第9話 交差③

<詩絵サイド>

 

突如、視界中央に表示された先程撮ったばかりの写真――集団がちょうど交わりそうになっている歩行者たちの写真の中央左上あたりで、一人赤く囲われて表示された人物がいた。その人物――ピンクベージュのセミロングの髪型の少女は人の波に揉まれながらも渡ろうとしているところだった。

 彼女は周りの人たちの間をかき分けるように、隙間に手をぬうように伸ばしていてその顔はまるで平静を失っていうような表情をしていた。

 写真を閉じると、人混みの中に紛れる彼女を探す。

 ……いた。身長はおよそ150cm弱だろうか、見えたり隠れたりする彼女の頭を見つけた。だが、見たところ彼女は、どこか慌てふためいているようにみえる。どうしたんだ……?アーカロイドの不調でもあるのか?

 彼女は横断歩道を渡り終えると、大通りを目指すように歩みを進めていた。やばい、このままでは見失ってしまう。

 私はアーカロイドを使用している彼女に、――旭川あさひかわヒナに会って、聞きたいことがある。今、ちょうど目の前にいるんだ、話したい。

 私はもと来た道を戻るように歩道橋の階段を降りていった。階段を降りた先の目の前には、人だかりができていた。さきほどヒナと同じく横断歩道を渡った人たちだろう、合流したのだ。

 この中に入るのか……。嫌だな。

 ――でも。私は意を決するとその中に飛び込んでいった。


「すみませんっ、通ります。――あ、ごめんなさい。通りますっ!……っ、通してください!」

 

 アーカロイドのおかげで苦しさは感じないが、生身の体でこんなに大勢いるところに入ったら押しつぶされていたところだ。私ももまれながら人だかりの中を歩いた。

 旭川ヒナは、ヒナはどこだ!?まずい、見失ったか?いや、確かピンクベージュの髪色だから光の当たり方によっては目立つはず。少し背伸びをしたりしながらあたりを見回した。

 そうだ。私は先ほど撮った写真を左上に表示させると、その画像の中からもう一度旭川ヒナを探す。

 人混みの中で揉まれている彼女――この人を探すんだ。頭の中に旭川ヒナの容姿をたたき込むと、再びあたりを見回した。

 そして――見つけた。前方右側。通りをさらに渡っていた旭川ヒナをシステムが強調表示した。だが――。

 ん、あれ?

 彼女と同じ方向を目指しているような、いや、彼女の行く先に着いていくように後ろからあとをつけている人物がいる。

 彼――黒髪で短髪のサラリーマン。中肉中背にみえるが、彼が着ているYシャツに少し余裕があるように見えるあたり体型はやや痩せ気味。

 彼の位置は彼女より数メートルほど離れてはいるが、体の向きはしっかりと彼女の方を向いている。

 なんか怪しいな。

 私は旭川ヒナを追う、彼のあとを追うことにした。


 



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


<ヒナサイド>


 

 ――はっ、はっ、はっ。


 私の歩みを進める足は未だにスピードを落とさない。こんなに長く歩き続けたのはいつぶりだろうか。

 それはあの日――お父さんと天体観測をしに、山を登りに行った日以来だ。その日は百年に一度の大流星群が出現すると言われ、「見たい、見たい」と駄々をこねた私のためにお父さんはその流星群を見るため、付き合ってくれたのだった。きっと散々なわがままな私に対してお父さんは呆れていただろう。そんな顔をしていた気がする。だけど一緒に出かけようと決まってからは嫌な顔をせず、楽しそうに私の手を引いて山の山頂を目指して歩いてくれた。自宅までの帰路は車の中で私は眠ってしまったが、行きと帰りも運転してくれたお父さんは内心では疲れていたに違いない。

 だがあの日以降、お父さんと一緒に星を見に行くことはなくなった。私の足は翌日動けなくなるほどの筋肉痛になったのを今でも覚えているが、もうそれも感じることはできない――。あの楽しかった日は記憶の中にしかない。

 その日から私は一人で星を見るようになった。だが、まだ車を運転できない年齢だった私は足が無いので自宅のベランダから星を見ることが多かった。

 その日もあの日と同じように夜空には星が満開だった。冬だっただろうか。あの日みたような流星群は見られなかったが、その代わりに冬の大三角が大きく夜空に輝いていた。

 満遍まんべんに輝く星空の中から私は冬の大三角の起点となる星を探した。オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスは結ぶことができたが、こいぬ座のプロキオンがちょうど屋根にかぶり見えない。真上を見上げても隠れてしまっていた。

