第2話 蹂躙 それを蹂躙

「聖女様、聖女様」

 早速、なんか焦った声が聞こえてきた。確かこのあたりの世話役だ。

「城の門で、どデカい獣人が暴れているって!門番の衛士だけじゃない。こっちの住民まで巻き込んで。怪我人が出てる。治してもらえないだろうか?」

「えー」

 事態が動いた。更に遠くに木が割れる音、石がぶつかる音、建物が崩れる音が聞こえてきさた。音が大きくなってきてる。こっちに近づいてきてるし。

 往来をこちらに向けて走ってくる人や獣人、諸々が出だし増えて来出してる。

「あの守護令嬢もこっち城壁外に出張ってきてるってよー」

 そんな話も聞こえてきた。守護令嬢レディコールマン、コールマン侯爵家の令嬢で魔法使いなのだが、こういった事件に顔を出しては無理やり解決していくという輩であったりする。上手に解決でいれば良いのだけれど、魔法の力技で決着つけるから周りの被害も尋常じゃない。勧善懲悪の好きな物見の人たちには良い話題なのだが、他にかかわる人たちにとってはいい迷惑な方。

 騒音がすぐ近くまで差し迫ってきた。神父へ話をしようと教会に入りネイヴに入ったところで頭上からガラスが割れ、木が折れる音がしてきた。振り仰ぎ見ると明かり取りの天窓を銀色の塊が突き破り落ちてきた。わっと

「ブースト・フュール ウィンディ」

 自分自身に強化の付与と風の属性を懸ける。落ちてきたものを掴み自分自身を中心に回して頭上に投げ返した。広がった天窓跡から上手に外へ放り投げかえせた。

 中まで壊されてはたまらないからね。蹴り飛ばすぐらいしてもよかったけど聖女の見習い服が裂けるから手でやってしまった。お転婆とは言わないで、ここの前にいた時の神父が武道派でいろいろと鍛えられましたあ。

 すぐさま外に出た。教会の前の道には誰もいない。少し離れたところに寄せ合って退避している。

 そこには、倒れている赤い毛皮の巨大獣人とその腹の上に銀色の塊が。あれは鎧かな。ちょうど外にでできた獣人にぶつけられたようだ。

ヴ ヴュ

 先に息を吹き返した獣人が、腹に乗る鎧を払い除けて立ち上がった。大きいな。2階建てになってる教会より背が高い。ガタイも大きい。胸から背中の筋肉が分厚く、腕や脚も筋肉が盛り上がっている。獣毛から見える指先から鋭く長い爪まで伸びている。

ウォオオオン オーン

 狼の遠吠え、甲高くそれも大音量。ハウリングだ。耳を塞いでも頭がシェイクされる。獣人も狼族。開けた口から長い牙まで出てるよ。

 叫びが消えてくる頃、銀色の鎧が立ち上がる。紋章も見てとれるから騎士か。こちらも大きいし背も高い。片手で頭を支えてヘルムを左右に振っている。

「ドゥバァー、大丈夫?」

 空から三つ編みにした長いブロンドの髪を靡かせて女性がが降りてきた。緋色の騎士服に乗馬パンツ、革のブーツの出立で。顔は整ってはいるが、まだ幼さが残ってる。女の子だ。

「援護します。こちらに退いて、ウィンディハンマー、ウィンディカッター」

 彼女は次々と魔法を連発、巨大獣人にぶつけていく。

「そこな、見習い!あなたもお逃げなさい」

 外れた術が獣人の後ろや横の家屋を破壊していった。被害をひろげてる。唖然として開いた口が塞がらない。

 獣人が構えて踏ん張った。息を吸ったのだろう。大きな体が一回り大きくなったように見える。胸を見て驚いた。晒された大胸筋の上に乳房が見えたのだ。更に間の胸骨の辺りにブヨブヨとしたものが蠢いている。獣人で女!

「セリアン」

ヴぉロロロロォオオーン

 再びのハウリング。前よりも強い。魔力も付与されているのか圧力まで感じる。踏ん張りきれずに後ろに飛ばされた。頭のヴェールも飛んでしまった。荒く切って短くしたプラチナブロンドの髪が拡がる。

 令嬢も吹き飛んでいくのが視界の端に見える。

ブチっ

 額の仮面の止め紐が切れた。大気の圧力で頭から外れて後ろに飛ばされてしまった。爛れて痣もある額が外気に晒される。何度か地面を転がって止まってくれた。顔を上げると少し前の位置に令嬢がうつ伏せになっているのが見えた。こちらを見てる。驚きに目を見張っている。

「あなた その額」

 額が熱くなっていく。ジリジリと焼かれるような熱さじゃない。力が集まってくる感じなのだ。戒めが解けた感覚もある。何かが開いていく。


ー汝に問う? 裁きの刻か?ー


 頭の中で力持つ言葉が聞こえる。

 周りを見れば、皆倒れている。うめき声さえしない。動いているのも少ない。建物も壊れ崩れている。巨大獣人だけが立っていた。


「はい」と返事をした。

「まずは私が………御力を」

 ゆっくりと立ち上がる。

「セリアン、あなたセリアンでしょ」

 そう告げながら獣人に近づいていく。静かに歩いてはいるが私の額から力が流れ出し噴流となって体の中を巡っている。立っているのもきつい。近づいていくと巨大獣人が小さく呟いているのが聞こえてきた。


