オフィス

「何で俺って奴ァ~、行く先々でお前みたいなのと出くわすんだ?え~オイ?」

真っ直ぐに向かって来る陸海の迫力に気圧されたのか、蝿男は思わず後ずさりした。

「つ、強そ~…!かくなるうえは…!」

蝿男の背中から、パーカーを突き破って2枚の透明な羽が姿を現した。それを受けて、陸海は不格好なファイティングポーズをとった。

「む…やらいでか!」

「ヒュヒュ…戦略的撤退ィ~~!」

蝿男はブーン、という不快な羽音を立てながら、1秒につき200回という猛烈なスピードで羽を羽ばたかせて飛翔すると、陸海に背を向けて飛び去ろうとした。

「何ィ~!?尻尾巻いて逃げるなんざ男の風上にも置けねぇ奴だ!シュワッチ!」

陸海は掛け声とともに跳躍すると15メートル上空にいる蝿男の足にしがみついた。蝿男は仰天して声を上げた。

「ゲェッ!放せェ~!このストーカー!」

「お前が言う?それ…」

蝿男は陸海を振り落とそうと、必死になって足を振り回した。駐車場に居合わせた者達は2体の怪物を見上げながら、指を指して口々に叫んだ。

「うわあ、見ろ!何かデカくてキモいのが2匹くっついて飛んでるぞォ!」

「変異者だ!あっ!片方ニュースで見た事あるぞ!」

「交尾してる!」

陸海は地上を見下ろすと声を張り上げて叫んだ。

「おい野次馬共!交尾してねーよ!バカ!」

「…いいから放せよ」

そのまま彼等は、フラフラと危なっかしい軌道を描きながら、駐車場から飛び去って行った。



…一方あるオフィスで、スーツを着た清潔感のある若い男が、緊張した面持ちで部屋を歩いていた。右手には何かの書類が握られている。彼が向かう先は、窓際にある課長のデスクだった。

「課長、頼まれていた書類、完成しました」

「ん…?あ、そう」

課長はかったるそうに呟きながら男から書類を受け取り、ある程度目を通すと、無言で書類を細く丸めて男の頭を殴りつけた。目を白黒させている男をよそに、課長はおどけた調子で言った。

「ハイやり直ーし。バーカ、こんなんじゃ全然ダメだよ。そんじゃ明日までに作り直して来てねぇ~。じゃなきゃクビだクビ」

「そ、そんな…!あ…?」

「何だよ、俺の顔に何か付いてるかぁ?この野郎」

男は真っ青になりながら、震えた声で言った。

「か、課長…後ろ…!」

「あん?」

課長が振り返ると、突然、目の前の窓を勢いよくぶち破って、2体の怪物が押し入って来た。

「びゃおっ」

「ぎゃあ」

驚きのあまり転倒した瞬間、課長の安物のヅラがぶっ飛んだ。蝿を思わせる怪物は、右足を蛾のような姿の怪物に掴まれながら、オフィスの中を縦横無尽に飛び回り、その羽で室内の人間を次々と粉々にすると、入って来た方とは逆の窓を突き破り、2人仲良く嵐のように飛び去った。時間にして僅か1分足らずの、あっという間の出来事だった。

一面が血の海と化し、夜の海のように静まり返った部屋の中で、運よく生き残った若い男と課長は、床にへたり込んだまま目をあわせると、お互いに乾いた笑みを浮かべた。

「…バレちまったな、ヅラなの」

「…バレバレでしたよ、生憎ですけど」

こうして二人の仲は少し、縮まったのだった。



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