第42話

 地下三階へ着くと、エレベーターを降りた。私は南さんの案内に従って施設の地下三階のフロアを歩く。

 各部屋はすべて透明のガラスで隔てられていて、中の様子を見る事ができるようになっていた。

 そのため、それぞれの職員の作業風景が見て取れる。

 私は彼らの作業を横目に見ながら南さんの後に続いた。すると、どこからか声がかかった。


「君が例の技術の使用者か。おいおい、まだ学生じゃないか!? こんなんに任せて大丈夫なのか? ……うちの機構も終わったな」

 

「ちょっと、池谷君。その言い方は失礼ですよ」


「失礼しました……室長。ですが――」


 これはきっと形式的な謝罪だろう。本心から謝罪しているようには感じられなかった。

 初対面の私にいきなり失礼なことを言ってきた職員――池谷と呼ばれた男性は、なおも不満な顔をしていた。

 南さんは無言の圧力でまだ何か言いたげな池谷を黙らせる。この様子を見て私はあまり歓迎されていない、ということだけは分かった。

 私はあの日、好奇心だけで旭川博士が開発したアーカロイドに試乗したが、池谷の物言いからはあのアーカロイドには私が知らない技術がつまっているのだろう。

 だからこそ、私のような素人が新技術を扱っていることによく思われないのかもしれない。

 言い方はきついが池谷の思う気持ちは理解できた。

 あの日、私の家の前で南さんと伊坂さんの話を聞いて、協力してくれる味方だと思っていたが、一定数は池谷のように思っている人もいるんだ。

 正確には派閥がある、ということか。

 親私派と反私派――。悲しいな。

 

「ですが、何か起きてからでは遅いですよ? 今までも世に公表されていない新技術を見てきましたが、彼らはその技術を扱う技術者だったから何かあってもともに対処できました。彼女はどう見たって素人じゃないですか。若さの力で一応、あれを扱えているようですが」


 池谷の追撃は止まらない。彼は言いたいことは直接言ってしまうタイプなのだろう。本人を目の前にしても気にしている素振りはない。完全に私のことを敵対視している様子だった。

 私のいないところで陰口を言われないだけマシ――と思いたいところだけど、ストレートに言われるとズキッとくるものがある。

 何か起きてからでは遅い――池谷はそう言ったが、すでに問題が起きていることを認識している私は冷や汗が出ていた。

 南さんも特にその点には触れないように気を付けて言葉を選ぶ。


「この研究機構はたくさんの問題に対処してきた長年の経験と知識の蓄積があります。それらを持ってすれば何かあっても対処できるでしょう。それとも池谷さん、あなたは対処できる自信がないんですか? それにさきほどから失礼なことばかり言っていますが、彼女は――加野さんは、あの旭川博士の指示を受けて使用しているんですよ?」


 まだ例の組織に狙われ始めていることは伝えないつもりだが、私にとってそれと同等以上の話を池谷に暴露された。

 それに南さんは話を盛りすぎだ。私はまだ旭川博士とまだ直接お会いしたことはない。アーカロイドは旭川博士というより弟子の三輪大輔の指示だ。

 それにしても旭川博士の名前を出せば、池谷に対してどうにかできるものなのだろうか。だが、池谷は私の予想の斜め上の反応をしていた。


「あの……旭川博士の指示だと? 俺だってまだ……」


 ――まだ彼からそんな指示を受けたことないのに、か? 池谷は開いた口がふさがっていない。驚きすぎだ。

 先ほど彼から受けた鬱憤を晴らすためにピースして誇らしげにしたいところだが、私は博士との関係性は浅いため、控えることにした。

 余計なことをしてしまうと、池谷の私への期待値が上がってしまう。

 

「ええ。だから彼女のことを甘く見ない方がいいわよ」


 池谷にそう告げると、南さんは私の方を振り向きながら何か企んでいるかのように口角を上げた。


 「へ……?」


 南さんの表情を見て私は変な声が出てしまった。

 

 

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