壊せ あんなもの 蹴ろ 殴れ あいつを 引きちぎれ あいつらを 


蹴ろ 殴れ あいつを  引きちぎれ あいつらを 壊せ あんなもの


引きちぎれ あいつらを 壊せ あんなもの 蹴ろ 殴れ あいつを

怨嗟が輪唱してる。


その声に 重なるように 


死にたくない 弟 妹 兄弟 死なせたくない 

愁嘆 痛哭の嘆き


 決めた。

『集え 原初のもの 無垢なるもの』

 右手を上にかざす。頭上の空に淡い光が集まってくる。更に渦を巻き出し収束していく。

 巨大獣人がバンプアップした。またものハウリングか。構わず手を振り下げた。

『サンクトュス ヴェントゥス ディルテュス(聖なる風 拭い去れ)』

 人々が逃げ、ポッカリ開いた通りに発光する螺旋雲が空から落ちた。視界が光るものに埋め尽くされている。そして巨大獣人に絡みついていく。原初であり無垢なるものは正に無である。その無が力に取り憑き、取り込み、喰らい尽くしていく。聖だろうが邪だろうが区別なく喰らっていく。遠吠えをしようと魔力を込めていたのが災いして、取り憑かれて肉体ごと魔力を補食されていった。目の前で起こっていることはわからないことだらけ、でも額にあるものかが強制的に知らしめてくれる。これは御技である事を。


 淡くなった光が霧散していく。食べ終わったようだ。雲が晴れていくと、獣人族の少女が横臥していだ。小さい裸体を晒している。赤毛だったのが色素が抜けて白くなっている。

 私はセリアンに近づいて話しかけた。

「まったく、なんて事したんだか?」

「しるかよぉ。このままじゃみんな殺される。いやなんだよ。焦ってたら路地奥の暗闇から力をやるって言われたんだよ。だから使った。強かった。衛士の奴らも吹っ飛ばしてやった。力に酔ったよ」

 セリアンの口元が僅かに動く。皮肉に笑ったのかな。

「シュリンちゃんが朝に教会に来たよ。それであなたをギュッとしたいって笑いながら帰ったんだよ。これじゃ」

「そうかよ。あー、ごめんなシュリン。馬鹿な姉貴で」

 頭に力ある言葉が響く。裁きの刻。


ージャジメント nova nativitasー


 セリアンは音も立てずに散華した。ひと山のチリとなって消えてしまった。

 私は、その場に跪き祈る。'ドミィニィ'教会の始祖たる聖女へ祝福と託宣を授けた主へ。

ー汝 残酷よのー

 そんな言葉が頭に残った。

 私も精魂尽き果てて横になった。


 倒れている者たちが動き出し、確認や介抱の声が飛び交う。通りに音が戻ってくる。

(マスク探さないといけない)

 手をつき上体を起こす。ゆっくりと後ろに振り返ると緋色が目に入った。鮮やかな緋色の騎士服だね。ブロンドの髪は三つ編みと、

「レディコールマン!」

「これ、あなたのものでしょう。かなり飛ばされていましたが見付けられました」

 手には、私のマスクを持っていた。そして私の額を見つめてきた。指先を額につけてくる。

「この文様は目ですか?両目の黒と緑のアイライン。ロータスレッドの虹彩、ひっ」

 アイラインに沿ってだろう指で額をなぞっていた手を引っ込めた。

「動きました!ほっ本物!」

 スッと私の手が動いた。彼女の頭に伸ばし指を髪の中に滑り込ませる。私は動かしてない。

 耳の少し上の辺りで探っている。すると彼女の口が叶え出した。

「我、萌芽と枯枯を司るものなり。業は審判。『私がしゃべっていませんわ。それって』 我の名をつげるなかれ、未だその時にあらず。僅かな未来、真実の羽持ち待っておるぞ。では次の邂逅を待つ   『神が話してますの』」

 彼女は畏怖と好奇心の眼で私の額を見続けている。そのうちに額で何か、つぶるような感触があった。額だから自分では見られないのだろよね。

「あなたって」

「あちー熱い熱い!痛っいたタタタタタタタタ タァ」

 突然、額が焼かれるような感触!爛れていくのがわかる。レディコールマンが持っているマスクを引ったくるように取り上げ、額に貼り付けた。いつもなら我慢できるぐらいに痛みが治まるのだが、使った御力が大きすぎた。

「治りきらないよー いたタタタタタタタタだぁ」

 叫び声を上げ身悶えているのだが痛さがひかない。そこから駆け出し教会へ逃げ込んでしまった。守護令嬢レディコールマンを、その場にほっぽって。ベットの上で身悶えて痛みにたえた。額にいるであろう御方に訴えた。

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