第13話:移動(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月七日:王都郊外・エジークフリート視点


 ロイセン王国の王都ローゼンハイムから長蛇の列が続いている。

 ゴート皇国やアバコーン王国ほどではないが、ロイセン王国も王都近郊は街道が整備されている。


 王都から少し離れると馬車で行き交う事はできなくなるが、1日くらいの距離なら結構道幅があり、馬車でも行き交う事ができる。


 だがそれは、王都近郊にはそれだけの交通量があると言う事だ。

 人口が多く消費するモノが多い王都には、消耗品を運び込む馬車が必要であり、そんな王都を目指して徒歩でやってくる人々が数多くいると言う事だ。


 そんな大切な街道を、王子達を人質に取った俺達が行進するのだが、道幅いっぱいに広がって進めるはずがない。


 この国も過去の召喚勇者や転生者の影響を受けていて、歩行者は左側通行の言うルールになっているので、俺達は左側を一列縦隊でゴート皇国方面に進む事になる。


 人質にした騎士団だけで一万人いるのだ。

 味方につけた冒険者ギルドのメンバーと職員は合計二千人弱。

 その女房子供を連れて逃げるのだから、二万人もの大行進だ。


 長蛇の列になるのはしかたがないのだが、そうなると色々と問題が出てくる。

 一番の問題は警備だ。

 ロイセン王国側の救出部隊はもちろん、人質自身が逃亡を図る事も問題だ。


 最後尾はニコーレが魅了した軍馬五千を率いて護ってくれているから、惰弱なロイセン王国近衛騎士団や治安部隊など恐れる必要はない。


 先頭は冒険者ギルドの猛者が固めてくれているから、俺が援軍に向かうくらいの時間は確実に稼いでくれる。


 冒険者ギルドの猛者が対応できなくても、密かに紛れ込んでくれている、ウラッハ辺境伯家の密偵達が時間稼ぎしてくれるだろう。


 王子と公爵はもちろん、第三騎士団の団長や幹部連中は俺の目の届くところにいるから、逃げ出すことは不可能だ、


 それでなくても粗相王子は、ヴァレリオに指を引き千切られたのがトラウマになっていて、ヴァレリオの言葉を聞いただけで動けなくなっている。

 とてもではないが自分から逃げ出せる状態ではない。


 他の人質、第三騎士団の団員達は、二十人一組で軍馬に繋がれている。

 どれほど足が弱ろうと、馬に引きずられて進むしかない。

 誰か一人が問題を起こしたら、他の十九人まで連帯責任を取らされる。


 その責任とは、後ろを歩いている軍馬に踏み潰される事だ。

 とはいえ、多くの軍馬は重種馬ほど大きくない。

 体高百五十センチ前後で、体重も五百キロに満たない。


 俺の知る最大の馬は一トン、千キロを超えるモノもいるのだが、五百キロであろうと、その蹄に踏まれたら人間などひとたまりもない。


 まして本気で蹴られたら、それが前蹴りでも内臓破裂は免れない。

 後ろ足で蹴られた後の姿は想像するのも嫌だ。


 現に愚かな人質がわざと倒れて俺達の歩みを止めようとした時、後ろを進んでいた軍馬が警告なしに踏み潰してしまった。


 それには俺も驚いてしまったが、何とか表情に出さないようにした。

 恐らくヴァレリオがニコーレを通じて軍馬に指示していたのだろう。

 それ以降、誰も俺達の歩みを妨げなくなった。


 普段はろくに歩かない高位貴族出身のおぼっちゃま騎士も、涙を流しながら黙々と歩くようになった。


 ただ問題が何もなくなったわけではない。

 食事やトイレといった、どうしても休まなければいけない場合がある。

 

 騎士の宣誓を破った連中だけなら垂れ流しにさせても良いのだが、冒険者とその家族がいるから、あまりに不衛生な事もできない。


 二十人一組で食事やトイレをさせるのだが、その度に行進が止まってしまう。

 街道には要所に休憩場所が設けられているし、王都近郊なら村が点在しているので、普通の旅人なら十分休憩する事ができる。


 だが、こちらは大軍の行軍と言っていい二万を超える大所帯だ。

 十分に休める空間など何処にもない。


 これが本当の軍隊による行軍なら、自国内なら平民に村を明け渡せと命じたり、軍の世話をしろと命じたりできる。


 敵国内に入っていたら、それこそ略奪し放題だ。

 女子供だけでなく男も慰み者にする。

 村の富は全て戦利品として奪い尽くす。


 ロイセン王国の腐り果てた王侯貴族なら間違いなくやる。

 だが俺達はそんな連中とは違うのだ。


 俺達は誇り高い冒険者、ジークフリートクランの盟主と幹部なのだ。

 村人達に迷惑を掛ける事は絶対にしない、

 だがそうなると、寝る場所や休む場所だけでなく、食糧補給も困難になる。


 ロイセン王国の法を順守するなら、王や領主の支配する土地のモノを勝手に取る事は絶対に許されない。

 森や野原で勝手に動物を狩れば死罪にされる。


 だが、粗相王子と一万の王侯貴族を人質にしている状態で、今更法を順守する意味などない。


 平民に迷惑をかけないのは、法を守るためではない。

 人として冒険者として、他人に迷惑をかけないと言う良識を持っているからだ。

 破らなければいけないと思ったら、断じて法を犯す!


