第39話 アーカムプロジェクト


「接続解除(アーカム・アウト)!」


 ヒナはカプセルホテルのベッドの上でアーカロイドの接続を解除するコマンドを唱えた。コマンドを唱えると、ヒナの意識はホテルから研究施設の一室にいる元の身体の方へと戻っていった。

 戻ってきた。先ほどまで彼らに追われていたが、今は安全な場所にいる。ヒナはまるで自分の家にいるような安心感に満たされ、ホッとしていた。

 アーカロイドに接続する前、用事がある、と旭川博士と別れ、ヒナは個室へと案内された。しばらく自由にするといいと言われていたため、その時間を利用してアーカロイドに接続することにしたのだ。

 リクライニングしていた車いすの背もたれを元に戻すもいつもより長時間接続していたため、体がフルダイブ酔いでかなりふらついた。人間がもつ、五感が取り戻され感じていなかった情報が一気に入ってきたことで情報量の差を感じたためだろう。


「うっ……。少し気持ち悪いかも……」


 今すぐにでも移動したいところだが、この状態で移動するのは良くないだろう。血行を良くするため体を伸ばしたりして動かしていると、身体の感覚が戻ったのか気分もよくなった。

 室内を見回すと普段は多目的室としての利用を想定されているのか、大きな家具類は無くノートパソコンが置いてあるラックや簡易な机があるだけだった。ノートパソコンからはコードが何本も伸びており、先端についているパッドはヒナの身体をモニタリングするために装着されている。アーカロイドに接続するなら、と言われ付けていたが接続中に身体に異常が出れば知らせるようになっているのだろう。

 それらを外すと、ヒナは自走用車いすの後輪の外側についている、ハンドリムを回し車いすを扉の前まで動かした。

 ドアの施錠を解錠すると、ドアの扉が自動で開く。冷たい風が部屋に吹き込んできて、初めて部屋が一定の温度に保たれていたことを知った。

 温度はアーカロイドでは感じない。手元に羽織るための上着もなく、先ほどとの感覚の違いに困惑するも肌寒さを我慢して父――旭川博士を捜すため、ヒナは車いすを走らせた。


「お父さん――どこにいるの?」

 


 ヒナが博士と共にこの研究施設を訪れたときは案内係の者がいたため、借りた空き部屋まで問題なく来ることができた。しかし今はそのような人々の姿はなく、ヒナはフロアに設置された案内図を頼りに、来た道と思われる廊下をひとりで走らせていた。いくつもの角を曲がると、ロの字型の開放的な吹き抜けが視界に入ってきた。ヒナ左に曲がろうとした瞬間、急に人影が飛び出てきた。


「きゃあっ!」


 通りがかった人にぶつかりそうになり、ヒナは慌てて車いすを急停車をする。


「――すみません」


 ヒナに声をかけられた女性は、彼女を見て驚いた顔をする。


「って、あなたは旭川ヒナさん?なんだ、モニタリングの機械をご自分で外されたのね」


 彼女はここでは働く研究員のひとりなのだろうか。息を切らしながらも、心配そうな顔をしていた彼女の表情も状況が分かりほっとしたのか笑顔が見えるようになった。


「はい、ごめんなさい。勝手に外してしまいました」


 勝手に装置を外したため、正常だった数値がいきなり変わったことで異常を検知したと思い、驚いて駆けつけてきたということだろう。でもよかった。


「あの――お父さ……旭川博士はどこにいますか」


 私の質問にその研究員は体の向きを変えると、吹き抜け奥に見えるその視線の先にある大きな重厚そうな扉を指示した。


「旭川博士ならこの次の角を右に曲がった部屋にいますよ」


 ヒナが曲がろうとしていた左側とは反対の方向だった。


「……ありがとうございます」


 ヒナは彼女にお礼を言うと、車いすの向きを変え右側へと曲がり、その扉を目指した。

 



