第30話 乱入者

「ついに見つけたぞ。旭川ヒナ。俺がその続きを言ってやろうか。村雲財団の試作機プロトタイプなんだろ?それ」


 田中の言葉にヒナが息を飲む。そして彼女はちらりと私のほうをみた。


「……」


 私は言葉を失った。田中の口から出た言葉――村雲財団とは何だろう。アーカロイドとの関係性が分からない。三輪さんは特にそのようなことは言っていなかった。

 それにヒナはさっき、私に何か打ち明けようとしていた。私も彼女に言うつもりだった。もし、この男が来なければ。

 この状況で、私も自分の秘密を明かすことでヒナを助けられるかもしれないと思ったが、田中が私の秘密をどれだけ知っているのかは分からない。私が打ち明けることで、田中が何か始める引き金になる可能性もある。

 それに――私が秘密を明かすことはヒナにとってショックを受ける可能性もある。そうなれば彼女はさらに混乱してしまうかもしれない。

 だからヒナには申し訳ないけど、話がどう転ぶか分からない以上、私は今は黙っていなければならない。しかし、それだからこそ、ヒナを助ける行動をとらなければならない。

  また、ヒナに話そうと思っていたアーカロイドのことを言うタイミングがなくなってしまった。

 でも、なぜ田中はアーカロイドのことを知っているのだろう。


「何の話ですか?」


 ヒナは慎重に田中に問いかけた。


「はじめは分からなかったぜ。旭川ヒナ――君のそれがロボットだったとはね。この写真は君だろ?」


 と田中は一枚の写真を見せた。そこには制服を着て学校へ登校中の少女――車椅子に座った旭川ヒナが写っていた。


「この写真が撮られたのは3ヶ月前の8月だ。でこっちが普通に歩いていたときの写真。秋季休みの時だろ?」


 その写真のヒナは私も知っている。あの日だ。私が初めてアーカロイドを使って外に出て、ヒナを見かけた日。その日、ヒナが来ていた服だった。


「旭川ヒナ。俺が後ろから追いかけていたことに気づいていたんじゃないのか?逃げるように歩いていたよな?」


「それは……誰だって追いかけられたら逃げるよ」


 ヒナの声は震えていた。


「……跡を付け回して写真を撮るなんて最低ね。それに、それがヒナとどんな関係があるんですか?」


 私は田中に対して冷たく言い放つ。


「事故が原因で脊髄を損傷した人がほんの数ヶ月で完全に治ると思うか?」


「ヒナが頑張ってリハビリをしたから、歩けるようになったってことも考えられるじゃないですか」


「いや、無理だ。最初は旭川博士が何か新薬を開発していたと思っていた。それ以外に考えられなかった。しかし、ある物を見て驚いた。今、君と旭川博士は研究所を離れているんだろ?」


 田中はニヤリと笑った。


「まさか、研究所に侵入したの?」


「侵入するのは簡単さ。その手に強いやつがいたんだ。パソコンのデータやサーバーの情報も見させてもらった。それで分かった。君が新薬によって歩けるようになったのではなく、旭川博士が秘密裏に開発していた技術によって歩けるようになったと知った。調べていたら面白いことが分かったぜ」


「村雲財団は、将来有望な技術の研究をしている各国の多くの研究施設に資金援助をしている。技術提供を受ける代わりにね」


「それが私と何の関係が……?」


 ヒナの声は震えていた。


「それなら――君の父、旭川博士はある技術を開発した。その技術は約10年前の事故で怪我をして歩けなくなってしまった娘を助けるためだった。だが、この話には続きがある。旭川博士にこの技術のことを持ち掛け、アドバイスをしたのは村雲財団だ。……村雲財団は何を作ろうとしていたんだろうな」


 なるほど。田中の狙いは分からないが、私の頭の中でピースが組み合わさり始めた。そうだ――。

 こんな技術を一人でつくれるはずがないと以前思ったことがあった。開発には多くの協力者や研究施設が必要だ。そして開発資金。娘のためとは言え、多くの人間を動かすためには資金が必要だ。その資金提供をしたのが「村雲財団」だった。そして援助をする代わりに

 やはり裏では巨大プロジェクトが進められていたんだ。だが、田中と村雲財団との繋がりが分からない。

 ヒナはうつむいたまま、茫然としていた。当然だ。お父さんが自分のために開発してくれたと信じて疑わなかった、自身の身体を支えるアーカロイドという技術が、村雲財団という巨大組織の裏に隠された目的の一端を担っていたなんて想像だにしなかったからだ。

「ヒナ、大丈夫だよ。私がついてるから。落ち着いて」、とヒナに向けて声をかける。田中の目的が何であれ、私がヒナの側にいることは変わらない。


「だが、小娘。君も安心できないんじゃないか?」


 と私に向かって言った。彼の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。勝ち誇ったような顔だ。私の隣にいるヒナはどういうこと?、と彼の言葉が意味するところを理解できず、混乱した表情で私を見つめていた。

