イヤホン

放課後、陸海空は半開きの眼で、校内をあてどもなく彷徨っていた。耳元では安物のイヤホンから、愛だの恋だのを歌った、毒にも薬にもならない流行歌が流れていた。

「あーどうすっかな、家帰ってもやることねーしな…」

などとこぼしながら、彼は気がつくと図書室の戸を開いていた。別に読みたい本がある訳でもないが。

室内を見渡すと、窓際の『いつもの席』に彼女はいた。薄井幸だ。いつものように仏頂面で本とにらめっこである。また、例の如く彼女の周囲の席には、不自然な位誰もいなかった。まあ、そんな命知らずはそうはいないだろう。

陸海はイヤホンを外すと、彼女の対面の席に腰かけた。薄井は気にも留めずにとりすました様子で、彼女の面の皮と同じくらい厚い本を熟読している。

「…やっぱここにいたか、本の虫だな、アンタ」

陸海の呼びかけに、薄井はページを1枚めくると、ぶっきらぼうに呟いた。

「今日の体育は大活躍だったようだな」

ゲッ!開口一番に嫌味かよ。まぁ、言って来るだろうなと思ってたぜ。

「あ…あれはだな、期待に応えようと思ったらウッカリ…ところで何読んでんの~?」

陸海は逃げるように、露骨に話題逸らしをした。

薄井は無言で本の表紙を見せてきた。何やら堅苦しくて小難しそうな印象の、海外小説のようだった。

オェッ、表紙だけでノイローゼになりそうだぜ。

「へー、チョーオモシロソー」

陸海は棒読みな口調で心にもないセリフを吐くと、それから周りを伺い、少し前かがみな姿勢で言った。

「ああそーだ…昨日聞き忘れたんだけど、おたくも変異者なのよね?何かペンを剣にしてアレしてたけど…」

「…あくまで私が知っている範囲で話すが…」

薄井はそう前置きすると、饒舌に語った。

「変異者には大きく分けて2種類いる、一つ目は肉体が変異して理性を失い、人を襲うようになるタイプだ。騒ぎを起こすのはいつもこいつらの方さ。2つ目は肉体は人間のままで…理性も保ったままだが、特殊な力だけが手に入ったタイプがいる。私は後者って訳だな。このタイプは皆、私のように能力を隠して過ごしているんだろう、変異者であることがバレればろくな事にならんだろうしな」

「なるへそ…忘れねーようにメモっとこう。あ、紙がねーな」

陸海が衣服をまさぐっていると、薄井が続けて言った。

「だが、お前はどうやら…そのどちらとも少々違うようだがな。ちなみに私は触れた物を別の形に変える事が出来る、昨日のはそれだ」

「えっ?!じゃあ偽札とかも作れるんじゃ…!」

「そんな緻密なものは作れん」

妙に浮かれた様子の陸海に、薄井は冷たく言い放った。

「あ、そう…」

あからさまにテンションが低くなった彼をよそに、薄井はまた読書を再開した。すると陸海が不意に言った。

「…そういや、おたくは何がきっかけで変異者になったのよ、何かしらあるんだろ?きっかけになった出来事が」

薄井の本を捲る手が止まった。

「…お前には教えん」

「はァッ!?なんだそりゃ、ズリーぞ!いいじゃねーか、俺も教えただろ!」

「断る。静かにしろ、図書室だぞ」

陸海は不満げに机に頬杖をついた。


しばしの沈黙の後、本に目を落としたまま薄井がポツリと囁いた。

「…いいだろう、教えてやる。私には小さい頃、友達がいたんだ。小学校を卒業して、会う回数は減ったがな。私の14歳の誕生日を祝ってくれた数日後…彼女が死んだという報せを聞いた。原因は自殺だったよ、イジメを苦にしてな。私はマヌケにも、彼女がイジメにあっているなんて思ってもいなかった。彼女はそんな素振りはまったく見せなかったんだ。加害者の生徒達は、まだ刑事罰の対象にならない13歳だったこともあって、軽い処分で済んだ。殺意ってのがどういうものか、初めて分かったよ」

軽くため息をつくと、薄井は更に続けた。

「この力はその感情がトリガーとなって手に入れたものだ。そして私はそれを使って…加害者共を殺した。上手くいったよ、誰にもバレずにな。話は以上だ、満足したか?」

顔を上げて薄井は思わず目を丸くした。陸海は耳にイヤホンを装着して体を小刻みに揺らしながら、携帯を覗き込んでいた。

薄井が言葉を失っていると、彼はイヤホンを外して言った。

「あれっ、今何か言ってたぁ?全然気付かんかったわ」

「…もういい、私が馬鹿だった…!」

薄井は立ち上がると、陸海に背を向けて不機嫌そうに去って行った。

「え~何でおかんむり?何かしたかね、俺」






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