第43話


 3機のドローンが私の上空を飛び交う。

 範囲スキャンにより索敵したデータは私のAR視界上に表示され、マッピングされる。

 障害物となりうる使用済みのコンテナや廃棄されるのを待つ機械類が無造作に置かれており、殺風景というよりまるで戦場に近い。

 今、私が手に持ってる訓練用小型拳銃モジュール――USP型がよりその雰囲気を醸し出していた。

 私が操作している戦術ドローンにはアーカム技術が用いられている。

 アーカロイド同様にリモコンなどが無くても私の意思で操作することが可能だ。

 それらもここ、未来新技術研究機構で開発されたものであり、試運用的に私に提供されたアーカロイド用の拡張モジュールのひとつ。

 ほかにも今身に着けているジャケットも訓練用のもので今回は振動装置がついている。

 訓練用小型拳銃を撃っても実際には弾は出ないが、視界上には表示されるということだ。

 池谷もスポーツグラスの様なものを装着していたので彼はARグラスを通して見るのだろう。

 

「はあ……」

 

 なんでこんなことになったんだろう。

 いまさら自分の行動の選択を嘆いても仕方がない。

 彼の挑発を受けてしまったからには、選択を変えることはできないのだから。

 池谷は私と出会ってからずっと喧嘩腰だった。年齢は相手の方が上だが、程度というものがあるだろう。初対面だし。

 同じ所内の職員である南さんもなだめていたが、池谷の言動は止まらない。

 きっと彼にとって私の存在が癪に障っていたのかとうとうヒートアップし、ついには「一戦しよう」と持ち掛けてきた。

 私も言われっぱなしなのは納得がいかなかったので、その一戦で晴らしてやろうと思ってしまったのか、つい、「良いですよ。やりましょう」と受けてしまったのだ。

 南さんは、

 

「あー、始まっちゃったわね」


 という顔をしていたがよくあることなのかその後の準備のための手際がよかった。

 私に銃を含め、必要な装備を渡してくれ、最後に用意してくれたのが、この3機の無音飛行戦術用ドローンだった。

 3機のドローンも適切に運用すれば広範囲のエリア内を地形、障害物など戦術的に必要となるものをスキャンし3次元的に視界内のマップに表示できるのだ。

 視界左上に小さく表示しているマップを時折みながら移動するも、標的――池谷の姿が見えない。

 池谷もこの未来新技術研究機構の職員として何か開発された装備を使っているのだろうか。

 ドローンによるスキャン方法を赤外線などに切り替えても反応がない。

 3機のドローンでも範囲外の場所――いわゆる死角はできてしまう。

 それを計算に入れて、死角になりそうな場所へドローンを向かわせたその時だった。池谷がいると思われる位置から突然、青い光が放たれたのだ。

 ――あれは!? 私は反射的に横へと飛ぶと、私が立っていた場所目掛けて青い光条が貫くように伸びてきた。


「ビシッ!」

 

 まるでレーザーのようなそれは地面に命中すると、鋭い音を立てて跳ね返る。さらにそのまま勢いは死なず周囲にあるコンテナにも当たった。

 ここは研究室内にある実験室。池谷が使っている小型拳銃は私と同じ既製品の訳がなく――きっと改造が施されているだろう。

 再び青い光が放たれる。今度は一筋の線ではなく、扇状に連なって発射された。

 連射したのだろう。お互い使用している銃は同じだ。連射モードと単発モードの2つの射撃モードがある。


「やっぱり……!」

 

 私が躱すことで助かったとはいえ、地面に当たる音は相当なものでやはり池谷は威力増し増しの改造銃を使っている。

 

 ――そんなのあり!?


