第17話 矛盾

「元々、私は類のお母さんを生き返らせたかったの。」

「お母さん…?」

 母は、僕が…いやオリジナルの『類』が小さい頃に亡くなった。そこらにありふれた病気で、なんのドラマもなくただただ死んでしまったのだ。

「類はね…お母さんが亡くなって泣いてた。私も悲しくて泣いちゃって、…あれ、私昔から泣いてばっかりだな…。」

 ははっと、乾いた笑い声をさせて、心愛はスッと表情をこわばらせる。

「私の両親は科学者だからさ、科学の力で出来ないことなんてないと思ってた。でもまさか、それで本当にこんなことができるなんて思わないよ…。」

 ふっと目線をあげると、心愛は試作品と称したソレを見る。

「私はまだ幼かった。クローンを作るのが法律で違反されてるのは、人権の尊重とか保護とかそんな倫理的な理由じゃなかったのに気がつかなかった。」

 その目は、僕の記憶にある明るい心愛のものじゃなくって。彼女はもう、科学者の顔をしていた。

「ねえ、コピー。なんでこの世にはルールとか法律があるんだと思う?」

 心愛の今日の話は難しい。言葉を慎重に選んで、僕は一般的な解を出す。

「なんでって…、人間関係を壊さないためとか?」

「ううん。そんな可愛い理由じゃないよ。」

 心愛は見たことのない、悟ったような顔をしてこう言った。

「ルールはね、人間を守るためにあるの。」

 心愛は寂しそうに笑う。僕は…いや、オリジナルの類だってこんな顔をして欲しくないはずだ。

 この現実を見て、やっと本当の意味で理解した。僕は『類』の記憶を持ったクローン人間なんだ。意外にも、僕はあまり動揺していなかった。そう言われて簡単に理解ができてしまったから。今までの違和感が一掃されてしまったから。

 記憶とは、脳に残るものだ。そして、感情は心を動かされるものなんだ。

 僕は記憶は受け継げたって、感情まではインストールしきれなかったんだ。感情は、その人特有の宝物だから、紛い物の僕には手に入らない。

 僕には心愛が好きだという記憶があって、それで僕は彼女を好きだと言った。類のコピーの僕は、本当に彼女を好きなのだろうか?

 僕には類が心愛にプロポーズした記憶がなかった。それは、それほど大きく感情を揺さぶられるほど類が心愛を愛していたことの証明だった。

「コピー、私はまた罪を犯しちゃったんだ。あなたの存在は罪そのものなんだから。私が発明した技術であなたは類の代わりとして生まれてしまったんだから。」

「それは…。」

 クローンを作ることは犯罪だ。心愛が僕を作ったなら、それは大きく裁かれるべきだ。そう思うと、心臓なんてないのに僕は胸が苦しくなった。

「でも心愛。…心愛が僕を作ったわけじゃないんじゃないか?」

 しかし、僕は彼女の言葉の矛盾を見つけてしまった。彼女を救いたいから、その矛盾を指摘する。

「心愛は僕を本物の類だと思っていたはずだ。…もしかして心愛は昔、このクローンを作る技術を消したんじゃないか?それなのに、心愛が僕を作れるはずがないじゃないか。」

 僕がそう言うと、サッと心愛は僕から目を逸らした。カサカサと外から落ち葉の飛ぶ音が聞こえるほど、しばらくの間僕たちは沈黙を保っていた。

「そう、だよ。私はあなたを作ったんじゃない。」

 認めた。自分が、自分だけが悪いんだと言った心愛がそう認めた。それなら、僕は感情に訴えるしかないんだ。

「それなら、これは心愛の罪じゃないよ!」

 思わず、叫んでしまった。自分が自分じゃないと知ったときはあれほど落ち着いていたのに、心愛が苦しそうにするのは見ていられないのだ。呼吸ができなくなるほどに胸が詰まり、僕に呼吸なんて必要ないのに酸素を求めてしまう。

 感情なんかプログラムされていないのに、心愛のことになると僕の心は揺れるんだ。

 そうは言っても、不思議なことはまだ残るんだ。

「でもそれなら…誰が、何のために僕を作ったんだ?」


「我ガ作ッタ。」

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