 金に飽かせて村々の食糧を買う事はできる。

 だが今の状態だと、こちらの意図とは関係な、軍事的脅迫による「押し買い」の成ってしまう可能性がある。


 村人の立場に立てば分かる事だ。

 第三騎士団一万人を人質にするような連中に食糧が欲しいと言われたら、それが生き残るためにどうしても必要な食糧であっても、断れるだろうか?


 中には断れる勇気ある人もいるだろう。

 だが多くの人は、自分と家族の命を守るため、泣く泣く売るだろう。


 それでなくても長年泣く泣く王侯貴族に従ってきた人々なのだ。

 後々食糧不足で命の危機に陥ると分かっていても、今この場を何とか生き残ろうと、どうしても必要な食糧まで売ってしまう可能性が高い。


 だから俺は村々からの食料品購入を禁止した。

 いや、食料品だけでなくあらゆる物品の購入を禁止した。

 その代わり、王国法や領主の法を破る事を推奨した。


 それが、王領地や領主地での狩りだ。

 村人が狩りをする事を禁止されている森や野原で食糧を確保させた。

 流石冒険者達で、瞬く間に自分達が食べるだけの獲物を手に入れてくれた。


 だが問題は捕虜となっている王侯貴族子弟の食糧だった。

 普通なら、身代金を請求するのなら、彼らの身分に相応しい待遇、食糧を支給しなければいけないのだが、今回は例外である。


 既に彼らは自分達の方から騎士の捕虜宣誓を破っている。

 それは逃げた百人だけで、自分達が破ったわけではないと抗弁する者もいたが、俺達がそれを信じなければいけない義務もない。


 本当ならコップ一杯の水も支給する義理はないのだが、飢えと渇きで死んでしまったら、その死体を軍馬が引き摺らなければいけなくなる。

 それでは軍馬が可哀想なので、最低限の水と食料を与えた。


 水は、大量の水を飲まなければ直ぐに腹痛を起こして死んでしまう軍馬が水を飲む時に、一緒に川や池の水を飲ませた。

  

 食糧は冒険者が食べた残り物をあたえたのだが、こんなものは人間食べ物ではないと文句を言ったから、それ以降は何も与えないことにした。 


 普段から贅沢三昧をしていた王侯貴族の子弟だ。

 一日二日、いや、五日や六日水だけで過ごしたとしても、ブクブクと太った身体が健康になるだけで何の問題もない。


 そう言って一食食事を抜いただけで罵詈雑言を並べてきた。

 少々五月蠅かったのだが、ヴァレリオが粗相王子の人差し指を引き千切ったら、真っ青になって黙ってしまった。


「今喚いた連中の所為で王子の指を引き千切ったと老王に知らせる。

 本人達の名前だけでなく、家名も一緒に知らせる。

 もうこれでお前達に戻る場所がなくなった事は分かるな?

 カタガタ文句を言わずに与えていただいた食事をありがたくいただけ!」


 どれほど愚かでも、もうロイセン王国では生きていけないと理解したのだろう。

 軍馬に無理矢理引きずられるように進んでいた連中が、できるだけ早く王都から離れようと足を進めるようになった。

 

 その場にいなかった連中、遠く離れた場所にいた騎士団員も一変した。

 何か俺達の癇に障る事をしてしまって、それが原因で王子の指が引き千切られる事になったら、自分だけでなく一族も皆殺しにされるのだと理解したのだ。


 人質達が協力的になってくれた事で、行軍速度が格段に速くなった。

 普通の歩兵編制軍が行軍するよりも少し遅いくらいで進めるようになった。


 何と言っても惰弱な王侯貴族子弟を歩かせているのだ。

 王侯貴族が馬や馬車に乗り、普段から歩きなれている平民が徴兵された、一般的な王国軍や領主軍よりも早く進める訳がない。


 その遅い行軍速度の影響で、王都から追いかけてきた連中に捕捉されてしまった。


「待て下郎共、俺様が来たからにはもう逃げられないぞ!」

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