決戦前夜・後編


 Side 楠木 達也


 最後になるかも知れない授業はあっと言う間に――実感も湧かないままに過ぎ去った。各教科の先生から遠回しに別れになるかも知れない言葉を送られ――そして担任の先生からも呼び出され、「死ぬな、生きて帰ってくれ」と言うありがたい言葉を贈られた。


 その度に「ああ、もしかして死ぬかもしれないんだな」と再認識させられた。


 だからと言って奇妙な事に涙も悲しさも湧かなかった。


 ただひたすらに「幸せとは何か」などと哲学的な事を考えていた。

 

 普通に授業を受けて、勉強とか部活とか将来の事で悩んだりして四苦八苦する人生――それは当たり前過ぎて、辛くて退屈な人生だと言うのかも知れない。ライトノベルに出て来るような刺激的な人生を味わってみたいと思う気持ちも分かる。自分だって嘗てはヒーローになりたいと望み――その夢を何の因果か叶えてしまった。


 そんな夢に溢れていた時代には普通の子供としての日常よりも一日でも早く、テレビの出て来るヒーローのように熱い戦いの日々に身を置きたいと考えたものだ。


 だが今は違う。


 皮肉な事にヒーローとなり初めて日常と言う奴の本当の有り難さが分かった。

 それでも――達也は死ぬかもしれない非日常へと足を運ぶ。

 

 焼けっぱっちになった自分を支えてくれた薫。

 黄山 茂との再会をキッカケに最近思い出せたが――イジメられていた時に告白して、恐らくとても傷付いたであろう少女芳香。

 そんな二人を支えてくれていた面倒見が良い麗子。

 何だかんだで自分の事を真摯になって心配してくれたマリアさん。

 

 この四人と紡いだ思い出は全部が全部良い思い出ではない。悪い思い出も勿論ある。でもあんな悪党に処刑されていいような人達じゃない。

 だからこそ救い出したい。


 でも今は―― 

  

「じゃ、一曲歌うね?」


 と、数十人用の広いカラオケボックスで皆と一緒にアニソンを披露する。

 浩との約束通り一緒に遊ぶ事にしたのだ。

 しかし事が事だけにまるで小学生のお別れ会のようになってしまった。

 笑いながら、知らず知らずのウチに涙を流している人もいる。顔を手で覆いながら何処かへ駆け込む者も出て来る程だ。


 これは無理もないことだろうと思う。


 明日自分を含めて死ぬかもしれないのだ。

 

 あのサイバックパークの日のように――大勢の人が、隣りに座っていた人が、仲の良かった友人が、良くしてくれた教師が、叱られてばっかで正直ムカツク奴だったり、気持ち悪くて何を考えているのか分からない人間でも死んでもいいような人では無い人でさえも。


 そんな理不尽な運命が、結末が待っているかも知れない人が極身近にいるから皆悲しみの感情がどうしても剥き出しになっているのだ。


 不謹慎ではあるが――達也はここまで大切に思われている事を嬉しく感じた。

 だからか熱唱している間に雫が零れ落ちる。

 無理して笑みを作ってもポロポロ、ポロポロと溢れ出て来てしまう。


(どうしてだろう――死ぬのが恐くなってる――)


 歌いながらそうなっている自分を感じた。

 死ぬのが恐い――それは人として当たり前の感情だ。だが以前の自分はそうでは無かった。

 その理由は嫌と言う程解っている。自分の人生や自分自身に深く深く絶望していたからだ。


 だが今は違う。


 自分が欲しい物は手に入れた。自分はとても幸せだからだ。


 だが本当の意味で幸せになるのなら――今度は死を受け入れるのではなく、自分自身で死の恐怖を乗り越えて助け出さなければならない。


 例え『どんな結末』が……いや、例え『どんな過程』があろうと最後の最後まで足掻き藻掻き、苦しんでハッピーエンドを掴み取らなければならないのだ。 


(だけど今は――)


 今だけはこの瞬間を、友達と時を共有している今を楽しむ事にした。

 もしかすると不謹慎だとか言われるかも知れない。だけど達也はヒーローである以前に楠木 達也と言う一高校生なのだ。

 きっと薫達も許してくれるだろう――


 そして……


 楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去った。


 皆去り際に思い思いの言葉を投げ掛けてくる。

 不器用ながら上手く言葉を出せない人もいた。だがそれでも言いたい事は伝わった。


「これからどうするんだ?」


「サイバックパークに行かなきゃならないんだ……」


「そうか……」


 浩は何か言いたげな顔だった。

 しかしあえてそれを尋ねようとは思わなかった。

 事前に連絡して待機していた迎えの車に乗り込み、達也はサイバックパークへと向う。





 場所はサイバックパークの格納庫。


 そこで工藤司令官直々に装備の説明をされていた。

 ちなみに古賀博士や戦術アドバイザーの寺門は自分達の装備に掛かりきりで手が離せない状態になっている。

 皆が皆、やり残しが無いように必死になっているのだ。

 それは達也としても同じだ。


「ウイングアーマー?」


「ああ。元々はサイバーシルバーへ搭載予定だった物と強化プランを合体させた物だ。これだけでも従来のサイバースーツの数倍のパワーを引き出せるようになってるし、空中戦も可能。また戦闘可能時間も大幅に増加した」


「それは凄い……」


「またベルトのデバイスにある拡張領域……早い話が武器搭載量を底上げさせた。これにより複数の固有装備を持たせる事が可能となった」


「で? どんな装備が?」


「神宮寺君の要望で制作が進められていたサイバーセイバーⅡやサイバーブラックへ搭載予定だったサイバーライフルを使えるようになっている。とにかく大多数の敵との戦いが想定されているからな。武装は出来るだけ多い方が良いだろう」