 なんとか跳弾をやり過ごすも、直撃したらと考えるとぞっとする。

 青い光は実弾ではない。視界上のみ見える疑似エネルギー弾だ。

 しかしそれに当たれば視界上に表示されているHPバー、ゲームでよくある体力ゲージが減少する。

 このゲージが0になるとゲームオーバーだ。事前の説明では当たる箇所によって減り方も大きく変わるとのこと。

 おそらく頭や心臓部分など人間の致命的な部分に当たる場所がそうなのだろう。

 当たり判定はお互いが身に着けている専用のジャケットで計測する。

 当たれば衝撃を感知し、そのデータが待機室で見ている研究員のモニターにリアルタイムで届き、ゼロになったその瞬間「終了」わ知らせるアラームが室内に響きわたる――。

 このジャケットも開発中の代物らしく、使用用途はよくわからないが今回の衝撃センサー以外にも様々な機能のセンサーを取り付けることができるそうだ。

 私は視界左上に小さく表示されているマップをズームアップさせ、3機のドローンを池谷の元に向かわせた。

 確かアーカロイド用の拡張モジュールにはドローン操作以外にも、簡易予測機能が取り付けられていたはず。

 2回の射撃で池谷の位置はおおよそ補足した。反撃しよう。

 私も訓練用小型拳銃――USP型のセレクターを連射モードに切り替え、撃つ。


「ババババババッ!」


 私の銃口から放たれた鮮緑の閃光があたりを照らす。

 扇状ではなく、直線状に集中して進む6筋の線はコンテナ付近の壁際に当たり直角に跳ね返った。

 これは正確な射撃を狙ったものではない。

 牽制を兼ねたものだ。コンテナの奥にいるであろう、池谷を移動させるためのもの。

 同時にドローン3機によるエリアスキャンをかける。

 私の牽制に動きを示せば、正確な位置を発見できるはずだ。

 すると、赤い点滅が光った。ドローンBのスキャン範囲内だ。その赤い点滅は右側に移動していた。

 ドローンを3機とも周辺を囲うように展開させる。

 全方位スキャンによる観測時間には制限がある。およそ10秒というところだ。スキャン時間10秒が過ぎると、リチャージタイムとして60秒待たなければならない。

 スキャン以外にもカメラモードもあるが、それを使うには私自身が立ち止まって操作する必要がある。それは危険だ。

 10秒以内に相手の姿を見つけなければならない。

 マップ上の点滅はまだ動いている。池谷は右側のコンテナ群の裏にいるようだったが、私の視界上には見えない。

 私はドローンB、とドローンCを移動させつつ、正面に向かう。

 その間もUSPで適時、牽制射撃を行う。連射モードで撃ったため、すぐに弾切れとなった。

 池谷も目隠し射撃――照準を覗かず、銃だけこちらに向ける撃ち方で応戦してきた。

 私はマガジンキャッチボタンを押して弾倉を排出させ、すぐさま新しい弾倉を装着した。

 私はそのまま右側へと慎重に近づいていく。

 すでにスキャン時間は終了している。そのため、もう赤い点滅はマップ上に表示されていない。だが、先ほど牽制で少しは足止めできているはずだ。

 タイミングを見計らい、ドローンAを高速で左側に移動させ、回り込ませる。これはブラフだ。右側からの攻めを切り替え、左側に移動したと思わせるもの。

 一瞬でもドローンAに気を取られ、顔が向いてくれれば良かった。

 私も右側のコンテナ横から勢いよく飛び出す。だが、予想外のことが起きた。


「わぁっ!?」

 

 飛び出した瞬間、私は何もないところで足をとられた。周囲に躓くようなものはないが、確かに衝撃があったのだ。

 

 ――まずい、このままでは転んでしまう。


「よっ、と!」

 

 その場で手を突き、アーカロイドのアシストによる大きなロンダートを切る。

 その時、上下が反転した視界の中で違和感を捉えた。私が躓いたあたりの場所の空間が歪んでいたのだ。

 私にアーカロイドの拡張モジュールとして3機のドローンが渡されている以上、違法改造された小型銃以外にも池谷も何か持っているはずだ。

 私は思い出した。

 最初に行った、ドローンによる赤外線スキャンで反応がなかったことを。

 

 そういうことか――。

 

 両足が付いたと同時にさらにもう一度地面を蹴り、後方宙返りバク宙を切り、距離を開ける。映画とかでよく主人公がやるから、私の中でその技の強いイメージはできていた。

 だが、その一瞬が私の死角になった。

 その一瞬に見えないから何かが飛び出し、空中へと跳躍した。

 何もないと思われていた空間がべりっとめくれるかのような情景が目前に広がり、そこから池谷の姿が現れる。

 池谷はブランケットのようなものに身を包んでいたのだ。光学迷彩か……!

 仕組みは分からないが、ブランケットの一面で周りの風景と同化させていたようだ。


「このカラクリをよく見破ったな……!だからと言って君の勝ちという訳ではないけどな」


 池谷の銃口が向けられ引き金に指がかかっている。私の足はまだ空中だ。着地までおよそコンマ8秒ほど。辛うじて体の向きを正面に向けることができただけ。

 足が地面についても今の体制では構えることができない。

 

「くっ……」

 

 池谷の銃口の向きから可能性のある射線をいくつか予想する。

 だが、完璧に予想できるわけではない。

 それらの平均をとり、射線を一本強くイメージするとそれは赤いラインとして表示された。


 位置は――首あたり。

 これは頭にあたる可能性もあるぞ。

 頭部なら体のバランスが崩れていても首は動かすことはできる。

 

 ――それなら……何とかなる!


 私の足が地面に着くと同時に青色の光弾が向かってくるが、位置を予測していた私はそれらを首を逸らしつつもさらにそのまま体を落としていく。

 それは普段の私にはできないこと。

 

 ――アーカロイドの私だからできること。


 バレリーナのようにその場で前後開脚をし、体を完全に安定させた状態で今度は私が引き金を引く。

 何発もいらない。それは狙いを捉えた必中の一発――。


 ――だった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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