第五章:そして少年は決意する

決戦前夜・前編


 Said 楠木 達也


 助けに行かなければならない。

 

 だが自分に出来るのだろうか?

 

 さっきからそんな事を自問自答している。


『この四人を処刑する』


 ご丁寧にリユニオンの大幹部シュタールはその日時や場所まで教えてくれた。

 そうまでしてゴーサイバーに拘る理由は何なのだろうかと疑問に思う前に達也の頭の中は薫達の事で気が変になりそうだった。

 この情報は当然クラスメイト達や浩達にも伝わっている。もし携帯電話の電源を入れていたらその事を尋ねるために鳴りっぱなしになっていただろう。達也の場合、普段から使ってなかったのが幸いしてそうはならなかった。 


(これが最後の授業になるかもしれない……)


 そんな事を思いながら達也は朝の支度をした。

 相手の言う事を信じるのなら処刑までにはまだ時間がある。

 そして取り返すまでには想像を絶する程の激戦が待ち受けているのは想像するに容易い。


 一応この救出作戦は国防隊だけでなくセイバーVも担当する事になっているがそれでも死ぬ危険性は高いだろう。

 

(不思議な気分だ……)


 自分は死ぬかもしれないと言うのに妙に落ち着いていた。

 一度自殺未遂したせいなのかもしれない。

 そうして朝食を済ませ、家の外に出るとナオミ――ではなく黄山 茂がいた。


「学校まで送って行くよ」


 ニコッと笑いながらサイドカーついたバイク、デンジダーマシンに跨がっている。

 以前茂が言っていた「何時かサイドカーに乗せたい人がいる」と言うのは達也の事だったらしいと知ったのは遂昨日の事だ。


 命の恩人であるにも関わらず殴りまくったと言うのに、達也は何故か茂に気に入られていた。

 その事をおそるおそる尋ねたが、返ってきた返事は「悔しさや苦しみ受け止めたかった」かららしい。どうやら何かしらの暴力行為を受ける事は予想の範疇だったようだ。それを聞いて達也は自分の人間としての器の狭さに溜息した。自分は結局ヒーローなどに向いていなかったのかもしれない――などと自己嫌悪に陥った。


「ところでナオミさんは?」


「さあね……あの人は不思議な所があるから……まぁ何となくだけど助けに来てくれると思うよ」


「勘ですか?」


「うん」


「はぁ……」


 何時の間にか姿を消していたナオミさんはまぁ来てくれればラッキー程度には考えている――


「は~い♪」


 と、流線的なフォルムの赤いオープンカーに乗ってナオミは現れた。噂をすれば何とやらだ。

 それにしてもタイミングが良すぎる。何と言うか逐一監視でもしているのだろうかと勘繰ってしまう。


「あのナオミさん」


「折角だし、学校までドライブしない?」


「と言ってもスグですよ?」


「気にしない気にしない♪」


 本当にこの人は何を企んでいるのだろうか。

 達也は段々と分からなくなって来ていた。





 そうして学校へと辿り着くと二人とは一旦離れ離れになる。

 学校で自分達を待ち受けていたのは質問攻めの嵐だった。しかも記者団まで詰めかけている始末。

 なので職員用のゲートを拝借させて貰って中に侵入した。

 だがそれで終わりでは無かった。クラスメイトが学校の生徒が人質になっているのだ。それが全国中継で晒し者になっているのである。

 そのせいか学校全体がまるでお通夜のような雰囲気になっていた。だがそれも達也が来るまでの話、一斉に質問責めの嵐になった。


「桃井さんは大丈夫なの!?」


「佐々木さんは!?」


「神宮寺は!?」


「皆本当に無事なのか!?」


「防衛隊は何やってるんだ!?」


 てな具合だ。


 正直に言えば達也ですら返答に困るというのが本音だ。

 それに――本当はこうして学校に通うのも気持ち的に辛かった。何せ今頃もずっと貼りつけにされて――ちゃんと寝ているか、食べ物や水を与えられているかどうかすら分からない状況なのだ。本当なら一人でも助けに行きたかった。


 だけどゴーサイバーは自分と後はプロトタイプの二人のみ。古賀博士が作った大型のパワードスーツ、コガイダーもアテになるかどうかも分からない。他には茂を含めても四人、ナオミを含めても五人だけ。

 セイバーVは来てくれるかどうかも分からない。

 無論防衛隊も強力してくれるらしいが達也からすればとても盤石には程遠く感じられた。


 何時ものネガティブな思考では無い。

 れっきとした事実として達也は確信している。


『全校集会を始めます』


 この質問責めの嵐にはこのアナウンスに救われた。

 だがどんな内容を話されるかを想像すると心が痛む。





 体育館に集められた華特高校の生徒達。そして生徒を見渡せる舞台台の上に立った学長(名前は忘れた)が語ったのは思った通り、話の内容は囚われた四人の事だ。正確には囚われている生徒は三人だがそんな細かい事に一々口を出すのも野暮なので黙っておく。それにマリアも華特高校の生徒にとっては命の恩人でもあるのだ。些細な事に口を挟まず、ただ静かに校長の話を聞き入った。