「成る程――」


「また今回の作戦は四人の救出にある――その為にはどうしてもサイバートレーラーが必要不可欠だ」


「あの新しいマシンですか?」


 サイバートレーラー。

 白い大きなワゴン車――救急車からサイレンを取り外してパラボラアンテナを括り付けたような外観をしている。

 悪路を想定してかタイヤはゴツイオフロード仕様だ。


「そうだ。災害救助用の移動マシン――セイバーVから得られたとあるデーターを元にある装置が内蔵されている。ある意味このトレーラーこそが勝利の鍵になるだろう」


「つまりそれを守れと?」


「ああ――上手く行けば逆転のチャンスになる」


「そうですか……」


 どうやら勝算はゼロでは無いらしい。

 それだけでも心の不安がグッと下がった。


「寺門君もプロトサイバーで出る。黄山君も協力してくれた――ナオミは……分からん」


「だけど何となく来てくれそうな気がします」


 司令は笑みを浮かべる。


「君も黄山君と同じ事を言うんだな」


「僕も勘ですけどね」


「ともかく来たばっかりで悪いが訓練を受けてくれ――」


「分かりました」


 そうしてその場を離れようとした時だった。


「正直君達にはすまない事をしたと思っている」


「え?」


 突然工藤司令は達也に頭を下げた。


「あの日――サイバックパークでの襲撃から今迄、本当にゴーサイバーでいてくれてありがとう」


「と、突然どうしたんですか?」


「不満はあるかも知れないが、新たなサイバースーツと人員追加の目途がついた。なのでゴーサイバー内でチームを作り、編成する事が可能となった」


「て事は以前よりも負担が減ると言う事ですか?」


「まぁスグにそうなる訳では無いがそうなるな……」


「これで薫達も学業に集中出来そうですね」

 

「そうか……てっきり嫌味の一つぐらいは言われると思ったんだが」


「うんうん。僕達の事を大切に想ってくれているからそうするんでしょう? だからいいんです。それに戦うだけの人生ってのもあんまりじゃないですか」


「君は……」


「変な事言いましたか?」


「いや……」


 本当にあの達也なのか?

 工藤 順作はそう思わずにはいられなかった。

 ちょっと見ない間にまるで別人――子供から大人へ急成長したかのような変貌振りに舌を巻く。


「子供の成長速度とは凄まじい物だな……」


 戦いに備えて訓練施設へと向う達也の背に工藤司令は「若者の可能性」と言う物を感じ取った。 





 サイバックパークで最終調整を終えた時、すっかり空は月明りの夜空になっている。

 帰路へ付こうとした時、基地の前で待っていたのは黄山 茂だった。

 

「送っていくよ――」


「喜んで」


 そう言って茂のサイドカーに乗り、達也はドライブと洒落込んだ。

 

「今から家に帰るのは大変だろう?」


「だけど家族を心配させる訳には行きませんから――それに、何だかんだで最後になるかも知れませんしね」


「君は――何だかネガティブなのかポジティブなのか分からなくなって来たね」


「そうですね……」


「だけど君は変わった。大勢の人に支えられて、立派なヒーローになったと思う」


「そ、そうですか?」


 そんな自覚は全く無い。

 達也からすれば宿敵である鉄十字軍を壊滅させ、そして自分のような人間の面倒を見て、救ってくれた黄山 茂こそ立派なヒーローだと思う。


「ヒーローと言うのはね、ただ敵を倒すだけじゃ本当のヒーローとは言えないんだよ」


「え?」


「人それぞれヒーローに関しての考え方は違うだろうけど、ただそれだけは言える。その終着点があのジェノサイザーだ」


「…………」


「有り触れた言葉だけど……その力を何に使うのかを忘れないでね?」


「はい……」


 それからは一切無言のまま帰路へとついた。

 




 家に帰り、そこで親と話し合った。

 勿論四人の救出作戦について――だ。

 この時達也は親に例え家から追い出される事になろうとも――自分の意見を述べる事にした。

 

 その結果――


「本当に……変わったわね……」


「ああ、あの達也がまるで見違えるぐらいに変わったんだな……」


 と、両親は息子の成長に感嘆の息をつく。

 元引き籠もりだった我が子の変貌振りを+に受け止めたようだ。


「止めないの?」


「正直に言えば止めたいわ。たった一人の息子ですもの」


「だけど、今の達也を見て確信したよ。止めても無駄だって」


「……それでいいの?」


「ああ――知らない僅かの間に、お前は誰にも誇れる立派な息子になった。そんな息子の願いを阻めるもんか」


「いい? 絶対生きて帰って来るのよ? 例えどんな結果になっても――お母さんは達也の味方だから」

 

「そっか……」


 正直拍子抜けする結果だった。

 一見死地に送り出す酷い親だと思えるが、両親はちゃんと考えた末に出した結論であろう事は容易に分かった。

 確信も証拠も無い。

 だけど自分を十数年間――引き籠もりになって多大な迷惑を掛けたにも関わらずちゃんと世話をしてくれた親だ。

 

 この際「居なくなって精々する」などとは邪推しない。

 

 その言葉を真っ向から信じることにした。





 自室へと戻った達也は机に座り、じっと束になった手紙を眺め続けた。

 サイン色紙に書かれた寄せ書きや、応援のお便り――そして万が一の事があった場合にと書かれた薫や芳香、麗子にマリアの手紙も手元にあった。

 

 その全てを読破し――達也は深くこう思った。


 自分は世界で一番の幸せ者なのかも知れないと。


 心の奥底からそう確信した。


(皆……待っててね……スグに助けに行くから……)


 月明かりが夜空を照らす窓の風景へ瞳を移し、彼を誓った。



 そして……決戦の時が来る。 


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