第9話 スーパー

「スーパーに男女が二人…これは夫婦に見えるんじゃない?」

 ルンルンとスキップしながら心愛は僕の一歩前を歩いてそう言った。

「夫婦って…。」

 嬉しいのに、何故かそのセリフが引っかかった。そんなどうでもいいやりとりをしながら家の近くのスーパーの中を歩く。カートを押すとカラカラと音がしていた。さっきからずっと心愛はひっきりなしに思い出を語っている。

「昔、おじさんと三人で来たよね…。ほら、あそこのお菓子コーナーで、百円までだよって言われてお菓子選んだりしたの懐かしくない?」

 嬉しそうにそう話していた。…なあ心愛。

「あと、このカートだって昔は手が届かなくって背伸びしたしさ…。」

 心愛、お前は。

「まだこのパン売ってたんだ...!久しぶりに食べたいなー。」

 一体、何を言っているんだ?

「そうだな、懐かしいな…。」

 沸々と湧き起こる疑問を消そうとそう言った。僕にはそんな記憶はない。このスーパーも、お菓子もカートもパンも初めて見た。彼女は、誰との記憶を話しているんだ?

 そんな僕の気持ちも知らないで心愛は楽しそうに続ける。

「んー、カレーでも作ろっか。ルーとってくれる?」

「あ、ああ。」

 心愛を疑いたくない。このままの幸せな生活を送っていきたい。だからそのままでいようと僕は言われた通りにカレーのルーの箱を手に取る。

「あ、類。それは辛口だよ?類は甘口しか食べられないのに…、うっかりさんだなぁ。」

 クスクスと心愛は笑って、棚から『甘口』と書かれた箱を手に取る。

 なあ心愛。僕はいつから甘口のカレーが好きになったんだ?心愛は僕を見てるふりをして、誰を見ているんだ?そんな疑問が僕の中に浮かんでは消える。

「じゃあ、買ってくるよ。ちょっと待ってて。」

「うん。じゃあ外でまた会おうか。」

 さっとカートを受け取ると、心愛は僕に背を向けて歩き出す。だから、僕もまた彼女に背を向ける。心愛との記憶にはどこか齟齬がある。僕の記憶と、君の記憶は決定的になにかが違うんだ。

 どうして心愛は振ったはずの僕を好きだと言って戻ってきたんだろう。どうして心愛は僕の知らない指輪をつけているんだろう。

 ただモヤモヤとする。空はどうも曇っているようで雨が降る予感がした。

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