第9話

 「落ち着きましたか? 」


 心配した顔で、メトラさんが僕の頭をなでてこう言ってきた。


 僕たちは、記憶の車両、運転席を抜けて、それより一個前の車両の席に座っていた。この車両は、一番最初に僕がいた車両と同じく、普通の蒸気機関車の狭さ、そして内装だった。


 メトラさん曰く、「普通の車両」らしい。


 「はい。さっきは、怒鳴ってしまって、すみませんでした」と僕はかしこまっていった。


 「いいんです。私こそごめんなさい。ですが、どうしても、だいちくんには、記憶を取り戻して、それを乗り越えてほしかった……」


 「えっ? 」


 「ここにくるお客様は、だいちくんのように、生前、辛い経験をされてる方が多いのです。死んでしまわれると、その記憶は失うのですが。ご本人は感覚として、覚えています」


 「だから、ここにいる人は」


 「そうです。皆さん、生前の未練が残っています。自らの穴の開いた心を埋めるために、それぞれの車両に依存して、永遠にとどまってしまう」


 そういうと、彼女は僕の手を握ってきた。


 「でも、だいちくんは、負けないでくれて、よかった。……ねえ、もし、願いが叶うとしたら、何がしたい? 」


 唐突に、メトラさんがため口になってこう聞いてきた。その声は優かった。


 「ううん。母さんに、会いたい。そして、父さんと、仲直りしたいで……したい」


 僕も敬語を取って、笑顔でこう言った。


 「ふふっ。了解。じゃあ、終点までの1年間、寝てよっか? 」


 そういって、彼女は僕に体を寄せ、顔を肩にのせてきた。赤面する僕を見て、彼女は女神のように微笑み、目をつむった。そして―


 「ねーむれ。ねーむれ」


 彼女が子守歌を歌い始めると、自然と僕のまぶたは閉じていった……





 


 

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