第11話 追い込まれる中での甘い雰囲気?

 「うおおおおー!」


 カッ、カッ、カッ!

 俺は今までにないほどにシャーペンを動かして問題を解いていく。


「できた!」


「……ふむふむ。不正解」


「なんでえ!」


 天音あまねちゃんに、回答を見るまでもなく不正解を出される。

 まあ、彼女の頭はそのまんま回答みたいなものなのだけど。


 天音ちゃんと一緒にテスト勉強を始めて五日目。

 中間テスト初日までは、あと三日しかない。


 俺は相当に追い込まれていた。

 なぜなら、天音ちゃんは勉強を教えてくれる代わりにとんでもない事を言い始めたからだ。


 どうやら、今回俺が三十番以内に入れなかったら、あの『妄想ラブコメ小説』を印刷してバラまくとかいうのだ。


 正直に言うと、もし達成できなかった場合、彼女がそれを本当に実行するかと言われると微妙だ。


 でも……


「ふふっ」


 やりかねないのもまた事実!


 なんなら、自分の小悪魔な顔は晒さず、誰の犯行か隠したまま教室に配布したりしてきそう!


 だけど、小説を書いたのはすぐに俺だとバレる。

 ヒロインの名前は思いっきり「姫野ひめの天音」だし、主人公の名前も「田中たなか奏斗かなと」だ。

 そんなの最初の一ページ目で誰か書いたのか分かる。


「奏斗君。こんなんじゃ、君の黒歴史は大公開確定だよ?」


「うぐっ」


 いつも通りにニヤけた小悪魔顔。

 彼女とこんな風に関わることができるようになったのは、幸か不幸か……。


「だからここはね──」


「!」


 天音ちゃんは横の髪を耳にかけて、俺のすぐ隣で解き方を教えてくれる。

 この近さで教えてくれるのは俺にだけ……やっぱり“幸”かも。


「わかった?」


「う、うん」


「あれ」


「どうしたの?」


「学校に君の小説忘れてきちゃったかも」


「ええっ!? それはまずいよ!」


「うっそー」


「……」


 前言撤回。

 心臓が持たないのでやっぱり“不幸”かも。


 不正解だった問題を一度教えてもらい、一息つく。


「それより天音ちゃん。自分の勉強は大丈夫なの?」


「あら。わたしの事、心配してくれるんだ?」


「いや、だって……」


 人の事を心配している場合ではないのだけど、やっぱり気になる。


 なにしろ、去年の天音ちゃんはずっと学年一位を取り続けてきたのだ。

 ならばこの二年生最初のテストも、一位を取りたいに決まってると思う。


 けど今の天音ちゃんは、六時頃まで勉強に付き合ってくれてそれから帰る。

 自分の勉強用具も出しているけど、ずっと俺の隣で教えてくれる(もしくはちょっかいをかけてくる)。

 

 天音ちゃん自身の勉強時間を奪ってしまっているのは確かなんだ。


「わたしのことは心配しなくていいから」


「でも」


「……なるべくあの家には帰りたくないから」


「え?」


 小さな声でボソッと話したから、あまり聞き取れなかった。

 けど今、「帰りたくない」って言ったような……。


「あ、気にしないで! ほら次の問題……ってもう六時かあ」


「本当だね」


 いつもなら彼女が帰る時間。

 時計を確認した天音ちゃんは、自分の勉強道具を片付け始める。


 でも、いいのか?

 帰りたくないって言っている子をこのまま帰らせてしまって。


 もちろん、ただの高校生に何か出来ることって少ない。

 ここは自分だけの家ではないし、何よりテスト期間に何を考えているんだって話になる。


 けど、なんだか心がモヤモヤする。


「──! 奏斗君?」


 そう思った時、俺は彼女の腕を掴んでいた。


「と、泊まってく?」


「……え?」


「え」


 ええええ!?

 自分で口走ってしまった言葉に、自分が一番驚く。


 何言ってんの、俺ー!


「……あははっ! 何言ってるの奏斗君!」


「ご、ごめん」


「さすがにそれはできないよ」


「だよね……」


 年頃の女の子を泊める?

 俺はバカか? バカなのか?

 そんなのはラブコメの中だけでやっとけ!


 けれど天音ちゃんは、そっと近づいてきて俺の頭に手を添えた。


「心配してくれたんだ」


「……!」


 片膝を立てた天音ちゃんの顔は、俺の顔を少し上にある。

 そしてそのまま彼女は、俺の頭を首の横に持っていった。


 あ、天音ちゃん!?!?


 すべすべした首筋、脳を刺激する女の子の甘い匂い、なでなでされている手。

 その非日常的な全てがダイレクトに伝わってきて、心臓の鼓動がとんでもないことになっている。


 な、なんだこの状況!?


「けど気にしないで。家出したりとか、そんな深刻なものではないから」


「!」


 若干考えていたばっかりに、それを聞いて少しほっとする。

 

「はい、おしまい」


「あ」


 そうして急にパッと離され、パッと立ち上がる天音ちゃん。

 立ち上がった彼女の顔には、まるで何事もなかったかのような、普段の表情。


 甘くてぽかぽかした雰囲気の後に、急に冷たい。

 温度差で火傷しちゃいそうだよ……。


「じゃあね」


「うん、今日もありがとう……」


 そうして部屋から出ていく天音ちゃん。

 けど、俺が立ち上がれないでいると、彼女はもう一度こちらに顔を覗かせた。


「そうだ。土日、一緒に勉強する?」


「!」


 天音ちゃんは、目から上だけを覗かせて言ってくる。

 両手も扉のふちにそっと添えて、とても可愛い。


「むしろ良いの?」


「……わたしから誘ってるんだけど」


「そ、そういうことなら! ぜひ!」


「分かった」


 それだけ言いたかったのか、今度こそ天音ちゃんの顔は見えなくなる。

 と思っていたのに。


「さっきの話は、またね」

 

「え!?」


 壁の向こうから聞こえた天音ちゃんの声。

 さっきの話って……お泊りのこと!?


 いやいや、でもそんなこと……あるのか?

 分からない。


「分からなすぎる、天音ちゃん」


 いつもは玄関まで送っていくけど、今日は心臓が忙しすぎて立てなかった。

 色々と起こり過ぎたのだ。


 それに、


「顔を覗かせた時の天音ちゃん、すっごく赤かったよな」


 顔の赤い天音ちゃんを思い出し、より一層ドキドキしてしまうのだった。

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