第11話 田原 美佳②


「鼻血、まだ止まらないですか?」


 所々赤く染まったハンカチを不安そうに見ながら、ゆめは自分のツインテールをぎゅっと握る。方泉はそっとハンカチを離すと、ポンポンと鼻の周りをハンカチで拭い確認してみる。


「あっ、止まったみたい」


 ホッと安堵の息を吐くと、ゆめも大きく胸を撫で下ろす。


「良かった~。ずっと止まらなかったらどうしよ~って思ったぁ」

「はは。そうなったら一大事だね。止まって良かったよ」


 安心してたれ目を細めるゆめに、方泉は楽しそうに笑う。


「工藤さんもだけど…B組の子達はみんな優しいし、良い子だよね」

「え、えぇ~っ?そうですかぁ?」

「うん」


 ゆめと目線を合わせるように、方泉が顔を傾ける。丸眼鏡の奥にひっそりと煌めく大きな瞳。その吸い込まれるような不思議な輝きに、ゆめの頬はポポポッと赤くなっていく。

 うわぁ。イケメンって、鼻血の跡が残っててもイケメンなんだなぁ…。

 ぽわぽわんと夢見心地の表情で見つ返すゆめに、方泉は話を続ける。


「一限目が始まる前に、尾沢先生にみんなで謝ってたでしょ?あれを見た時、感動したんだよね。僕が高校生の時は、中々大人の人に素直になれなくて…。だから、ちゃんと謝れるみんなは凄いなぁって思ったよ」


 と言って、感心したように頷く方泉。すると、モジモジしていたゆめは、腕を組み、「うーん…」と斜め上を見つめた。


「…あれはね、組長が言い出したんです。『尾沢先生が嫌がってたのに、ふざけ過ぎだよ。ちゃんと謝ろう』って。みんな尾沢先生の事大好きだし、あんなに傷ついた顔見た事なかったから…授業が始まる前に謝ろうってみんなで決めたんです」

 

 えへへ。と頭を掻くゆめに、方泉は感嘆の息を吐く。


「みんな、僕よりもしっかりしてるなぁ…笹野さんも、凄いね。みんなに指摘するのって、勇気がいると思うけど」

「!!そうなの!組長って凄いの!」


 “笹野”と聞いた瞬間、垂れた目尻がパッと開く。

 グッと両手で拳を握り、興奮するゆめに驚きつつも、方泉はじっと見つめ返す。


「組長は高校受験で入ってきて、同じクラスになったんですけど、始めて見た時に、こう…オーラが凄くて!一人でずっと本読んでるし、表情崩れないし。最初は怖い子なのかな~って思ったんですけど、どんな人にも“違う事は違う、ダメな事はダメ”ってはっきり言う姿がかっこよくて!」


 くぅ~っと思い出を噛み締めるゆめに、方泉はうんうんと相槌を打つ。


「そういう子ってゆめの周りに居なかったから、“この子凄い!友達になりたい!”って思って、めちゃくちゃ話しかけて…今では組長の一番の友達になれた、と、思うんだけど…」


 雲を突き抜けるような勢いが、徐々に降下してしゅるりと萎む。凜々花と喧嘩中である事を思い出したらしい。悲しい気持ちに比例して下がる目尻を、自分の指でキュッと吊り上げる。


「…笹野さんと仲直りできると良いね」


 下唇を噛み、泣くまいと涙を堪えるゆめに、方泉は優しく声をかける。


「うん…。ゆめ、組長とまた仲良く喋りたい」

「うん」

「このまま絶交なんて嫌だもん…」

「うん」


 ぽつりぽつりと呟くゆめに、方泉は静かに頷く。ゆめは暫し視線を彷徨わせると、意を決したように息を吐いた。


「ゆめ…ちゃんと組長に謝る」

「…うん」

「組長が許してくれるまで謝る」

「うん」

「そしてまた、一緒に遊んでもらう!」


 “遊んでもらう”というのが工藤さんらしいなと思いながら、「応援してるよ」と微笑む。すると、ゆめは緊張した、けれども嬉しそうな顔で大きく頷いた。


「あっ、先生!保健室あそこです!」


 軽くスキップをしながらルームプレートを指すゆめは、吹っ切れたように明るい。小走りで駆けて行き、真っ白な扉をコンコンとノックする。数秒耳を澄ませ、返事が聞こえた事を確認すると、ゆめはガラッと扉を開けた。

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