第40話 真っ向から立ち向かわなければ、何も変わらない

「詩絵ちゃん、ほんとにありがとう~!感謝だよ」


 私は二人と合流すると椿さんの猫――こたつを椿さんに渡した。しかし、すっかり私の腕の中でくつろいでいたこたつはなかなか離れてくれなかった。


「もう、こたつ。こっちだよ――って、完全に詩絵に懐いちゃったね」


 丸まっているこたつは薄目を開けたかと思うとすぐに目を閉じた。どうやら寝ているふりをしているようだ。

 数時間前に私と椎名は椿さんから彼女の家で飼っている猫がいなくなってしまった、という連絡を受け一緒に探すことにしたのだ。

 普段の散歩コースから考えるに捜索範囲がとても広くなりそうなことが予想された。

 そのため、私たち3人で範囲を手分けして探したところ、私が向かったエリアの公園でこたつは見つかった。見つけることができたのはほとんどそこの公園で出会った盲目の男性のおかげだったが。

 彼はとても不思議な人だった。

 ともかく、椿さんの猫が見つかって良かった。大事な家族が理由が分からずに急にいなくなってしまうのは悲しいことだ。私だったらもう二度と帰ってこないんじゃないか、と不安で押しつぶされてしまうだろう。

 

 私と椎名は椿さんのと彼女の家の前で別れると、帰路に向かっていた。

 歩きながら椎名は私の方を振り向き、

 

 「加野さん、改めてナイスファインプレーだったよ」


 「椎名、ありがとう。見つかって良かった」


 椎名とグータッチをする。探すことができたのは3人いたから、というのもある。一人だったら大変だろう。


 「加野さんの表情が明るくなったね。実は少し落ち込んでいた気がしたから……心配してたんだ」


 「ありがとう、もう大丈夫だからね」


 椿さんからの相談を受ける前までは、私の心はずっと縮こまっていた。この件を解決したからか気持ちが前向きになった気がした。

 椎名と二人でどんなところを探したか話ながら歩いていると、Y字路の前まできた。

 私たちの家は方向が違うからそれぞれこの分かれ道で別れることになる。

 また今度、と椎名と手を振りながら別れ、私は自宅へ帰る方向へと足をすすめた。


 家に着くころには、日は完全に落ちて暗かった。灯りは道端になる街灯がほのかに照らすだけだ。玄関に続く門の取っ手に手をかけた。それを下ろそうとしたとき、誰かに声をかけられた。


 「あなたが加野詩絵さん?」


 私が振り向くとそこにはグレーのパンツスーツに身を包んだ女性と、隣には背丈は低く若い――同じくビジネススーツに包んだ青年が立っていた。

 女性の方は笑顔なのに対して青年の方はむすっとしていて正面を向いていない。無理やり連れてこられた、というような感じだ。

 だが、二人からは謎めいたオーラが漂っていた。

 路上には一台の車が止まっていた。


 「はい、そうですが」


 私の口から本人だと確認が取れると、女性は静かに一歩前に出た。


 「私は未来新技術研究機構の南 佳葉子と申します。そこでは新技術の動向や可能性を研究したり調査をしています」


 彼女はそのように名乗ると冷静な表情を崩さず、相手の反応を見つめているようだった。

 

 ――未来新技術研究機構?

 

 私は内心、動揺していた。 心臓の鼓動が高鳴り、体中が火照っていた。


「……どうして私のところへ?」


 自分を落ち着かせ、まず彼らが私のところへ来た理由を聞くことにした。


「最初に伝えておきますが、私たちはあなたに害を及ぼそうとは考えていません。――先日、川底で発見された……」


 その時、女性の言葉を遮り、前に出た人物がいた。先ほどまでむすっとしていて正面を向いていなかった青年だ。


「ここからは俺が話す。先日、我々が川底で一機のアンドロイドを回収した。……それは驚くほどあんたにそっくりなアンドロイドだった。はじめは本当に人が川に落ちたと思っていたよ。調査をするうちにここまでたどり着いたというわけさ。まあ、俺たちは以前からこの技術の開発される可能性は予想していたんだが、もうすでにできていたとはな。だが、我々がすぐに見つけられたということは、こうした新技術はあらゆるところから狙われる。お前も狙われているんだろ?何者かに。俺はそこの南さんと違って新技術を守るのが仕事だ。悪い奴らの手に渡り、技術を悪用されないために。おそらく間違いないと思うが、あれは人の目の届かないところで秘密裏に動く危険な組織だ。俺も――その組織を調査している。もし、協力してくれるっていうなら、あのアンドロイドは返してやろう」


 青年が話し終わると、静かに聞いていながらその横で今か今かとタイミングを計っていた女性が動く。


「伊坂!初対面の人にそんな言い方しないで!印象悪くして協力してもらえなかったらどうするの!?」


 と、女性に青年は掴まれて揺すられていた。青年の名前は伊坂と言うらしい。私は伊坂さんの話だけでも正直ついていけていないのに、目の前の状況が目まぐるしい。最初の一風変わった謎めいたオーラもどこかに消えている。

 私が二人の様子を遠目で眺めていると、彼女が急にこちらを向き直り、先ほどの笑顔とは裏腹に表情が一変させた。


「失礼しました、加野さん。先ほどの無礼をお許しください。まだ状況が呑み込めていないかもしれませんが、もし、ご協力していただけるのであればぜひ私たちと来ていただきたいです」


 


 

 ――19時。


 目を覚ますと私は伊坂さんが運転する車に乗っていた。私は後部座席でうたた寝をしていたようだった。私が起きたことに気が付いた南さんは助手席から私の方へ振り返った。


 「夕食時にごめんなさい。親御さんも心配しているかもしれませんし明日も学校があるんでしょ?」


 南さんは申し訳ない、という表情だった。本当は話だけでもできれば良かったみたいだが、私が話を聞いて興味本位で――今から行っても良いですか、と言ってしまったばかりにこうなってしまった。


