第3話:無双(エマ視点)

神歴五六九年睦月六日:ロイセン王国大舞踏会場・エマ視点


 私達を逃さないように、大舞踏会場にいた全ての近衛騎士が集まります。

 普通の騎士団とは違い、最低限の武力が測られる事もない弱小騎士団です。


 とはいえ、身に着けている剣と鎧は良質な鋼鉄製です。

 油断していると怪我をしてしまいます。


「犬畜生にも劣る、品性下劣で卑怯な屑共!

 エマ嬢の進む道を阻むと言うのなら、俺が相手になるぞ!」


 英雄騎士様の一喝を受けて、近衛騎士達が金縛りになったようです。

 私には感じられませんでしたが、殺気も一緒に放たれたのでしょう。


 アルブレヒト王子とグダニスク公爵に続いて、多くの貴族士族の前で一人前の大人なら庶民でもやらない粗相です。

 近衛騎士団員は全員貴族の子弟ですから、面目丸潰れですね。


「エマ令嬢はアバコーン王国大使館で預かる。

 文句がある奴は遠慮なく攻め込んでこい。

 ゴート皇国に続いてアバコーン王国にも正面から喧嘩を売る事になるがな!」


 英雄騎士様は武力だけでなく知力も備わっておられるようです。

 私と屑共の会話から現状を正確に把握されています。

 それとも、事前にこの国の情勢を色々と調べられていたのでしょうか?


「英雄騎士様、できればこの場でお母様の仇を討ちたいのですが?」


 本当は今直ぐにでもアルブレヒト王子とグダニスク公爵を殺してしまいたい。

 メラニーとナディンも教団も許しませんが、仇を取れる時に、確実に一人ずつ殺しておかなければなりません!


 ですが、私は英雄騎士様に助けていただいた立場です。

 英雄騎士様の名誉を傷つけるような事はできません。


 私のために決闘を申し込んでくださった英雄騎士様を無視して、先にアルブレヒト王子とグダニスク公爵を殺す訳にはいかないのです。


「エマ嬢の気持ちは分かりますが、ここは我慢してください。

 決闘を申し込んだ以上、正式な決闘を行う前に殺す訳にはいかないのです」


「ですが相手は卑怯下劣なアルブレヒト王子とグダニスク公爵です。

 決闘に応じることなく逃げ隠れするのは目に見えています」


「俺もエマ嬢の言われる通りだと思います。

 ですが逃げ隠れすればするほど彼らの名誉は地に落ち、今回の件が彼らによる悪事だと大陸中に広まります。

 それに、どれほど逃げ隠れしようと、必ず探し出せます。

 もう彼らにはこの国以外に隠れられる場所などないのですから」


 確かに英雄騎士様の申される通りです。

 お母様を殺した以上、東のゴート皇国に逃げる事はできません。

 国境を護っているのはウラッハ辺境伯家のお爺様ですから。


 この国の北側は恐ろしい飛竜種が縄張りとしている大山脈です。

 南側も地竜種が縄張りとしている大森林です。

 とてもではありませんが、人間が逃げ隠れできる場所ではありません。


 唯一逃げられる可能性があるのは、東側にあるアバコーン王国でしょう。

 国を代表する英雄騎士様に無礼を働いたとはいえ、全ての王侯貴族が英雄騎士様を優先するとは限りません。


「エマ嬢はアバコーン王国を信じきれないのでしょう?

 ですが何の心配もありません。

 アバコーン王国にも品性下劣な貴族や士族はいますが、そんな連中だからこそ負け馬に乗ったりはしません」


「英雄騎士様に逆らうようで申し訳ないのですが、アルブレヒト王子とグダニスク公爵のような愚かな貴族士族もいるのではありませんか?

