第10話:VSミミック


 俺の正体を知っているなんて、何者だ、お前? それにこの身体……」


 俺とそっくりの声を出す、擬態虫――ミミックが驚いたような顔で自分の身体を見つめた。


 うーむ、自分に擬態されるって予想以上にキツいな。自分と瓜二つの存在が目の前にいて、しかもそいつを今から倒さないといけないのだから。


「信じられない……あんなに完璧に擬態できるの?」

「でも見ただろ? くそ、一撃で殺せるはずだったのに」


 <勇転>のリシュ村編における、最悪の敵であるミミック。


 リュクシールへと向かう途中だった勇者達は迷った末にリシュ村へと辿り付いた。そこでなぜか歓迎された勇者達は宴の最中に薬を盛られ、眠ってしまう。


 そう。リシュ村はミミックに乗っ取られていて、村人達は既にミミックとなっていたのだ。

 そうして外部から新たにやってきた獲物をも食って擬態しようとしたところ、たまたま起きた勇者によってその正体がバレてしまい討伐される――というエピソードだ。


 そこで唯一生き残っていたエルフによると、栗色の髪の女性が怪我人として運ばれてきてから、村の様子がおかしくなったという。


 つまりそいつが最初のミミックであり、村人達が乗っ取られる前に倒してしまおう――そう俺は考えたのだが……。


「危ない危ない……まさか一人目で倒されるわけにはいかないのでね」


 ミミックが余裕そうな口振りでそう言い放つと、地面を蹴って加速。


「速っ!?」


 ミミックが一瞬で間合いを詰めて、俺へと拳を叩き込んでくる。


 そうだ、忘れていた。

 ミミックは擬態した相手の身体能力をある程度コピーできるスキルを持っていたんだった。

 

 しかしその拳はあっさりと俺の鱗の守りによって弾かれてしまう。


「は?」


 ミミックが間抜けそうな声を出した。


 まあ、そうなるよね。

 ミミックのスキルでコピーできるのは身体能力だけで、スキルや種族特性まではコピーできない。なのでいくら身体能力が俺並になろうと鱗の守りは当然突破できない。


「死ね!」


 横からリゼリアが殺気を込めた炎の斬撃を放つ。


 なんか自分に対して殺気が向けられているようで、凄く嫌な感じだし、死ねとか言っているよこの子怖い。


「くそ、どうなってやがる!?」


 リゼリアの魔法を避けたミミックへと、今度は俺が接近。〝竜爪〟を発動させ、縦に一閃。


 あっけなくミミックが五等分される。


「なら、そっちの女だ!」


 しかしミミックは死なない。五等分に分かれた俺の身体のそれぞれから昆虫の脚が伸びて、再び結合。一瞬で今度はリゼリアの姿へと変身する。


「うげえ……気持ち悪っ」


 自分の姿を見て、心底嫌そうな声を出すリゼリア。分かるよ、その気持ち。


「こいつもなかなか凄いわね!」


 ミミックがリゼリアの姿で、俺へと襲ってくる。しかし、当然魔法も使えないので、その攻撃はあっけなく鱗に弾かれた。


 俺が再びミミックへと攻撃を叩き込むも、やはり先ほどと同じで手応えがない。


「私にそんな攻撃は効かないわよ!」


 ミミックがリゼリアの声で俺を嘲笑する。うーん、ミミックってこんなにしぶとかったっけ。


「私に任せて!」


 リゼリアが業を煮やしたのか、飛び出して紅蓮の魔法を放つ。しかし、ミミックは器用にそれを回避。


 だけども俺の〝竜爪〟と違って回避するということは、それに当たりたくない理由があるということになる。


「火が効くみたいだぞ。なぜか俺の竜爪は効かないが」


 闇属性も付与されているから、仮に俺の知らない防御スキルや耐性があったとしても俺の魔法は貫通するはずなんだけども。


「火はマズいのよねえ」


 ミミックがリゼリアの魔法を全て回避する。リゼリアが竜の眷属になり身体能力が向上したおかげか、それをコピーしたミミックまで動きが俊敏になっている。


 リゼリアの魔法は威力は高いが、全体的に大振りで、素早い相手にはなかなか当たらないようだ。


「ああ! ムカつく! ちょこまか避けるな!」


 リゼリアが無茶を言う。

 というか完全に俺がお荷物になっている。


 だが、そこで俺はある妙案を思い付いた。


「あはははは!」


 余裕の笑みを浮かべるミミックへと俺が強襲。攻撃するのではなく、その身体を思いっきりを抱き締めた。


 中身はミミックとはいえ、外見はリゼリアであり、肌の質感や弾力まで再現されていることに驚く。


 いや、そんなことを感じている場合ではない。


!」

 

 俺は暴れるミミックを抑えたままそう叫んだ。


「……そういうことね」


 すぐに理解したリゼリアが、蒼い炎の一撃をミミックへと叩き込んだ。


 当然、抱き付いている俺も巻き込まれるのだが、こっちには鱗の守りがある。


「ぎゃああああ!」


 案の定、ミミックがだけが炎上し、悶えうつ。


 その時、俺は間近で一瞬変身を解いたミミックを見て、その正体を思い出す。


「そうか……こいつは群体だったんだ」


 ミミックは一匹ではなかった。小さな無数のミミックが集まって、器用に形を変えて変身していたのだ。


 だから、俺の魔法が効かなかったんだ。いや正確に言うと確かに効いていたが、おそらくミミックのうちの数十匹を倒した程度なのだろう。〝竜爪〟が鋭利で鋭い分、倒せた数が少なかったのだ。


