第12話:突破(エマ視点)

神歴五六九年睦月七日:王都・エマ視点


 英雄騎士様達は本当に心優しい立派な方々です!

 私のような戦いの素人が思い付きで考えた提案を、受け入れてくださいました。

 現実に使えるように状況に合わせて修正してまで採用してくださいました。


「逃げたぞ、騎士達が捕虜宣誓を破って逃げ出したぞ!

 トイレに行くと言う、最低限の尊厳を守る約束を利用して逃げ出したぞ!」


 誰よりも醜く愚かなのが、この国の王侯貴族達です。

 英雄騎士様がわざと作られた隙に乗せられて、絶対に破ってはいけない騎士の捕虜宣誓を破って逃げ出したのです。


 誰か一人がそんな事をして逃げだしてしまったら、残された捕虜達の待遇が極端に悪くなってしまいます。

 それが分かっていて逃げ出す、身勝手で恥しらずなのがこの国の王侯貴族です。


 最初の話では、逃げ出した卑怯者達を捕らえると言う事でした。

 ですが、英雄騎士様達が再度話し合われて、逃がしてしまう事にされました。


 その方がロイセン王国に対する交渉や残った捕虜達に対する待遇を、とても厳しくする事ができるという考えに至ったそうです。


 私達は一万人の人質を連れて王都の城門に向かいました。

 素直に城門を開いて出してくれるとは思っていませんでした。

 城門を開いて出してやる代わりに、王子を開放しろと言われると思っていました。


「英雄騎士殿、王侯貴族の子弟を縄でつなぐなど無礼すぎますぞ!」


「そのような王侯貴族らしい言葉は、捕虜宣誓を守る国が言う事だ。

 捕虜宣誓をしたから自由を保障していたのに、トイレに行くと言って逃げだすような騎士が百人以上いる国が、何をほざいている!」


「くっ、それは……」


 ですが、騎士団員が捕虜宣誓を破って逃げ出した事で、ロイセン王国は強気の交渉ができなくなってしまいました。


 ただ、中には恥を感じることなく身勝手な言い分を押し通そうとする者、品性下劣なだけでなく頭まで悪いモノもいたのですが。


「ここを通りたければ王子殿下を開放しろ!

 いや、公爵閣下はもちろん全騎士団員を開放しろ!

 そうしたら慈悲を持って逃がしてやる。

 ありがたく思え、平民!」


「そうか、お前の言葉がとても貴族とは思えない恥知らずだったから、その責任は上に立つ者に取ってもらう」


 英雄騎士様のパーティーメンバーの方、私の素人考えを実戦に使えるようにしてくださった方が、背筋が凍るほど冷酷な声で言われました。


 ギャアアアアア!


 ヴァレリオと呼ばれていた方の側には王子が居られたのですが、身の毛もよだつような絶叫があげて地面をのたうち回られています。


「ほれ、お前の身勝手で恥知らずな言葉のせいで、王子殿下は親指を失われた。

 老王にそう報告するのだな」


「いたい、いたい、いたい、痛い!

 ゆび、ゆび、俺の指、俺の指が!」


 とても哀しい事ですが、これがこの国の現実なのでしょう。

 英雄騎士というアバコーン王国最高の称号を頂いている方に対して、平民出身だからといって騎士宣誓を無視しただけでなく、まともの交渉もしない。


 私が深窓の令嬢として育てられていたのも、この国の社交界が余りに酷く、僅かでも影響を受けないようにしてくれていたのでしょう。


 ですが、だったら何故このような酷い王子と婚約させたのでしょうか?

 娘を王妃にしたい公爵が、お母様を無視して勝手に決めたのでしょうか?

 それとも、お母様に何か考えがあったのでしょうか?


 いえ、考えても意味のない事ですね。

 お母様と私を溺愛してくださっているお爺様が、お母様を公爵に嫁がせたのです。

 貴族にはどうしようもない義務があるのでしょう。


 お爺様には、ゴート皇国の辺境伯として、ロイセン王国の公爵家に娘を嫁がせる義務があり、血の涙を流して断行されたのでしょう。


 私が粗相王子の婚約者にならなければいけなかったのも、公爵家の娘として生まれた者の義務なのでしょう。


「さあ、そこにいる人生の終わった奴など無視して、さっさと城門を開けろ。

 お前達が城門を開けなければ、王子の指を一本ずつ引き千切る。

 そうなったら、お前達もそこにいる奴と同じようの老王に殺されるぞ?!」


「あけろ!

