第36話 絶望から脱するにはまず手近の一つから果たしていくこと

「椿さん、遅れてごめんね」


「悪い、遅れた」


 放課後になり、私と椎名は椿さんと合流した。


 「もう来てもらったのは私の方なんだから、謝らないで!急に呼び出してごめんね」

 


 放課後、教室の外のテラスで椎名と話していたら彼のスマホに椿さんから連絡が来た。

 そのメッセージによると、いつも家に帰ればいるはずの猫がいなくなっていたとのこと。


 「……ちょっと、加野さん。俺と協力してほしいことがあるんだけどいいかな」


 こうして私は椎名からの頼みを聞いて協力することにした。

 だが、あのメッセージだと詳細なことが分からない。まずは椿さんにもう一度詳細を聞かなければならない。


「椎名から、椿さんの飼い猫が逃げたって聞いたんだけど」


 状況を本人の口から確認するため、もう一度質問をしてみる。


「今日、家に帰ったらいつも出迎えてくれるこたつが迎えに来なかったの」


 こたつ、というのがおそらく椿さんが家で飼っている猫の名前だろう。椎名もそのことを理解したらしく、話を進めた。


「散歩とかじゃないのか。猫って自由気ままに勝手に外で歩くだろ?」


「そうなんだけど、散歩の時間の時はいつも家にいるの」


「私たち3人で探せばきっと見つかるよ。むしろそのつもりで私も来たし」


 落ち込む椿さんの表情を見て私は、どこかに行ってしまった猫を一緒に探そうと提案する。


「俺も探すの手伝うよ。いつもはいる時間に急にいなくなるのもおかしな話だよな」


 探す、と言っても具体的な方法が思いつかない。闇雲に探してもあまり良い方法とは言えないだろう。


「椿さん、お散歩はいつもどこら辺に行くのかな?」


 行動範囲を知るために私は散歩コースを聞くことにした。


「平日は家の周辺とか回ることが多いけど、休日は公園とか少し遠くまで行くかな」


 私がスマホの地図アプリを開き、椿さんはそれを見て大まかな位置を教えてくれる。椎名も私のスマホをのぞき込むと、


「結構広いな」


 とつぶやいた。自宅を中心にすると、半径3キロ程度になる。確かに広い。


「今の話からすると範囲はこんな感じかな?」


 だが、大まかな場所が分かれば、捜索範囲にあたりをつけて絞ることができる。椿さんの話から私は、可能性のある範囲を円で示してみる。


「うん……普段の散歩コースを考えるとそんなん感じかも。あ、でもこの辺りはほとんど行かないね」


 椿さんは私が描いた円を4等分した右斜め下のエリアを指さして言った。これで範囲は若干狭まった。


「すごいな……。これで大まかな範囲が分かったな」


 椎名も感心していた。でも問題は割り振りだ。


「これは大体半径3キロくらいの円だから――。3等分しても一人が担当する範囲が広いけど大丈夫かな」


 私の疑問に、椎名は腕時計を確認する。


「まだ、暗くなるまでに時間はある。その間に探せるところまでやってみよう。担当エリアをくまなく探す必要はない。きっと重点的に探すべき場所があるはずだ」


「そっか!どのエリアにも路地や公園なんかもあるね」


「……なんだか、君たち探偵さんみたい」


 確かに。手にしている情報から分析して予想する――。やっていることは探偵に近いかも。


「3人寄れば文殊の知恵っていうだろ。こたつを絶対見つけようぜ」


「ありがとう、二人とも!見つかるといいな」


 そうだ、と私は捜索を始める前にやらなければならないことを思いつく。


「椿さん、連絡先交換しよう。これから3人とも別れて探すってことは何かあった時に連絡する必要があると思うから」


 私はスマホの画面を操作して、コミュニケーションアプリ『コネクト』を開く。

 自分のQRコードを椿さんに見せ、読み取ってもらう。


「これが私の連絡先ね」


 椿さんが読み取ると私のアカウント画面が表示された。


「詩絵ちゃんのアイコンおしゃれだね」


 私のラテアートのアイコンを見て椿さんはそんなことを言った。


「これ、私がラテアートに初めて挑戦したときの写真なの」


 以前喫茶店で開店何周年かのイベントが開催されていた時に、ラテアートの体験会が行われていた。私は興味本位で参加したのだった。


「そうだったんだ。加野さん意外と器用だな」


 話をしながらも私はグループを作り、素早く2人を追加する。準備も大事だが、日が沈むまでというタイムリミットがある以上、悠長にもしていられない。椎名と私は話し始めたころから連絡先を追加していたし、椎名と椿さんも以前から繋がっていたようだ。

 2人の連絡先がそろったのでこれで準備は完了だ。


「じゃあ、お願いします」


 椿は改めて頭を下げた。椎名はそれに右手を上げて応える。椿さんのお母さんにはもし猫が帰ってきたら連絡をしてもらうように、椿さんに頼んである。


「私はこっちだから行くね」


 円を4等分した左上を椎名、右上を椿さん、右下は普段いかない場所とのことで保留、左下のエリアを私が捜索することになった。

 私たちはそれぞれ移動を開始した。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る