 だが、リゼリアの魔法は違う。延焼し何千というミミックを一気に焼き払うことができる。だから、奴は彼女の魔法は避けようとしていた。


 身体の半分以上を構成するミミックがリゼリアの魔法によって死に、ついに変身を解いたそれは――なんというか蠅に似た姿だ。


「で、こっからどうする?」


 リゼリアがそう聞いてくる。


「一匹でも残ると、またどこかで増えてしまう。ここで一匹残らず倒す」

「でもどうやって? 今にも逃げそうだけど」


 ミミックが逃げだそうと羽を広げたのが見えた。


 そこで俺はようやく、勇者達がどうやってミミックを倒したのかを思い出した。


「……そうだった。確かラーヤ姫の結界魔法を使ったんだ」

「結界魔法?」

「そういや、あれも防御魔法かってことは――」


 俺はラーヤ姫が使った結界魔法の描写を思い出しつつ、右手を地面へと当てた。魔力を込めて、イメージする。


 それは外からの干渉の一切を拒絶する壁だ。


「――<聖なる領域>!」


 俺が魔法を発動すると魔法陣が俺を中心に広がり、リゼリアとミミックをも範囲に入れ、小さなドーム状の結界が出来上がる。


 この領域内に外部からの攻撃は届かない、まさに鉄壁の防御魔法だが、致命的な弱点がある。


 それは内部から外部への攻撃も遮断してしまう点だ。


 つまり――


「この中から出ることもできない」

「なるほど。閉じ込めたわけね」


 しかし出られないと分かると、ミミックはその身体を拡散させて、羽虫の大群となってドーム内で散り散りになった。


「結界の効果時間内に全ての俺を倒せるかな!?」


 なんて、雑魚臭い台詞を吐いているが――当然こうなることも俺は知っている。


 だから。


「リゼリア。あとは君が――こ《・》

「できるわけがない! そんなことをしたらお前らも死ぬぞ!?」


 ミミックがそんなことを言うが、残念ながらそうはならない。


「……あんた酷いこと考えるわね」

「それしかない」

「はいはい。それじゃあ――<炎獄球ヘルスフィア>」


 リゼリアの両手から獄炎が噴き出すと、それは極小の太陽となり彼女を中心に球状に広がっていく。


「や、やめてく――」


 結界内全てを焼き尽くしたその地獄の太陽はミミックを一匹残らず焼却。


「はい、お疲れさん」


 結界が解けた瞬間、そこに立っていたのは無傷の俺とリゼリア。


 そもそも俺にはリゼリアの魔法は効かないし、彼女もまた竜の眷属で俺ほどの耐久性はないにせよ、得意な火属性に対しては高い耐性を持つ。


「ほんと、無茶するわね。人間だったらただの自殺よ」

「人間じゃないからな」


 俺はそう言って、肩をすくめたのだった。


 これで一件落着。


 もしミミックを放置していたら、おそらくこの村は完全に乗っ取られ、その後、更なる獲物を求めて奴はリュクシールへと向かっていただろう。


 だからこの時点で倒しておかないと、リュクシールが滅びる可能性があった。


「というわけで、ミッションコンプリート。多分、どっかのタイミングで予言書にここについても書かれるはずだ」

「なるほど……先回りするってのはそういうことなのね」


 だけども、俺はとある不安要素に気付いてしまった。


 例えばミミックのこともそうだが……もっと早く俺が奴の正体や倒し方を思い出していれば話は早かった。


「流石に二十巻分の情報全て覚えていないんだよなあ……」


 俺は思わずそう呟いてしまう。


 もしかしたら忘れている何かのせいで、致命的なミスをしている可能性がある。


「本来なら起こったはずのことを――全て覚えているわけじゃないってことね」

「そうなんだよ……でもそれはもう今更言っても仕方ない」


 今から<勇転>を読み返すことはできない。


「だったら……ある記憶だけを頼りに最善を尽くすしかないでしょ」


 リゼリアがそう、俺を励ましてくれた。


「そうだな。その通りだ。それに一番ヤバい状況が、魔王の完全復活であることは間違いない。だから今の俺達の行動も的はずれではない……はず」

「だったら、行きましょう。もうここには用事がないのでしょ?」


 リゼリアの言葉に俺は頷く。どうやら彼女もあまりこの村に長居したくないようだ。


「すぐにリュクシールに向かおう。それに俺も使える魔法が増えた。結構便利だと思わないか?」

「確かに……火属性が効く相手なら、必殺になり得る」


 俺の結界魔法とリゼリアの範囲魔法のコンボはこれからも使える可能性がある。


「そういう組み合わせも色々考えておかないとな」

「ふふふ、なんだか仲間らしくなってきたね」


 リゼリアが嬉しそうに微笑んだ。うーん、可愛い。


 なんて俺が頬を緩ませた瞬間。


「え?」

「うっ」


 突如空から、膨大な魔力と殺気が降り注いでくる。


 なんだ……これ?


 これまでに感じたことのない――ハルベルト以上のプレッシャーを空から感じる。


 だから俺とリゼリアは、同時に空を見上げたのだった。


 そこには――


「なんで? アギルザルト様の魔力を感じたから急いで来たのに、なんでなんでなんでアギルザルト様は人間の姿になって――?」


 怒れる巨大な黒竜が浮いていたのだった。


 一難去ってまた一難。


 今回ばかりは、俺もヤバいかもしれない。

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かませドラゴンは砕けない ~ラノベ冒頭で瞬殺されるドラゴンに転生、思わず反撃したら勇者が死んだ。 虎戸リア @kcmoon1125

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