 ヒナが扉の前に着くよりも先に扉が開いた。中から出てきたのは旭川博士だった。


「良かった、戻っていたのか。アラームが鳴ったから驚いたよ。少し立て込んでいてすぐに行けなくてすまない。代わりに彼女を部屋に向かわせたが――」


 彼女と言うのは先ほどぶつかりそうになった女性の事だろう。


「――さっき、角で会ったよ」


「彼女は加藤沙耶。大学時代から一緒に研究を行っている研究員だ」


 普段、研究のことはあまり話さないのでヒナとしては新鮮だった。父がアーカロイドのことを長い間研究をしていた時から、今まで携わってきた研究内容にヒナは興味を持っていた。食事の時に自室から出てきた時しかゆっくりと話す時間がなかったが食事の時くらいは別の話の方がいいだろうと、ヒナなり気を利かせ、特に触れないようにしていたからだ。


「他にもいるの?」


 こうして自分から話してくれたことがヒナはうれしかった。


「ああ、いるさ。だがその話の続きは中でするとしよう」


 博士の後を追い、室内に入るとそこでは多くの人が慌ただしく動き回っていた。肌寒かった廊下とは違いここは熱気があった。彼らの情熱や熱量を感じた。


「今、こうして動き回っている彼らもそうさ。今まで話してこなかったが、。そして――」


 


「ここが我々アーカムプロジェクトの本拠地ベースだ」


 Unmanned Humanoid Remote Control Machine(無人人型遠隔操作機械)――略称、UHRCoM (アーカム)。

 

 フルダイブ技術を使い、機械に五感を接続して、人の意思で機械を動かす技術の原型。旭川博士はこの技術をアンドロイドとして人間に模して作ったのだ。

 田中はあの時、村雲財団のものだと言っていた。どこまでが本当か、自分自身で確かめなめればならない。


「――そしてこの技術を狙う者がいる」


 旭川博士は厳しい顔で言った。


「そのことなんだけど、ごめんなさい。――実は」


 ヒナは友達に会いに出かけてから起こった出来事を話した。田中に見つかり、逃げ回っていたことを。


「そうか、もうすでにやつらの手がそこまで伸びていたのか。気づかなくて悪かったね。実は前々から私たちのシステムに小さい攻撃を仕掛けられていたのは把握していたんだが――我々で対処できる設備が整っていたこともあり、手に負える範囲だと思っていた。だからヒナに心配させたくなくて伏せていたんだ。ここにきて奴らが動いてきたと思っていたが、もっと前から私たちは思い込まされていたというわけか」


「ヒナのアーカロイドは今どこにある?」


 彼はヒナはアーカロイドをどこにおいて接続を解除したか、尋ねた。


「カプセルホテル……まずかったかな。帰りたかったんだけど駅周辺は封鎖されていたから。でも彼らから遠く離れたところにあると思うけど……」


 ヒナの発言に驚き困ったような顔をしたが、何とか事態を打開するための策を練るために、深く考え込んだ。


「あの――旭川博士。少しよろしいでしょうか」


 すると一人の男性研究員が手を挙げた。


「彼らはどうやら綿密に計画を練っているように思えます。カプセルホテルにあるアーカロイドが見つかるのも時間の問題かと。娘さんの安全を考えると、もうその場所には戻らない方が良いかと」

 

 彼の考えを聞いた、博士は少しの間、考えると頷いた。

 

「確かにそうかもしれないな。ヒナ、残念だけどあのアーカロイドは二度と接続できないと思った方がいいだろう。実はもう一台予備のアーカロイドもあるが、それを使用するのは事が収まってからの方が良いだろう。何よりヒナが無事でいてくれてよかったよ」


 博士は言葉を切ると再びヒナの顔を見つめる。だが、ヒナの気持ちは博士の期待していたものとは全く異なっていた。

 

「……ということはアーカロイドは合計で3体あるの?」


 唐突なヒナの疑問に博士は驚きの表情を浮かべた。


「……それをどうして知っている?」


「だって、アーカロイドを使っていたのは私だけじゃなかったから。ずっと気づかなかったけど……彼女もそれを使っていた。その子はあの時、私を助けようとしてくれた大切な友達。詩絵、今も無事だといいんだけど……」


 

 


 

 


 



 


 

 



 


 

 

 

 


 

 

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