第33話 何かを選ぶということは、何かを捨てるということ。

 なんとか田中の手から逃れ、混雑したショッピングモールを駆け抜けていた。フロア内に田中の仲間もどこかに潜んでいるかもしれないので、なるべく一人にならないよう、ヒナは機敏に他のお客さんに紛れ込み、何とかショッピングモールの外に逃げ出すことができた。


「これからどうすればいいのかな……。一度お父さんのところに戻ろう」


 携帯での連絡も可能だが、アーカロイドのデータを読み取る装置を持っている彼らなら何らかの方法で通信の傍受も可能かもしれない。ここは直接お父さんのところに戻るのが良いだろう。

 アーカロイドのデータを奪われてしまった。でも詩絵は助けることができた。博士――お父さんから、アーカロイドは雨程度なら大丈夫だが、完全防水じゃないから水には気を付けるように、と言われている。そのため、川の中に落ちれば自動的に接続は解除されるはずだ。これで詩絵は助かる。


 ――あの時、まだ私といた田中は詩絵を追いかけることはできなかったはず……。

 

 屋上でヒナは田中との交戦を避け、詩絵を逃がすことを優先した。そのためヒナは自身の守りが甘くなってしまい、その隙を突かれてしまった。

 詩絵を逃がす際、体勢を気にする暇がなくヒナは田中に背中を向けてしまったのだ。その一瞬だった。その隙に首付近に田中が持っていた端末を突き付けられた。


「……っ!いや、やめて!」

 

 その端末はアーカロイドのデータに接続するための物のようだった。端末が触れた瞬間、あらかじめ設定されたプログラムが起動したのか、外部からの侵入を感知したアーカロイドは警告を視界に表示させた。

 内部で何が起きているのか分からなかった。この端末の影響でとくに体の動きに支障がでたわけではなかったので、田中はデータの複製をしたのだろうか。ヒナの身体から田中が押さえていた手が離れる。

 田中はデータを復元できたことで油断をした様子をみせた――。一時的に警戒が解かれたのが分かった。

 ヒナはその隙を見逃さなかった。勢いよく体を起こすと、頭を振り上げる。衝撃を感じた。ヒナの頭は運良くも田中の顎に当たり、田中は痛みにもがいていた。


「痛てぇな……おい!何しやがるんだ」

 

 その隙にヒナは田中から離れ屋上からショッピングモール内へと繋がるドアを開け、階段を駆け下りていく。人が大勢いるところを目指し、紛れることで少しでも身を隠した。

 詩絵と協力して一緒に反撃し、田中を追い詰める選択肢もあった。しかし、逆に二人ともやられてしまっては意味がない。また田中を追い詰めたことで彼らの仲間を逆上させ、ヒナたちだけでなく家族にまで手が及ぶ可能性もあった。それを避けるため、ヒナは単独での行動を選んだのだ。

 田中が詩絵に向かっていったときにヒナは選択に悩み、葛藤していた。どちらを選ぶのが正解かは正直分からない。だけど、詩絵が傷つくのだけは嫌だった。だから詩絵をひとり逃がす選択をした――。

 この結果がどう転ぶかは分からない。選択した以上、これから起こることを受け入れなければならない。


 

 ショッピングモールから外に出ると、体を隠れられそうな場所を探した。だが、周辺には田中の手下らしき人たちがいる可能性もある。

 状況が確認できていないうちは迂闊に動くことはできない。

 運よく外は暗くなり、その雰囲気はヒナを上手く隠した。追手が周りにいるが、この暗さを利用すればその間に移動を開始することができるかもしれない。

 ヒナは物陰に隠れると、顔を少しのぞかせて様子を伺った。

 スーツを着た人や制服を着た学生、友人と私服で歩く人など服装はばらばらだが一見すると怪しそうな人物は見当たらない。だが、警戒心が強くなっている今、普段しないであろう行動は意外にも目に付くものだ。

