第37話 いつ前に進むべきかは、自分自身がおしえてくれる

 私は公園に着くと、公園内を見回した。

 夕方に差し掛かっているからか、子供たちの姿は見えない。小さいころに遊んだことがあるようなブランコや滑り台があって懐かしく思えた。


「よーし、隅々まで調べるか」


 私はひとり意気込むと、草木が生えている茂みの間などかき分けながら探した。


「ここにはいなさそうね」


 滑り台の影になっているところや、山の形をしたドームの中など猫がいそうな場所にあたりをつけながら遊具などの下ものぞき込んだ。


「ここもいないか」


 次はどこを探そうかあたりを見回していると、ベンチに座っている一人の男性が目に入った。その男性の手には杖を持っていた。

 彼の様子から少なくとも私が来るまでの時間は座っているかもしれない。何か知らないか聞いてみるのも手だ。

 私は男性に声をかけるため、近づくも男性は座り、顔をうつむかせたまま振り向く様子を見せない。

 よく見ると、目は閉じている。寝ているのかな……?

 私は男性に恐る恐る声をかけた。


「あの……すみません」


 私の声に反応し、その男性は顔を上げた。彼はまだ目をつむったままだった。

 もしかしたら、見えていないのかもしれない。


「私に何か用かね?」


 男性は自分に用があると理解したのか、やっと返事をしてくれた。


「このあたりで猫を見かけませんでしたか?」


 私の問いかけに男性は考えるしぐさをした。


「うーん……猫ねぇ」


 しばらくすると、男性は何か思い当たる節を思い出したのか再び顔を上げた。


「ああ、そういえば確かに今日猫が来ていたよ」


 その男性の言葉に私は内心ガッツポーズをした。やっと手掛かりになりそうな情報を手に入れることができたのだ。


「わぁ!それは本当ですか?」


 男性はおもむろに横の方を振り向くと、杖でベンチ横の茂みの方を指し示した。


「今も、あそこにいるよ」


 男性の行動に驚きを隠せなかった。彼は何でそこに猫がいるって分かったの?

 今すぐ茂みを確認したいという衝動もあったが驚きの余りつい、男性に聞いてしまった。


「あの、どうして分かるんですか?」


 だが、男性は予想外のことを言ったのだった。


「それは、私に声をかけてきた君の方が知っているのではないか?」


 私は男性の言ったことを聞いて目を丸くした。やっぱり……。でも。この時、私は男性が言った内容の半分は理解していた。

 だが、とても言いづらいことだ。


「失礼な発言でしたらすみません……。あなたは盲目なのではないでしょうか」


 だが、私の発言を気にも留めない様子で男性の表情は少し笑顔になった気がした。


「よい、よい。まさに君の言うとおりだ。それにしても盲目だとよく分かったね」


 言いづらさを感じながらも、さらに私が分かった理由を答えてみる。


「分かった、と言ってもなんとなくです。いま持たれている杖もそうですが、あなたは音で周囲の状況を把握しているのではないですか?ただ、私が近づいたときに反応を見せなかったので確信は持てませんでしたが……」


 男性は私の答えに満足した様子を見せた。


「素晴らしい洞察力だ。感心しちゃうね。そうだな――反応しなかった理由は近づいてくる者、全員が私に用事があるとは限らないからね。目の前を通るだけの者もいるだろう。もし私が近づいてくるものすべてに反応していたら、前を通りづらくなるだろう?」


 私はうなずきながら男性の言うことに納得した。


「確かにそうですね。では実際は、あなたにはこの公園全体を把握できているんですか?」


 私の疑問にまた驚くようなこと言う男性。


「ああ、もちろん。目が見えない分、視覚以外の大量の情報を私は感じることができるんでね。もちろん、君の感情の変化も分かったよ。驚きや不安が入り混じっていたが、もっと気楽にしてくれていい」


 私はただ驚くことしかできなかった。


「……そのような能力がある方、本当にいたんですね。漫画の世界だけだと思ってた」


 だが、男性はさらに深いことを語りだした。


「世の中にはいろんな人がいるからね。――君にはまだ見えていないだけでね。私が考えるに――普通に会話しただけでは分からないこともある」


 男性のその話を聞いて私はまだ知らないことだらけだな、と感じていた。

 そういえば、と唐突に男性は、先ほどの猫の話題に戻した。


「猫はまだそこの茂みにいる。2匹いるようだが、どちらが君の目当てのネコか見てみるとよい。私が思うに手前の方だと思うがね」


「いろいろ教えていただき、ありがとうございました」


 私は男性にお礼をいうと、猫がいる茂みにそっと近づいた。茂みを覗くと、確かに男性の言う通り2匹いた。こたつの他にいたもう一匹は雌猫のようだった。2匹の猫は互いにじゃれ合っていた。


「こたつ~見っけ」


 こたつは手前にいた。だが、彼はこたつの位置――もっというと私が探している猫の方まで分かったのだろう。私の中にはそんな疑問が浮かび上がってきた。


 ふと、男性の方を振り向くと、そのベンチには誰も座っていなかった。公園の横を一台の黒い車が通り過ぎて行った。

 

 私は、スマホを取り出し、グループメッセージを送る。


「『こたつ、公園にて発見。連れて帰るね』、と。よし、送信!」


 すぐにメッセージは既読になり、椿さんから感謝の返信が来た。


『詩絵ちゃん、さすが!ありがとう~!感謝感謝 』


『加野さんすげぇ!やったな!』


 私は二人から来たメッセージを見てほほ笑んだ。茂みに戻り、こたつを抱きかかえる。


「お楽しみのところ悪いけど、飼い主が待ってるからね。行くよ」


「ニャォォ……」


 私に抱きかかえられたこたつは寂しげな声で鳴いた。そんな声で鳴かれたら……私は戸惑ってしまうよ。


「もう、そんな声で鳴かれたら連れて帰れないじゃない」


 その時、私はふとこたつ達と、ヒナを重ねていた。


「……急に別れが来るのは寂しいよね」


 しばらくここでゆっくりしてあげようか、と思っていると、もう一匹の雌猫はこたつに近づくとほおずりをし、ゴロゴロと小さく鳴いた。その顔はどこか満足気な様子だった。

 こたつも立ち上がると最後に雌猫の方を振り返り、尻尾を振ると私の方へと自らの足で近づいてきた。


「え!もう、いいの?そうか……君たちは固い絆で結ばれているんだね。だから、離れ離れになってもまた会えるから大丈夫なんだね」


 私はもう一度こたつを抱きかかえた。


「じゃあ、帰ろっか」


 私はこたつを目の前に持ち上げると、こたつに向かって誓った。


「こたつ、私も前を向くよ。待っててね、ヒナ」


 こたつは私にまるで「頑張れよ」と言ったかのように優しく鳴いた。


「ニャー」

 

 私とこたつは元来た道を引き返すように歩みを進めた。


 目の前に夕日はちょうど地平線へと沈もうとしていた。

 


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