週、赤城課長はモーリスに勇んで行くと、自動包装機の導入により大量注文にも対応出来ることを伝えた。

だが庄司は全国の頒布会の品物を受けて頂くには、現在の設備ではとても無理なので当面はスポット対応で進めさせていただくと赤城の話を鼻で笑って返した。

自宅に帰った赤城は妻の妙子と娘の美沙に、八つ当たりの様にこの成り行きを話した。

「私と歳が同じくらいのバイヤーでしょう?」

「二十代で若いから、美沙とそれ程歳が離れてないな!」

「相手は一流企業のバイヤーで、片や我が家の娘は脛かじり?」母が微笑みながら横から口を挟む。

「大学生って言ってよ!もう直ぐジャーナリストになるのよ!」

和やかな食卓だったが、その後モーリスから難題が持ち上がり苦悩することになるとは、思いも及ばない信紀だった。


酒田常務はJST商事の吉村課長と一緒に向島に向った。

向島は隅田川沿岸に位置し、江戸時代から風光明媚の地として栄えてきたが、明治期に料理屋が置かれそれが花街の起源となる。最盛期には待合、料理屋が百軒から二百軒、芸妓は千名以上あり各検番(芸妓、料理屋を管轄する機関)にそれぞれ在籍した。中でも洋装のダンス芸妓が人気を集めた。その近くには玉の井という私娼のいた銘酒店街(飲み屋を装って売春をする店が立ち並ぶ場所で、非公認の遊廓)が存在した。関東大震災、第二次世界大戦の危機を乗り越えてきたが昭和後期に入り料亭、芸妓数の減少が続き、二〇〇九年現在、料亭十八軒、芸妓百二十名である。戦前には複数あった見番が「向嶋墨堤組合」に統合され、芸妓の技芸向上や後進の育成を図るほか、春の時期に桜茶屋を設け花見客を接待するなど、対外的にも積極的に取り組んでいる。


酒田常務は吉村課長に一任して、着物女性が好きなジェイムス・クーパーを接待していた。

吉村課長も度々ジェームスを接待していたが、半分は取引業者に負担させて自社の負担を軽減していた。

行きつけの料亭(向花)に慣れた感じで入って行く二人の後に、新参者だと一目でわかる酒田常務の姿があった。小春と言う芸者が直ぐに座敷に現われて、ジェームスに抱きつくと早速目の前でキスをしている。アメリカ人には日常なのだろうが、酒田常務は強烈な刺激を受けた。

既に吉村課長とジェームスの間では話が纏まっていて、形式だけで接待をさせられているのだが、酒田常務には判らない。

側に二人の芸者が来て、緊張の酒田常務にどんどん酒を飲ませて宴席は盛り上がった。酔いつぶれた酒田常務が目覚めた時には二人の姿は既に消えていて、勘定だけが吉村常務の元に残されていた。

膨大な接待費を見た酒田常務は一気に酔いが覚めた。「こんなに接待費を使うなら、辞めてしまえ!」宮代社長の怒る顔が目に浮かんだ。会社のカードと個人のカードに分けて精算しなければならない程の額だったのだ。



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