第8話 仮説

「類、おじさんに何か言われた?」

「別に、ただの雑談だったよ。」

 部屋の外に出るとすぐに、また僕は嘘をついた。何故かはわからないが、もしかしたら僕は心愛を疑ってるのかもしれない。彼女の薬指をぼんやりと見つめてそう思った。

「結局、おじさんは類を殺したの一点張り。なんでおじさんは嘘をついてるんだろう?」

 心愛は、んーっと考え込むような仕草を見せる。でも、確かにそうだ。Mr.Xは何者なんだ?

「だってMr.Xが類ってことになってるのは、おじさんが類を殺したって証言したからだよね?実の父親が息子を見間違えるわけないから警察だって信じるもん。」

 心愛はさっき通った真っ白な道を歩きながら一生懸命推理をしているようだった。コツコツと足音だけが響く。

「でも心愛。Mr.Xの死体は僕…つまり類のものだとされているんだろう?証明書だって心愛が持っていたし、今の科学技術を持ってすれば個人の識別のミスは起こらないよ。」

「でもそれじゃ、Mr.Xは類のことだって言ってるみたいじゃない!類は、確かにここにいるのに…!」

「そう、そこだけなんだ。」

 僕は生きている。自分の手に触れると、ひんやりとした確かな実体があるんだ。でも、僕の死体がある。そんな矛盾矛盾矛盾矛盾。矛盾しかない。

「心愛、もしかしたらこの事件は嘘なのかもしれないな。元から事件なんてなかったんだよ。」

「え…?」

「親父が言ってたんだよ…、僕には多額の保険金がかけられてるって。」

 その一言でカチリ、と全てのピースがハマっていくようだった。

「それって…、保険金目当てで類が死んだってことにしたってこと?」

「ああ。」

 それなら説明がつくんだ。Mr.Xはこの世に存在しなかった。ただ親父が僕を殺したってことにして、保険金をもらう。殺人を犯したからって交通事故なら刑期は七年程度。それだけの時間で、沢山のお金を買えるならやるかもしれない。

「僕がこんなこと言うのもアレだけど…。親父は僕を幸せにしたかったのかもしれない。お金があれば幸せになれるから。」

 AIに仕事が奪われるにつれ、人間の労働者は減った。選ばれしAI研究者を除いた、人口の九割の人間は無職だ。無論、趣味で絵を描いたりして売っている人とかはいるけれど、ほとんどお小遣い稼ぎだ。大半の人間は、政府に支給されるお金で生活をしている。みんな同じ水準の、健康で文化的な生活を。

「人よりお金があれば、人より良い生活ができる。それをきっと親父は望んでいたんだ。」

 僕には母親がいなかった。僕には別にそれが不幸だと思った記憶なんてないけれど、親父はそう思わなかったのかもしれない。

「でも類、それだったらそのお金どこにあるの?」

「…え?」

 確かに。多額の保険金は消え、代わりにただ得体の知れない死体だけがあった。問題は山積みで、絶望してしまう。

「そ、そんなことよりお腹減らない?久しぶりにご飯作ってあげるよ!」

 重い雰囲気を壊すように明るい声で心愛がそう言う。白い壁が明るく光っている後光のようで、心愛は太陽のように見えた。



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