 今直ぐ城門を開けろ!」


「ウォオオオオオ!」


 王子が指を引き千切られた後は、同時に多くの事が起きてしまいました。

 ヴァレリオ殿が交渉相手を変えて城門を開かせようとされました。

 

 恐らくですが、最初に交渉していたのは、普段城門にいない高位貴族です。

 身なりと言い放つ身勝手な言葉で簡単に想像がつきます。


 そんな奴の巻き添えで老王に殺されるのは嫌だったのでしょう。

 門番達は急いで城門を開こうとしています。


 一方自分の言葉がきっかけで王子の指が引き千切られる結果になった高位貴族は、狂乱状態になって襲ってきました。

 自分が老王にどんな目にあわされるか想像してしまったのでしょう。


 深窓の令嬢だったので、実際にロイセン王国貴族と社交したことはありません。

 ですが、何かあった時のために、知識として色々教えられていました。

 特に王子と結婚した後で気をつけなければいけない事を教えられました。


 その中には、次々と子供を失った老王が、唯一生き延びて育った王子をそれほど溺愛しているかという情報もありました。


 お爺様のように、溺愛しているからこそ誰にも後ろ指を刺されない立派な令嬢に育てるのではなく、何もかも好き勝手にやらせる歪んだ愛情の持ち主だと言う事を。


 王子を助けろと命じたにもかかわらず失敗したモノ。

 それもただ失敗して助けられなかったのではありません。

 王子の指が引き千切られるような大失敗をしたのです。


 老王がどのような罰を与えるのか、老王の側近くに仕え、その権力を利用してきた高位貴族が知らない訳がないのです。


 死ぬことも許されず、永劫の拷問地獄に落とされる。

 私が教えられた、王子に襲われたので抵抗し、僅かな擦り傷を付けた平民娘が受けたという罰を思い出せば、直ぐに分かる事です。


 少しでも老王の怒りを減らしたかったのでしょう。

 もしかしたら狂気に囚われてしまっていたのかもしれません。

 実力も弁えずに剣を抜いてヴァレリオ殿を斬ろうとしました。


 ですが、堕落したロイセン王国貴族に英雄騎士様のパーティーメンバーの方を斬れるはずもなく、簡単に叩きのめされてしまいました。


「ここでお前を殺してしまったら、老王の怒りのはけ口がなくなる。

 何の罪もない門番達が八つ当たりされるのは可哀想だ。

 王子の指が引き千切られるような下手な交渉をした罪は、自分で負うのだな」


 ヴァレリオ殿が地に倒れ伏す高位貴族に吐き捨てられています。

 平民から騎士の地位を得た彼から見ても、蔑まずにはおられない恥知らずな言動なのでしょう。


 大国の狭間、緩衝地帯だからこそ許されている平和に慣れてしまい、王侯貴族の誇りを忘れてしまった者達。


 ゴート皇国とアバコーン王国がもう少し身勝手で理不尽な国だったら、ここまで堕落する事はなかったでしょう。


 両国から常に厳しい要求をされていたら、それを避けるために努力していたでしょうから、ここまで酷い状況にはならなかったはずです。


 両国から経済的な侵略を受け、とても貧しい国になっていたでしょうが、その分強かで知恵のある貴族士族が育っていたはずです。


 ですが、ゴート皇国とアバコーン王国はとても誇り高い大国でした。

 緩衝国にしたロイセン王国に無理無体な要求などしませんでした。

 常に仮想敵国の隙を伺って併呑しようとはしていたようですが……


 しかしながら英雄騎士のお話しでは、ロイセン王国は、これまでのような、ぬるま湯につかったような安穏とした生活はできないようです。


 アバコーン王国もロイセン王国と同じように、愚王が王子を溺愛し、これまで権力を掌握していた理性的な穏健派が力を落としていると言うのです。


 ロイセン王国を併合して国力を増強させ、ゴート皇国を滅ぼして大陸を統一すると言う、痴夢を見る強硬派が力をつけているそうです。


 そのような大切な時期に、アバコーン王国で最高の称号を受けている英雄騎士様が、国を裏切る形になってしまう。

 私の都合でゴート皇国にお迎えする形になってしまう。


 お母様を探し出すためとはいえ、本当にこれでいいのでしょうか。

 私が英雄騎士様に頼ったせいで、ゴート皇国とアバコーン王国、大陸を二分する大国による大戦を引き起こしてしまう。


「ジョルジャ、このままでは私の所為でゴート皇国とアバコーン王国が戦争をしてしまうかもしれません。

 何とかそのような事が起こらないようにしたいです。

 英雄騎士様にお渡しするお礼ですが、ゴート皇国の爵位や騎士位はもちろん、領地をお渡しするのも危険ですよね?」


「そうですね、そのような礼物を受け取ってしまったら、英雄騎士様は完全にアバコーン王国を裏切る事になります」


「でしたら何か他の物、金銀財宝でお礼をする事はできませんか?」


「不可能ではありませんが、私達が急に用意できるものではありません。

 ウラッハ辺境伯閣下に伝令を送って準備していてもらうしかありません」


「お爺様に伝令を送る事はできますか?」


「大丈夫でございます。

 先ほど午前の伝令が行ってしまいましたが、一日二度伝令が走っています。

 半日遅れになってしまいますが、今日の午後にはここから送れます」

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