第16話 いつもの彼女のようで、どこかいつもと違う彼女

 ドキドキ、そわそわ。


「……ふぅ」


 俺は、家の前でそわそわしながら周りを見渡している。


 なぜなら、俺は今日。

 天音あまねちゃんと一緒に登校するからである!


 身支度をして、俺は自宅の前で彼女を待っている。

 それでも時間はまだ7時を過ぎたぐらいだ。


 自分でも早すぎると思う。

 でも、いつも通りの時間に登校してしまうと、ただでさえ目立つ天音ちゃんが「男と一緒に登校している」と噂になってしまうのを考えてのことだ。


 では、どうして急に一緒に登校することになったのか。

 それは昨日、天音ちゃんが急に電話をかけてきて、最後にポロっと誘ってくれたから。


「そうだ奏斗かなと君。明日、一緒に登校しない?」

「いいけど。どうして急に?」

「だって。君の黒歴史が公開されちゃったら、奏斗君、学校に来なくなるかもしれないじゃん? だから出来るだけ顔を見とこーって思って」

「うぐっ……」


 うん、今思い出しても小悪魔だ。

 最近はちょっと思わせぶりなこともあった(?)かもしれないけど、やっぱり天音ちゃんは天音ちゃんだった。


 そうして、


「奏斗君」

「わっ!」


 急に至近距離で声を掛けてきた天音ちゃん。

 振り向いたら、思わず鼻がかすってしまいそうな距離だった。

 

「び、びっくりした……」

「ふふっ。君って本当に気がつかないよね」

「天音ちゃんが、驚かそうと足音を立てないで近づくからだよ」

「君の反応が面白くてね」


 ニヤっとした顔を浮かべながら、天音ちゃんは少し先に歩く。


「行こっ?」

「う、うん……」


 一緒に下校はあるけど、一緒に登校はしたことがなかった。

 そう思うと、なんだか天音ちゃんの隣を歩くのはいつもよりドキドキした。





「誰もいない教室って、いいよね」


 天音ちゃんがカーテンに手を添えながら、こちらを見て呟く。

 あまりにも早すぎる時間だから、当然他の生徒は誰もいない。


「俺も好きかも」


 天音ちゃんの言葉に、なんとなく答えた。


「君はぼっちだから、こっちの方が落ち着くだけじゃない?」

「そ、そんなあ~」

「ふふっ、冗談」


 そうして、カーテンに絡まった彼女は、ぼそっと口にする。


「だって、わたしがいるもんね」

「……えっ?」


 そう言いながらカーテンに口元を隠す天音ちゃんは、どこか顔が赤いようで、どこか俺をからかっているようで。

 

「……」

「……」

 

 急に黙り、俺をじっと見てくる天音ちゃん。

 後ろから差し込む朝日が天音ちゃんを照らして、天使のような彼女の顔を明るく見せる。


 朝なのに、教室には俺と天音ちゃんの二人。

 この非日常的な光景、この永遠にも感じる時間が、俺をすごくドキドキさせる。


 彼女は何を思っているのだろうか。


 登校の時も、俺に対して見せてくる態度はいつもの彼女のようで、それでいて何か違うような気がした。

 

「わたしは、君が言ってくれるのを待ってる」


 そう言いながら天音ちゃんは、教室から出て行った。







 それから数日。

 あの一緒に登校した日の天音ちゃんはなんだったんだろう、と思えるぐらいに普通の日常を過ごした。


 時々屋上に呼び出されたり、一緒に帰ったりしたけど、どこか違う天音ちゃんではなかった気がする。

 端的に言えば、普通に小悪魔だった。


 そして今日。

 その小悪魔が最も牙をむく(かもしれない)日なのだ。


「じゃあ成績表渡していくぞー」


 そう、今日は成績発表の日だ……!


「!」


 何を思ったのか、先生が発言した瞬間、天音ちゃんがこちらに振り返ってくる。

 周りに気づかれないよう一瞬の事だったが、俺には見えた。


 今の天音ちゃんは、間違いなく小悪魔な顔をしてた。


「……うぅ」


 そんな天音ちゃんの顔で、より一層不安が高まる。

 手応えはある、あるんだよ。


 だけど、それが三十番以内かと言われると……分からない!


「次、田中」


 ごくり。

 俺の名前が呼ばれて、先生の前に成績表を取りに行く。


 それから席につき、俺は成績表を鞄に入れた。

 俺は放課後、天音ちゃんと「せーの」で見ることになっているからだ。


「……ふぅ」


 少し触っていただけなのに、成績表には手汗がにじんでいた。





「さてさて」

「……」


 放課後の校舎裏。

 呑気な挨拶の天音ちゃんに対して、俺は無言だ。


「あれー、緊張しているのかな?」

「そ、そりゃするよっ!」

これ・・、心配だもんねえ?」

「……うぅ」


 そう言いながら、天音ちゃんが手に持つ『妄想ラブコメ小説』のコピー。

 成績確認前にわざわざ見せてくるところが、なんとも意地が悪い。


「じゃあ、せーので開こうね」

「う、うん……」


 俺は覚悟を決めた。


「「せーの!」」


『田中奏斗 30』

『姫野天音 2』


「「……!」」

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