 どうしても3つの星をこの目で結びたかった私は、ベランダのてすりに手をかけ、身を乗り出したのだ。そして身を捩ってよじって見上げると、そこにはプロキオンがあり――冬の大三角を結べた、と思った矢先、私の体は虚空へと落ちていた。手すりを掴んでいた手を滑らせてしまったのだ。空中で何度も手を動かし、何かしらにつかまろうとあがいた記憶はあるが、その後のことは覚えていない。気づいたら病院のベットにいた。

 医者によると、落下の衝撃により腰椎ようついが損傷してしまっているとのこと。それを聞き、私の頭は真っ白になった。


 ――そして、その日以降、私の両足は動かなくなった。

 

 お父さんは私の足が動かなくなったと分かりショックを受けていた。当然だろう。もう二度と歩けないのだから。

 でも「また歩けるようになるから、大丈夫だ、頑張ろう」と声をかけてくれて勇気づけてくれた。

 正直、私は諦めていたが、お父さんの言葉を信じ、リハビリを頑張った。ゆっくり、ゆっくり時間をかけてリハビリをした。学校の友だちも最初は何人かお見舞いに来てくれた。だがリハビリが何年も続くと、次第に来なくなった。それでも私は頑張った。お父さんは何度でも応援してくれたから。

 でも私の足が一向に良くなる気配はない。すでに私は絶望していたが、もう回復の見込みは無いと医者から言われたとき、さらにどん底に落ちた。私は自分の足で歩くことは一生無いのだと思った。それ以降、私はリハビリをするのをやめた。

 車椅子生活がはじまり、なれるまでは苦労した。周りの目線や周りに迷惑がかからないように配慮することが一番辛かった。

 同時にその日からお父さんは部屋に引きこもった。ご飯を食べるときや、ときおり声をかけてくれることはあったが部屋に引きこもる時間は次第に増えていった。

 お父さんは創薬会社を設立し、国の認可も取ると地下に研究室を作った。

 それから1年、また1年と過ぎていき、私の車椅子生活が始まってから8年がたったとき――。


 私はあの地下3階の研究室に呼ばれた。一度も関係者以外の人を入れることがなかった研究室に。何かの研究をしているのは知っていたが、まさかこんなものとは、私のためにこんな素晴らしいものを作っていたなんて。

 その日から私は再び歩けるようになった。もう回復の見込みは無いと医者から言われ、絶望していたのに。私は自分の足で歩くことは一生ないと思っていたのに。

 この足は――このアーカロイドは私を絶望から希望へ導いてくれた。だが、これだけ歩いてもその空白の時間を取り戻すことはできない。

 だけど、今もずっと追いかけてきている追跡者ストーカーを振り払うことはできる。道路を横切るため、車が来ないことを確認する素振りをしながら追跡者の同行を確認する。距離はかなり離れている。あいつもなかなかしぶとい。大通りを目指しながら人が多いところを目指し、歩いてきたがまだ後ろにいるということは、私のあとを追っていることは確実だ。なぜ追ってきているのかは分からない。

 

 もしかしてこの技術が知られているのか?もし知られているとしたら、どうして知られた?わからない。

 知られるとしたら、誰かに見られていたとか?まさかあの研究所に――。


 もう一度後ろを振り返り、追跡者ストーカーとの距離を測ると目の前の細道に入った。携帯の地図を見るとこのあたりは細い道が多く、まるで迷路のようだ。曲がる角によって別々の出口に繋がっている。私がどこを曲がるか分からなければ同じ出口に出る確率は低いだろう。ここは逃げるには格好の場所だ。

 曲がった先の2本目の角を左に曲がり、途中の角は無視しそのまま突きあたりまで進み、その分かれ道を右に行き、そしてすぐの曲がり角を右に入ると、裏通りに出た。

 これで追跡者は巻くことができただろう。アーケードに入り、休めるところを探す。気が疲れたのだ。体は疲れているわけではないが、緊張しっぱなしで精神的に疲れてしまった。

 その場でしゃがみ、しても意味のない、ため息をつき深呼吸を二度する。吐くことに意識を集中させていると少し気持ちも落ち着いてきた。

 携帯の地図を確認する。どうやらこの先進めば元の大通りに出ることができるみたいだ。そしたら家に帰ろう。お父さんも心配しているだろうし。

 よいしょ、と立ち上がり、地図に示された道を進む。

 目の前から人が現れると何食わぬ顔ですれ違うが、ついびくびくしてしまう。でもあの追跡者ではない。ただの通行人だ。何人もの人とすれ違うと、人通りの多そうな道が見えてきた。

 これで完全に逃げ切ったぞ。早く帰ろう――お、ナイスタイミングだ。

 目の前にバス停がある。右手からバスがやってきた。手を上げ、乗車の意思を示し、ちょうどやってきたバスに乗ると、背中を向けて座れる席を探す。これでやっと帰れる。私は一安心しながら帰路についた。

 

 

 

 




 


 

 

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