 不必要にキョロキョロする人やインカムを通して連絡をする者が数名。


「彼らが男の手下ね、およそ5人ってとこか……」


 彼らは見回しながら歩き回っていたが、ヒナがいる場所は警戒しておらず、気づいていないようだ。


「――今なら、チャンス……!」



 ◆ ◇ ◆ ◇



 田中は部下の情報を元にあたりを探索するも、時刻は過ぎるにつれてあたりが暗くなり、ヒナの姿が見えにくくなりつつあることに苛立ちを感じていた。

 田中はインカムを通じて手下地に指示を出すが、焦りを隠すことができず、つい声が荒くなってしまった。


「……見つかったか?」


『周辺には彼女らしき人物はいません』


「……周辺をもっとしっかり探せ!」


 ショッピングモールを中心に包囲網は完全に張ったはずだった。見つからないはずがない。

 ちくしょう……。痛てぇ。

 データを奪うため、ヒナと交戦し、押さえつけたときに反撃を受けてしまい、顎を痛めてしまった。


「一体どこに逃げやがったんだ……」


 夜になるにつれ、飲食街を目指す人通りも多くなり、たとえ、周辺にヒナがまだいたとしても捜索は困難を極めそうだ。


『人通りも多くなりましたし、紛れていたとしても見つけられません!』


 部下の声がインカム越しに聞こえてくる。部下の連絡を受け、田中は予定変更を視野に入れることも考え始めた。そもそも包囲網を張ったといっても、暫定的に集めた人員のため捜索人数が圧倒的に足りないのだ。今すぐ応援を呼ぶことはできない。明日改めて人員を拡大して、さらに捜索範囲を拡大しよう。だが、駅に逃げられたらまずい。今日は駅周辺の警戒を強めつつ、翌朝に調査を再開だ。やむを得ない。


「予定変更だ。今日はいったん中止にし、明日範囲を拡大して捜索を再開する!!各自、各自警戒を怠るな!」


『了解!』


 

 ◆ ◇ ◆ ◇



 その頃、ヒナはすでに追手たちの警戒網の外にいた。人が多いところに紛れ、ひとまず宿を探す必要がある。

 ヒナは彼らが包囲しているところから南下すると、居酒屋や飲食店が立ち並ぶ繁華街を目指した。


「そこに行けば、人が多く集まるからうまくいけば隠れることができるかもしれない……」


 視界上に地図を表示させ、人が多そうな場所を目指し歩みを進める。繁華街の周辺には駅もある。在来線や新幹線も頻繁に動いており、多くの降車客が集まる。

 仕事終わりのサラリーマンも多く、彼らは駅をでると周辺の飲食店に入って行った。ヒナの予想は当たっていた。


「すみませんっ……!」


 人通りが多く、ぶつかってしまいながらも通りを抜けていく。海鮮居酒屋や鉄板焼き、焼き鳥やなどが両隣にあり、屋台のオレンジ色に光る灯りが何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

 ここは昭和の飲食街をテーマにバブル期の元気ある空間を見事に再現していた。


「この体じゃなかったらすぐにでも飛び込めるのにな……!」


 自身の身体で詩絵と一緒に食べ歩きを楽しみながらここを通ってみたかった。せっかく仲良くなれたのに、詩絵を助けるためとはいえ、屋上から突き落とす選択をしてしまった。

 詩絵がアーカロイドを操作していると分かったからとった行動だったが、改めて考えるとアーカロイドとしても彼女もUDPを通して意識を接続しているのだ。これでは彼女との繋がりを自らの切ってしまったようなものではないか。


「私はなんてことをしてしまったんだろう……」


 詩絵とはもう二度と会えないかもしれない。しばらく学校へは行けないが、復帰できたとしても、最初のころと同じ詩絵とは話さない日常に戻ってしまうのだろうか。



 

 重い足取りで歩いているとカプセルホテルを見つけた。周りには値段が高そうなホテルが多かったがここなら良さそうだと、思ったヒナはフロントに足を運んだ。普段なら事前予約で少し割引されるカプセルホテルだが、事前に宿泊を想定していなかったため突発的に利用することとなった。それでも、手持ちのお金から考えて漫画喫茶かなるべく安価なホテルをが妥当な選択だろうと思って探していたので、偶然目の前にカプセルホテルを見つけることができて良かったと言える。

 今はアーカロイドの接続を解除して一旦お父さんの元へ戻ることが最優先なので、寝心地など細かい部分にこだわる余裕はなった。一時的にアーカロイドを安全において置ける場所さえあればそれでいい。

 フロントでチェックインを済ませたヒナは、自分のカプセルへと向かった。カプセルホテルには鍵はない。ベッドが法律上、家具として扱われているためらしい。所持品も特に貴重なものは多くなかったのでロッカーに入れ鍵をかけるだけで十分だ。


 大まかな準備を終えたヒナは仕切り用の厚手のカーテンを下ろし、ベッドに横たわった。

 ――なんとか追手からは逃れることができた。ここももしかしたらすぐに見つかってしまうかもしれない。だが次は一刻も早くお父さんの元に戻らなければ。詩絵とは別れ、一人で戦う道を選んだのだから。


 目を閉じて、接続を解除するためのコマンドを唱えた。



「――アーカム・アウト」


 

 

 

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