 将来確実に滅ぶとも分からず、目先の利益に釣られて、アルブレヒト王子とグダニスク公爵味方する者が現れるのではありませんか?」


「確かにその様な愚かな貴族士族もそれなりにいます。

 この国同様、王族の中にもいます。

 ですが、何の心配もありません。

 私はアバコーン王国で千人規模のクランを持っています。

 今日の出来事は逸早くクラン本部に届けられ、国境に蟻の這い出る隙間もない警戒網が敷かれる事になります」


「度々英雄騎士様の言葉に逆らって申しわけないのですが、地位や身分を振りかざしてクランメンバーを殺してしまうのではありませんか?」


「それも大丈夫ですよ、エマ嬢。

 クランメンバーを皆殺しにしない限り、何処の誰がアルブレヒト王子とグダニスク公爵を匿ったかは分かります。

 隠れている場所が分かっていれば、俺が必ずエマ嬢に敵討ちをさせて見せます。

 いえ、俺が手助けしなくても、魔獣を討伐したウラッハ辺境伯家が騎士団を率いて敵討ちに乗り込んで来るでしょう」


「お爺様の事をご存じなのですか?」


「直接お会いした事はありませんが、駆け出しの冒険者時代に、ウラッハ辺境伯領で魔獣を狩らせてもらっていた事があるのです。

 その時に聞いた噂では、とても家族愛の厚い方だそうですね」


 英雄騎士様は言葉を選んでくださっていますが、お爺様の家族に対する愛情は貴族とは思えないほど広く深いのです。

 特に初孫の私と長女のお母様への愛情は、溺愛と言ってもいいくらいです。


「そうですね、お爺様は愛情深い方ですから、辺境伯の責任を果たされたら必ず手助けしてくださるでしょう。

 ですが、それでも、恨み重なる二人を見逃したくはありません」


「では、見逃すのではなく確保しておきましょう。

 王子や公爵家当主にあるまじき粗相をした二人を、アバコーン王国大使館にお迎えして身ぎれいにして頂くのです」


 人質という事ですね。


「分かりました、そういう事なら英雄騎士様の名誉を優先させていただきます」


「ヒィイイイイイ、たすけて、たすけてください!」


 何と情けない、これが実の父かと思うと涙が出ます。

 腰を抜かした状態で這いずって逃げようとしています。

 大舞踏会場の床に、逃げた証しとなる粗相の跡がひかれて行きます。


「おい、お前、首を刎ね飛ばされたくなかったら、公爵を大使館まで運べ」


 英雄騎士様はそう近衛騎士の一人に命じられました。

 命じると同時に、白手袋の残る右手で銀のナイフを両断されてしまわれました。


「ヒィ!」


 命じられた近衛騎士まで腰を抜かして床に倒れ込んでしまいました。

 床には粗相の証しが広がっていきます。


「王族の身を護るべき近衛騎士が何と情けない!

 しかたがない、お前、お前が公爵を運べ!」


「ヒィッ!」


 英雄騎士様が腰を抜かした近衛騎士に見切りをつけられ、他の近衛騎士に命じられましたが、その近衛騎士も腰を抜かしてしまいました。


「チッ、この国にまともな騎士は一人もいないのか?!」


「そこまで言われてしまっては、黙って見ているわけにもいかない。

 私が公爵閣下を大使館まで運ぼう」


 私が断罪されていた時に顔を背けていた准男爵が名乗り出てきました。

 最低限の良識はあるようですが、命を懸けるほどの勇気のない軟弱者です。

 少なくともウラッハ辺境伯家では徒士にも取立てられないでしょう。


「おい、お前とお前とお前、手伝え。

 手伝わなかったら、王子の足を引き摺って大使館まで連れて行くぞ!

 そんな事が老王の耳に入ったら、助けなかったお前達は、アバコーン王国とゴート皇国が攻め込んで来る前に、老王の手で殺されるのではないか?」


 英雄騎士様は本当にこの国の内情をよく知っておられるようです。

 先の王妃がお産みになられた王子王女の多くが夭折され、唯一生き残った男子が、後添えにもらった現王妃が産んだアルブレヒト王子です。


 老王が溺愛して甘やかし過ぎなければ、ここまで愚かで卑怯で憶病な王子には成長しなかったでしょう。


 そう思えば王子も老王の犠牲者かもしれません。

 とはいえ、お母様と家臣達を殺した罪を許す気にはなれません。

 お爺様に頼んで正々堂々決闘で敵討ちさせていただきましょう。


「「「ヒィイイ!」」」


 言葉にならない呻き声をあげて、三人の貴族がアルブレヒト王子を抱き上げます。

 粗相で茶色く染まった純白の衣装が情けなさ過ぎます。


 三人でも力が足らず、王子をまともに抱き上げられなくてフラフラしています。

 貴族である前に騎士であるはずの貴族なのに、恥を知りなさい!


 更に情けないのは他の貴族達です。

 英雄騎士様に手助けを命じられないように顔を背けています。

 高貴な者の誇りと義務、ノブレス・オブリージュが無いのですか!


「ギャッ!

 いたい、いたい、痛い!

 たすけて、たすけて、助けてお母様!」


 三人が王子を地面に落としてしまいました。

 顔の骨を砕かれた王子は、痛みに耐えきれずに泣き出してしまいました。

 それも母親に助けを求める情けなさです。


「何と情けない、これでよく一国の王子を名乗れたものだ。

 このような者を王位につけるなど恥知らずもいいところだ。

 こんな奴を王位に据えるくらいなら、女王を立てた方がまだましだぞ」


 英雄騎士様は私に変わって王子達に復讐してくださる気なのでしょうか?

 今の言葉で王族同士の王位争いは必至です。


 老王や王族にその気はなくても、アバコーン王国とゴート皇国の懲罰侵攻を恐れる貴族士族が、目の色を変えて王女達を擁立しようとするでしょう。

 或いはアンナ王女がお産みになった老王の外孫が擁立されるかもしれません。


「英雄騎士様の心遣いはうれしいですが、余計なお世話です。

 お母様と家臣達の仇はこの手で打ちます。

 助けていただいたご恩は忘れませんが、私にも誇りがあります。

 親の仇はこの手で打たなければ面目がたちません」

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