第2話:正々堂々(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月六日:アバコーン王国大使館・ジークフリート視点


「今日はアバコーン王国の英雄騎士として舞踏会に参加しなければならない。

 本当なら二人一緒に参加してもらいたいのだが、残念ながら一人しか連れて行けないから、どちらが来るか話し合ってくれ」


「ヴァレリオ兄様のパートナーとして参加するわけにはいかないのですか?」


 心優しいマリアが慈愛の微笑みを浮かべながら聞いてきた。


「残念ながらヴァレリオには招待状が来ていない。

 大使館を通じて王家に問い質してもらったのだが、英雄騎士のパーティーメンバーとはいえ、平騎士程度では参加させられないと言う事だった」


「ちっ、緩衝地帯だから見逃してもらえているだけの弱小国が偉そうに!」


 勝ち気で喧嘩っ早いニコーレが怒りを露にする。

 英雄騎士の栄誉を受けた俺に、急に辞退不可の招待状を送ってきただけでも非常識なのだが、ヴァレリオの参加を許さないと言うのは無礼過ぎるから当然だ。


 まあ、しかし、流石に弱小国というのは言い過ぎだ。

 大陸二大強国とは比べ物にならないが、大陸全土にある他の国々と比較したら、十分大国と呼べる人口を擁している。


「兄貴も私達も本当なら伯爵待遇なんだ!

 いや、ロイセン王国の爵位で考えれば、侯爵待遇だって可笑しくない!」


「おい、おい、おい、俺達は地位も名誉も捨てて自分の力で身を起こす約束だろう。

 国や祖先の力を自分の力のように振るうのは恥知らずな事だぞ」


「分かっているよ、分かっているけど、こうあからさまに差別されると我慢ならないだよ!」


 ニコーレは正義感が強いから、不当な言動が許せないのだろう。

 ヴァレリオ、マリア、ニコーレは俺の乳兄妹だから、その正義感は俺も同じだ。


「ニコーレの気持ちは分かるが、この程度の事で暴れる訳にはいかない。

 王国制をとっている以上、多少の差別があるのはしかたがない。

 それは母国のゴート皇国も、英雄騎士の称号をくれたアバコーン王国も同じだ。

 今回の舞踏会が男爵以上の貴族に限ると言われたら、文句は言えんよ」


 俺を護るために家を捨て国を捨て、ついて来てくれた三人だ。

 こんな事を口にしたら本気で怒られるだろうけど。

 最低でも男爵位、できれば伯爵位を手に入れてやりたい。


「そうよ、ニコーレ。

 それよりもこれから起こる騒動に備えなければいけないわ」


「騒動て、何かあるのかよ、マリア姉貴」


「色々と不穏な情報が集まっているわ。

 もし集まっている情報が正しければ、アンジェリカ姉様は既に殺されているわ。

 姪っ子のエマも殺されてしまうわ」


「糞ったれが!

 今から王城に殴り込みをかけようぜ!」


 ニコーレは本当に喧嘩っ早い。

 だが、勘に関しては野生動物以上の鋭さがある。


 今から王城に殴り込みをかけても勝てると分かっているのだろう。

 そうでなければ俺を巻き込むような喧嘩を自分から仕掛けたりしない。


「駄目よ、まだ証拠もなければ証人もいないわ。

 アンジェリカ姉様のご遺体すらないのよ。

 それに、今集まっている情報が正しいとは限らないの。

 ゴート皇国かアバコーン王国なら確かな情報が集まったのだけれど、ロイセン王国では精度の高い情報が集まらないの。

 黒幕を見逃してしまっては何にもならないのよ」


 マリアも優しいだけの元辺境伯令嬢ではない。

 常に実戦を想定した教育を受けてきたから、必要なら非情にもなれる。

 それ以前に、俺を護るためなら手段を選ばない。


 今回も常に情報を集めていたからこそ即座に入国できたのだ。

 そうでなければ利用されると分かっている招待など受けなかった。

 だが、今回ばかりは失敗した、もう少し早く動けていれば助けられたのに!


「分かったよ、我慢するよ、でも腹が立つのはどうしようもないの!

 それに、招待状を届けるのが舞踏会の開かれる朝って酷過ぎない?!」


「馬鹿に常識や礼儀を期待するだけ愚かだぞ。

 それよりも、これからどう動くかが大切だ。

 アンジェリカ乳姉さんが本当に殺されたのか確かめる。

 生きておられるなら、どのような手段を使っても助け出す。

 既に殺されてしまっているのなら、草の根を分けてでもご遺体を探し出す」


「ジークフリート様の申される通りよ、ニコーレ。

 最後までアンジェリカ姉上が生きておられると信じて動くのよ」


「分かったよ、分かりましたよ、それでどっちがジークについて行くの?」


「ジークフリート様ならお独りでも王城を占領できると思いますが、万が一の事が有ってはいけません。

 ニコーレがついて行って御守りしなさい。

 ただし、シークフリート様の許可が出るまで暴れてはいけません」


「それくらい私だってわかっているよ!」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか、久しぶりに人間を殺す事になるのか?