 「いえ、お気になさらず。母には遅くなると伝えていますし、遅くとも明け方には戻れれば大丈夫です。それに……これは私にとって大事なことなので」

 

 南さんたちにとっては、さっそく次のステップに進めるためありがたいらしいが、高校生を夜中に連れまわすのは気が引けるようだった。何かあったら自宅に帰る途中ということにしよう。

 少し仮眠を取ったら少し疲れを取ることができた。

 車の窓ガラスから外を眺める。車窓の外を流れる風景は、一定のリズムで通り過ぎて行く。ぼんやりとした山々のシルエット、遠くで灯る街の灯り。それらは一瞬で過ぎ去り、同じような風景がまた現れる。

 今は、どうやら高速道路を走っているようだ。

 しばらくすると、出口を示す大きな看板が見えてきた。出口までの距離が示されていた。


「次、降ります」


 運転していた伊坂さんがつぶやく。

 左折して高速道路を出る。ETCを抜け、街の中心部へと車を走らせていく。


 新技術の監視と評価を担う未来新技術研究機構は、私の居住地からほど近い隣りの市街地の中心部に位置し、その施設は近代的な研究開発拠点として設けられていた。周囲には大学や研究機関、産業団地などが存在し、夜になってもまだ灯りが消えない高層ビルらも立ち並ぶその場所は先端技術の研究者やエンジニアたちが集まる、まるで知識のオアシスだと言えるだろう。

 車を専用の駐車場に止め、車を降りると建物へと向かった。

 建物の外観はガラス張りで内部は最先端の設備と施設で充実していた。広々とした研究室や、先進的な実験場、機能的な会議室があり、その中で専門家たちは情報の収集や分析に没頭していた。周囲にある大学や研究機関とも連携しながら情報の交流が活発に行われるのだろう。この場所は、未来のイノベーションの温床として、新たな可能性を追求する人々の集まりとなっていた。


 

 私は二人に案内されて地下へと続くエレベーターに乗った。


 「ここの敷地内にある他の建物のことはまた後日説明します。あなたに見せたい物があります」


 エレベータのドアがゆっくりと開く。私は南さんと伊坂さんに続き、エレベーターから出る。彼らが私に見せるように左右に退くと、目の前には地上では見たことがない機械類が多数、置かれていた。


「これらも新技術の結晶だ。まだ調査中で悪いけど機密の物が多いから詳しく見せることはできないがな」


 二人にに連れられながら、区画を移動する。そこはベルトコンベアが引かれ、大きな物を移動できるようにもなっていた。

 とある一室の前まで来ると、南さんと伊坂さんは立ち止まった。


「ここからは君の領域だ。このドアを開けるといい」


 伊坂さんからカードキーを受け取ると、ドアについている読み取り装置に差し込んだ。

 ランプが緑に点灯し解錠の音がすると、ドアがスーッと静かにスライドした。


 目の前の奥の壁際には大きな四角い装置に入った、直立姿勢の私がいた。


 ――私のアーカロイドだ。



「このアンドロイドは水につかっていたが水も抜いて綺麗にしてある。変にいじってはいないが、簡単な動作確認はしてある。壊れていなかった」


 きれいにしてくれたんだ。

 その時来ていた服は交換され、白を基調としたボディースーツのようなものを着せられていた。


「……ありがとうございます。でも、この装置は一体?」


 アーカロイドが入っている装置は旭川博士から三輪さんのところに届いたものより、大型のものだ。


「この装置はアンドロイド含め機械類をメンテナンスするときに使われるものだ。俺らも新技術の研究もするがある程度整備もできるよう設備は整っている」


 私はバックパックからUDP――アーカロイドと接続するための機器を取り出した。だが、その手を南さんは優しく押さえた。


「加野さん、ごめんなさい。時間も遅いのでそろそろ帰らなければならないです。そして今日はそのアンドロイドを私たちに預からせてください。私たちが見つけてしまった以上正しく評価しなければならないけど――この件が終わったら私たちの依頼を受けてくれるなら正式にお返しします。まだ開発者の許可もいただいておりませんし。これが先ほど言った協力していただきたいことです」


「どのような内容ですか?」


 私の元に戻ってくるなら何でもやるつもりだった。


「依頼と言っても性能を直接見たいだけです。これはあなただけしか使えませんから。性能テスト――使用しているところを見せてください。我々の監視のもと行うので安全は保障します」


 そういうことなら、いいか。奴らの手に渡る前に回収してくれたんだし。この建物の中にも公開されていない多くの秘密が眠っているんだ。私も隠す必要はない。


「分かりました。この件が終わったらご協力します」


「ありがとうございます。私たちも加野さんのお力添えできるようご協力しますね」


「よし、決まりだな。まずは組織の情報を集めよう。そして奴らの陰謀を阻止するんだ」


 

 未来新技術研究機構――。どんな目的で何をするところなのか、具体的な活動内容など彼らのことはまだ分からない。

 だが確かなのは、ヒナや旭川博士、三輪さんを助けるためにはここから得られる強力な援助が不可欠だということだ。

 田中が関与しているだろう組織との争いはいつ終わりとも見えない。しかし、私はアーカロイドが描く未来を守り抜くと決めている。

 それがアーカロイドと出会った今の私の役割であり、使命だから。

 

 ――もう、逃げない。戦ってやる。


 私はそう固く決意をし、自らの未来に一歩踏み出した。

 





※第二章はここで終了となります。ここまで本当にありがとうございました。三章が始まるまでしばらくお待ちください。

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