第6話   工場視察

56-06

千歳製菓は、大忙しで皆疲れはピークに達したが、大きなトラブルも無く無事に出荷作業が終了したのは五月の十五日だった。

モーリスの村井課長が、小さなトラブルは数十件あったが、初めてにしては上出来だと電話をしてきた。その電話を貰った京極専務は直ぐに社長に報告に行った。

「社長!今モーリスの村井課長から御礼の電話がございました」

そう伝えると「ご苦労だった!続けて納品出来る様に一度先方の方を工場見学の名目で招待しなさい」と言って喜んだ。

千歳製菓の売上げは最終的には一億には到達しなかった。一億はモーリスの売上であり、京極専務の取違いだった。

千歳製菓においても創業以来の大量発注でありモーリスからは予定の売り上げ一億を大きく超えたと喜ばれた。それで今後頒布会への継続的な契約を期待してモーリスを接待することになった。


夕方、赤城課長が庄司に工場見学の話しをすると、自分は行けないが、品質管理課長の飯田と村井課長は是非行かせていただくとの返事を貰った。

京極専務は直ぐに社長の宮代に接待の日時を伝えると、商工会の会合の日と重なったがキャンセルすると言ってモーリスを優先した。

モーリスには目論見があったのだが、それに気が付くことはなく千歳製菓の幹部達は喜んでいたのだった。


数週間後、名古屋駅に迎えに向った京極専務と赤城課長。

初めて会う品質管理課長飯田と飯田課長に丁寧に挨拶をすると二人を車に乗せて本社工場に向った。

「我社の頒布会の生産が可能か?機械等の見学をさせて頂きますので、宜しくお願い致します」飯田課長の言葉に「もっともでございます。ご指摘頂ければ改善出来る部分は改善したいと考えています」京極専務は間髪を入れずに答えていた。

「当社も貴社の生産能力に合わせて販売エリアを決めたいと考えていますので、品質管理に協力をお願いします」と村井課長が話した。

「販売エリアは、細かく別けられているのですか?」

「そうですね、近畿、中四国、九州沖縄、中部、関東、東北北海道の六ブロックですね」


会社に到着すると、直接社長室に案内した。社長室では宮代社長と酒田常務が笑顔で出迎えた。

簡単な社内の説明の後、酒田常務の案内で二人は工場の中に入って行く。

工場の隣には保育園が在り元気な子供らの声が聞こえる。

「お隣は保育園ですか?」村井課長が尋ねた。

「そうですね、私立の保育園ですが園児は多い様ですね」

窓から外を見て村井課長が「隣の保育園の敷地は広いですね」と言った。

酒田常務にはこの言葉の意味が理解出来なかった。

工場内の見学が終り社長室に戻ると、宮代社長の前で「当社の頒布会をお任せするには少し設備の老朽化が目立ちますね!」と開口一番に飯田課長が話した。

工場の見学の時には全く何も言わなかったのに、いきなり社長の前で言った事に驚く酒田常務。

「は、確かに随分使っていますので・・・」言葉を濁す宮代社長。

指摘された機械は数百万から数千万の設備で、最新式に変更するには投資が必要になる。

その後の接待の席でも村井と飯田の両課長は常に設備を最新式にと繰り返して話した。


翌日、早々に宮代社長と幹部立ちは会議を行って、指摘された設備を最新式にするかどうかを話し合ったが、意外に酒田常務は反対で京極専務は推進と二分した。

酒田常務は今の設備は現状のままで新たに包装の設備を増設して生産のスピードアップを図り、自分が取り組んでいるテーマパーク向けのキャラクター商品を作りたいと言った。

本来なら、工場の生産設備が良くなる事は工場の責任者としては嬉しいのだが、工場長の神崎もキャラクター商品を酒田常務と一緒に開発してきたので同調した。

会議では全く結論が出ず、今後のモーリスでの商品採用の様子を見て決める事となった。

どれ程の売上げが見込めるのか判らずに最新の設備に投資は出来ない。


数日後、赤城が家族に設備の話しをすると、美沙が口を挟み「でも他人の会社に来て、設備が古いとか結構言いたい事を言う会社ね!」と言った。

「美沙も大学生になると結構言うわね」妙子が微笑みながら話す。

「私ね、将来はジャーナリスト希望なの、新聞記者、雑誌記者、テレビのキャスターも良いかも」

「美沙は美人だからテレビが良いかも知れないぞ!」信紀が言うと妙子が「お父さん褒めたら調子に乗りますよ」そう言って窘めると、皆が笑った。明るい赤城家の食卓であった。


その後、寝室で「驚いたよ!美沙がジャーナリスト関係希望だったとは!」と信紀が言うと

「私は前から聞いていましたよ。お父さんが言った美人は当たっているわ、最近綺麗になったと思いますよ、これからは変な男が現われるかも知れませんよ!」

「それは困る!よく監視して変な虫には注意だぞ!」

「大丈夫ですよ!今は特定の人はいない様ですから大丈夫ですよ」

二人は愛する一人娘の成長を嬉しく思い、また子どもの頃の話をして思い出に浸りながら眠りについた。


酒田常務はキャラクター商品の開発を急ぎたいので、東京のJST商事を訪れてテーマパーク担当の吉村課長に事情を話した。

吉村は、アメリカの本社の承諾を貰えば直ぐに商品化は出来ると答えたが、本社は厳しいので正確に商品を製造しなければ、返品になる危険性がありますと話した。

以前にも酒田常務にその件は話していたが再度念押ししたのだ。

キャラクターの形に少しでも違和感があれば、即刻返品になる危険な仕事だったが、酒田常務もワンチャンスに賭けなければ社長の椅子は無いと、妻の貴美子に煽られる様に東京に来たのだ。

傍目から見れば小さな会社の後継争いではあるが、姉妹にとっては夫よりも次の世代である息子らのどちらが社長になるか?これが重要なことのだ。

双方の息子らは同級生で有名私立大学の四年である。是が非でも自分の息子に将来の社長になってほしい貴代子と貴美子だった。

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