 いや、マリアが集めた情報が正しければ、連中は人間ではない。

 人間の皮を被った犬畜生だ!


「ジーク様、ただいま戻りました」


 乳兄のヴァレリオが情報収集と偵察から戻ってきた。

 マリアは配下を使って情報を集めるが、ヴァレリオは自分の目と耳で集める。


 普段なら、二人の情報とニコーレの勘を合わせる事で、正確無比な予測ができるのだが、今回はマリアが集められる情報の精度が悪すぎた。

 もう少し金と人手を使って、この国にも情報網を構築しておくべきだった。


「よく戻ってくれた。

 王城と王都の状況はどうなっている?」


「王都各所を回りましたが、アンジェリカ姉上の居場所は分かりませんでした。

 夫であるグダニスク公爵に襲われた事はほぼ間違いないのですが、証拠も証人も全く出てきません。

 公爵邸にも忍び込んだのですが、アンジェリカ姉上の気配どころか家臣達の気配すらありませんでした」


「グダニスク公爵家の家臣や使用人の中に死傷した者はいなかったのか?」


「残念ながら一人もいませんでした」


「だとしたら、乳姉さんや家臣達に気付かれないような特殊な毒を使ったか、外部の人間を使ったかだか、そんな噂もなかったのか?」


「数日前に王家の近衛騎士団がグダニスク公爵を訪れた以外は何もありません」


「まさかとは思うが、王家が絡んでいるのか?」


「アルブレヒト王子の評判がとても悪いです。

 婚約者のエマが優秀過ぎて劣等感を持ち、王妃の座を狙って言い寄ってくる貴族令嬢だけでなく、王子の立場を笠に着て城下の娘まで手籠めにしているという話です」


「これは本気でロイセン王国と喧嘩する覚悟が必要なようだな」


「はい、私もそう思います」


「乳姉さんの居場所は引き続きマリアが雇った情報屋に集めさせる。

 ヴァレリオはエマと家臣の居場所を確かめてくれ」


「エマと家臣の半数は、事前に集めてあった情報通り、ステュワート教団が行う王妃教育に参加していました」


「王家だけでなく、教団もグルだと言うのは間違いないようだな」


「はい、エマにアンジェリカ姉上襲撃の情報が入らないように、王城や王都内で王妃教育を行うのではなく、教都にある大神殿で行ったのでしょう。

 それと、アンジェリカ姉上が嫁入りの時に連れてきた、ウラッハ辺境伯家が鍛え上げた一騎当千の家臣達を分断する意味もあったと思われます」


「そうだな、彼ら全員が同じ場所に居たら、この国の騎士が総掛かりで襲ってきても撃退できただろうな」


「この国の騎士総掛かりとまでは言いませんが、王家とグダニスク公爵家の騎士程度が相手なら、確実に撃退していた事でしょう」


「だとすると、やはり外部の人間が雇われているな」


「はい、まず間違いなく選りすぐりの刺客が雇われております。

 ジーク様、ウラッハ辺境伯家の密偵と繋ぎをつけてもいいですか?」


 母国との関係を完全に断ち切りたいと思っている、俺の内心を知っているヴァレリオがここまで言うのだ、アンジェリカ乳姉さんの事が心配なのだろう。


 マリアも慈母のように優しいが、それは全て憧れのアンジェリカ乳姉さんに近づきたいと努力を重ねてきた結果だ。


 マリアだけでなく、ヴァレリオもニコーレも乳姉さんが大好きだった。

 俺も、乳母の長女である乳姉さんには随分と可愛がってもらった。

 誰にも言っていないが、初恋の相手だったりする。


「構わない、あらゆる手段を講じて乳姉さんの居場所を確かめろ。

 同時に、今回の件にかかわっている連中を全て調べ上げろ。

 乳姉さんに手出しした連中は誰一人逃さん!」


「はい、お任せください。

 私にとってもたった一人の姉上です。

 手出しした連中に地獄を見せてやります!」


「分かっていると思うが、絶対に殺すなよ。

 勝手に殺してしまったら、ウラッハ辺境伯にぶちのめされるぞ。

 使っている連中にも徹底させておけよ」


「確かに、父上より先に連中を殺してしまったら、氾濫した魔獣退治のせいで姉上を助けに来られなくて、周りが恐怖するほど苛立っている父上に半殺しにされますね」

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