 様々な校長と同じく例に漏れず、この校長も長々と語ったが最後に言い放った「諦めず、無事を祈りましょう」と言う言葉に校長の願いの全てが集約されているように思えた。 他の生徒も同じ事を考えているのか黙祷でもしているかのようにシーンとなった。正に虫の歩く音も聞こえそうな静寂さとはこの事だろう。


 だからか生徒の何人かが啜り泣く音が耳に入る。薫、芳香、麗子もまたこの高校で、戦いと日常を往復する生活をしているにも関わらず絆を紡いで言ったのか目に見えて分かるようだった。


 それが鼓膜を通して体の中へと染み渡るうちに、自分の中で何かが燃え滾ってくるような感覚に包まれた。

 この感覚が正義感と言われるものなのか、それとも闘志と言うものなのか、あるいは使命感なのかは達也に判別出来なかった


 そうして全校集会も終わり、朝のHRへと戻った。

 HRでも同じく担任が囚われた生徒の事に関して言う。だが違ったのは自分には話を振って来た事だ。


「……助けられそうか?」


「助けます」


 自分でも驚く事に達也は即答してみせる。一瞬にして教室の空気が変わったように感じられた。

 

「達也……勝算はあるのか?」


 恐る恐る浩が尋ねてくる。


「分からない」


「分からないって……」


「だけど必ず取り戻しに行きます。楠木 達也として――」


「お前……」


 サイバーレッドとしてではなく、達也は自分自身のために救出する事を自分自身でも知らず知らずのうちに決断した。

 

「だから皆は応援して欲しい――本当はメチャクチャ恐いけど、何故か分からないけど助けたいんだ。この手で、何としても……月並みな言葉だけど僕は絶対助け出したいんだ」


 この時、自分は何故か笑ってそう断言していた。

 それが何故だか自分でもとても可笑しいと実感した。まるでこれでは他人事のようではないか。


(以前の僕だったらこんな事絶対言えなかったね)


 などと心の中で呟き、机の上でさも真面目そうな態度を保った。





 そうしてあっと言う間に時間は流れ、昼休みになった。

 何時もの屋上には普段とは違い大勢の生徒が駆けつけている。学校を巻き込んだ総力戦があったせいで学校全体の団結力が深まったせいなのかもしれない。皮肉にも危険な出来事が少年達の精神に良い影響を与えている結果となっている事に達也は苦笑した。

 

「この騒ぎは何なの?」


 浩を見つけ出し、問い詰めた。


「ああ……ここにいれば何か返って来そうな気がしてな……皆似たような事を考えて集まってるのさ」


「そっか……」


 今なら少し分かる気がした。


 特に人の負の部分と素晴らしい部分を目の当たりにした自分なら分かる気がする。

 人は皆望んで悪になる訳じゃない。周囲の環境だとか悩みだとか事情だとかで何時の間にかそう言う風になってしまうのではないのか? 自分を苦しめたキラーエッジだって、殺そうとしたシュタールだって何か深い事情があってああなったのかもしれない。


 中には憧れを抱き、望んで悪の道へ進む人間もいるだろう。


 だが華特高校の皆が教えてくれた。

 本当は皆、心の奥底に正しい心を持っているんだと。

 あの辛い思い出しかいない中学にもそう言った人は沢山いたかもしれない。だがキッカケさえあったらキラーエッジに立ち向かったこの学校の教師、生徒の様に一丸となって立ちはだかっただろう。今ならそうだと確信出来る。


 ヒーローと言う存在はそんな心を産み出し、守り、伝える事が出来る存在なのではないかと……そう思えてならなかった。


「なぁ達也……放課後時間空いてるか?」


「うん。空いてるよ」


「不謹慎かもしんないけど、一緒にどっかで遊ばないか?」


「喜んで」


「……やけに素直だな」


「この学校の皆が教えてくれたんだよ」


「え?」


「危険なのにも関わらず、皆僕や薫達を受け入れてくれた……それどころか一緒に守り戦ってすらくれた。だから思うんだ。人は皆心の奥底に素晴らしい心を持ってるんじゃないかって……」


「……変わったな」


「そう?」


「なんつーか急に大人びたって感じかな?」


「自棄を起こして現実逃避しているだけかも知れないよ?」


 と、言葉を交わしている間にガヤガヤと周囲が騒がしくなった。

 何せ先日の騒ぎの中心とも言える、主役サイバーレッドが来ているのだ。

 それに囚われた三人の少女の事もある。皆想いは違うだろうがその事について聞きたい事、尋ねたくてうずうずしているような様子だった。

 内心達也は「芸能人ってこんな感じなんだろうな」とか考えていた。


「あのよ……」


「?」


「俺達に……何か出来る事はあるか?」


「え……」


「一緒に戦わせてくれって頼んでるわけじゃないんだ……ただ、こ~じっとられないんだよ! なぁ皆!?」


 浩の言葉に皆が一斉に頷いた。


「突然そんな事言われても……」


「いや、無茶な質問だってのは分かってる。だけど指を咥えてじっとしているのは嫌なんだ! そりゃ俺達は――何の力もないただの学生かもしんないけど、絶対何か……何かある筈なんだ……」


「浩君――」


 形振り構わない必至な形相だった。だからこそ、その熱い想いが達也の胸へ染み渡ってくる。

 その熱意が知らず知らずに伝わったのか達也は浩にあるお願いをする事となった。



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