 私がヒナに伝えたかったアーカロイドのことが、最悪のタイミングで、最悪の形で知られることになるとは、思いもよらなかった。


「新技術の結晶―――― UHRCoM (アーカム)というだっけか?フルダイブ技術による遠隔で人の意思で動かすフルダイブ型ブレインマシン・アンドロイド――それを博士は、2つ作り上げていたことは知っているよ。そして、そのもう1つの送り先もな。2つ目は三輪大輔の自宅へ送られていた。三輪は旭川博士の一番弟子だよな。そしてある日を境に三輪の家に頻繁に出入りするようになった人物がいた。それが君だよ、小娘。そして今、旭川ヒナの隣で君も接続しているんだろ?」


「詩絵……あなたもだったなんて」


 ヒナは驚いた顔で私を見ていた。ずっと黙っていた私は言い返す言葉がない。


「……ごめんね、ヒナ。言い出せなくて」


「ここに二人で来ることを予見していた人がいるんだ。あの方の先見の明は本当に素晴らしい。これでデータが2つ手に入れることができる」


「データ?――もしかしてAIと融合させるつもり?」


 私は挑発するように田中に問いかけた。これでいい。


「おい、おまえ……俺たちの計画をどこまで把握してるんだ?」


 かつて私はロボットの頭脳に当たる部分をAIに委ねるべきなのか、やはりアーカロイドのように人間が操作するべきなのか――考えたことがある。

 そして三輪さんから聞いたアーカロイドのデータ、機能に関わる動作データと、ブラックボックスに保存された、操作者の行動データ――つまり送受信されたログについても。

 もし、これまでの操作者の行動ログとAIが融合すれば……。アーカロイドについて考えていた時に感じたあの漠然とした不安感の根源がこれだったのかもしれない。

 田中の話を聞いて一つの可能性が思い当たった。このような利用方法もあるのだと。

 だから、私は賭けに出た。そして、その賭けが見事に当たったようだ。

 

「さあね」


「……そうか」


 田中は彼の冷淡な表情を隠すことなく、私の方へと歩みを進めた。私が組織の計画を知っていると思ったのだろう。組織の計画の邪魔になりそうな人物から始末するのは当然だ。接続している私自身に今すぐ危険が及ぶことはない。だが、ここで接続を解除してしまうと私のアーカロイドが相手の手に渡ってしまうことになる。田中は背中に背負っていたバックパックから何かを取り出した。きっとあれが何らかの方法でアーカロイドの情報にアクセスするための端末なのだろう。三輪さんもメンテナンスをするときに使用していたような気がする。

 彼がボタン1つで私のアーカロイドの情報を奪うのは時間の問題だ。私が何とかしてヒナを守らなければならない。

 しかし、その時ヒナが予想外の行動を起こした。


 「えっ!?」


 彼女は私の方へ駆け寄ると私を抱きしめて屋上の壁へと押し寄った。


 「逃げて、詩絵!」


 ヒナの声は私にはっきりと届いた。ヒナの顔からは彼ら組織と一人で戦う覚悟を決めているようにも感じた。


 「ヒナ……。だめ、だめだよヒナ。一人で戦おうと考えないで!」


 私はヒナの腕から逃れようと必死にもがく。ヒナはそれを許さない。ヒナの決死の力なのか、アーカロイドの力なのか分からないが、強い力だった。


「これは、私の家の問題。これ以上、あなたが関わってはだめ。――私ね、もう1つのアーカロイドをお父さんがどこかに送っていたのは知ってたよ。それを私と同じ年頃の女の子が使ってたらな、とも思ってた。それが、まさかあなただったなんてね。私はそれが分かっただけでも嬉しかったよ。……もっといろいろ話したかったけど、あなたには逃げてほしい」


 ヒナはそれだけ言い切ると、私を屋上からそのまま突き落した。ここ屋上の西側はその下に川が広がっている。私は背中側から川に向かって落ちていった。

 ヒナが遠ざかっていく中、疑似的に感じる浮遊感と風を切る音だけが私の耳に届き、景色がどんどん遠ざかっていく。


 詩絵はただ下へと落ちて行き、遠ざかるヒナの姿を見つめ続けることしかできない。


 私は川に落ち、一瞬の間に白い水しぶきが周囲に広がった。身体は一瞬、抵抗を感じるが、すぐにそれは水の抵抗に取って代わられ、下へと引きずり込まれていった。

 世界は音を失い、視界が水色に塗り替えられる。視界上には水没を表すアイコンが点滅しアラートだけが鳴り響いている。太陽が反射する水面を眺めながら暗い川底へと沈んでいった。

 私はヒナをひとり屋上に残してしまった。ヒナに孤独に戦っていくことを選ばせてしまった。その現実を変えることができなかった。

 

 私は無力だ。私はやはり何もできなかった。何も変われていなかった。

 アーカロイドをもってしても何もできない自分に何ができるというのか?


 私には水面に上がろうという気力さえもすでに失われていた。ゆっくりと漂いながら私の身体は川底についた。

 

 より重く感じる水圧だけが私にのしかかり、そしてアーカロイドとの接続が切れた。


 真っ暗な世界の中で、声は聞こえなかったがアーカロイドが読み取ったヒナの最後の言葉が、私の頭の中に反芻していた。


 


  ……ありがとね、詩絵。


 

 


 


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る