第16話 コピー

「やあ。あなたは私が理科が得意なのは知ってたでしょ?」

 白衣を着て、髪を結えた心愛がそこにいた。あのミステリアスな方の笑顔を僕に向ける。

「そうだね…ドッペルゲンガーみたいなあなたの事、『コピー』ってよぶことにしようか。」

 心愛は顎に手を添えて少し思索すると、そう言った。

「ドッペルゲンガーって…。僕は僕じゃないか。」

「そう、あなたはあなただよ。あなたは類じゃ無くて、コピーなんだよ。」

 心愛はクスクスと笑う。でも、その目は笑っていなくって。

「私の罪は、クローン人間を作るだけの技術を発明してしまったことなんだ。」

 その部屋には沢山の機械とか、薬品とかが置いてあった。ツンとした、理科室の匂いがする。

 そして、僕は僕と目が合った。

 …そこに鏡があったわけではない。そこに、もう一人の僕がいた。本物と見間違えるほど精巧な、僕がいた。

「これは…⁉︎」

「ああ、抜け殻だよ。試作品…みたいなものかな。」

 心愛の説明を聴きながらソレにそっと触れてみるが、本物の人間と同じように肌が柔らかくって。それなのに、冷たかった。

「だって、あなたは類じゃない。今この家の認証機械は私以外の全ての人間を通さないように設定されているもの。あなたは、機械だから通れたの。」

 その声に答えなきゃいけないのに、なぜか言葉に詰まる。


 僕と心愛は同じことを何回も繰り返す。信じられなかったから、そして僕が本物じゃないなんて信じたくなかったから。

 ぐるぐると同じことを考えて、また考えて。時計の針みたいに、終わりのない思考を巡らして。きっと、不可能なことを排除して残ったものが信じられなくても、それが真実なんだ。

「私の両親は科学者で、私だってちょっとはAIとかに詳しいんだよ。その私が、君はコピーだと言ってるの。どうして信じてくれないの…?」

「……。」

 心愛のその切実な声に、僕は何も言えなかった。もし人に何か言われて言い返せないことがあるのなら、それは真実だからなんだろう。

 僕は、コピーなんだ。そう思うと辻褄が合ってしまって。目の前にある『抜け殻』だって類みたいで。だからもう僕は、自分が類じゃないことを認めなきゃいけないんだ。それが心にストンと落ちた。

「確かに。僕はもしかしたら類じゃなくって、コピーなのかもしれないな。」

 人は何をもって自分が自分であると証明するのだろう?免許証とか、マイナンバーカードとか。そんなカード一枚で自分が自分だと社会では証明する。

 でも、自分の免許証を友達が持ってたとしたらその友人は自分だと証明されるのだろうか。そのカードを持っていない時、自分が自分だとどう証明するのだろうか。

 顔が一緒だって、それは僕が僕である証明になんかならなくって。他人から「あなたは本物じゃない」と言われ続けたら、そんな気がしてくる。洗脳にも似た、そんな不確かなものだった。

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