第8話 交差②

 外を出歩く、と言って三輪さんの家から出て行ったが、いつも家に引きこもっている私は特に行く当てもない。

 こんな時、キラキラした女子高生――いわゆる陽キャの人たちはどこに行くのかな、と考えつつ人通りが多い場所を目指す。私が人とは違うと気づく人はいるのだろうか。それともいつもどおり周りには無関心のように、ただすれ違っていくだけなのだろうか。道行く人からは自分がどのように見えているのか気になった――。


 ……だが、私の足は人通りが少ない歩道橋の上を歩いていた。歩道橋の上から覗くと大勢の人が横断歩道を渡っているのが見える。

 いつも家で引きこもっている私には人通りが多いところを歩くという習慣がない。無意識的に避けてしまったのだろう。外見がロボットだろうが私はいつもどおりの私だった。


「何やってんだか……」


 周りにどう映るか調べるために人通りが多いところを目指そうと思っていたのにこれでは本末転倒だ。

 でも苦手なことを無理にやる必要はない。それなら別のことを調べればいい。


「そう言えば、確か写真を撮る機能があったはず……」


 だが、デジカメのように写真を撮るための物理的なボタンは存在しない。メールで送られてきた説明書にはどの範囲をどのような構図で撮りたいかイメージするだけだと書いてあった。

 普段なら一眼レフやスマホのカメラを使って拡大しないと見ることができない物も、このアーカロイドならレンズを通して細部まで鮮明に見ることができる。



「こうかな……」


 広角にして渡る人すべてを写してもつまらない。適度に拡大し、横断歩道で信号待ちをしていた人たちが渡り初め――端と端の集団が交わりそうなところを狙う。

 信号が変わり、歩行者信号が青になる。待っていた歩行者は両端とも一斉に動き出す。

 

「いまだっ……!」


 そう思った瞬間、一瞬、視界全体が切り取られたように境界線で四角く枠取りされた。そしてそれは左下に小さくリサイズされ、その下に


『※所有している携帯端末に送信しますか?』


 とメッセージが表示されている。

 携帯で見てみるかな、と思うと同時にポケットの携帯が振動する。今の一瞬で送られてきたんだろう。

 画面を操作し、画像フォルダを開き、先ほど撮った写真を見てみると自分が見たそのままの視界がきれいに写っていた。

 特にぼかそうとかも思っていなかったので全てにピントがあっていた。

 すごいな。鮮明すぎるし、ピントも自動か……。


「これじゃあ、一眼レフもいらないし、わざわざカメラを持ち運ぶ必要無いじゃん……」


 と、アーカロイドの性能の高さに圧倒されていると、視界左側のリサイズされた写真があった場所付近で何かがくるくると回っていた。


「なんだこれ?」


 突如、視界中央に表示された先程撮ったばかりの写真――集団がちょうど交わりそうになっている歩行者たちの写真の中央左上あたりで一人赤く囲われている人物がいた。その人物――ピンクベージュのセミロングの髪型の少女は人の波に揉まれながら渡ろうとしているところだった。


『画像認識スキャン完了。対象はUHRCoM 0号機と認識。使用者は旭川ヒナです』


『また、旭川ヒナはバイオフロンティア社、旭川秀樹博士の娘です』


 立て続けにシステム音声が流れ、画像人物認識スキャンの結果とともに表示されたのは、旭川博士の写真と創薬会社――バイオフロンティア社の外観画像だった。


「うそでしょ?」


 私は、旭川ヒナが操作するアーカロイドを見つけた。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 どうしよう……。どうすればいいの?


 気づいていない素振りで歩いてはいるが、後方で電柱の陰に隠れながらつけている人物はまだ数十メートルほど距離を保ちながら私の跡を追っていた。

 緊張と不安により、アーカロイドを操作する私の心臓は高まり続けていて息も上がってしまっている。

 呼吸も荒い。苦しい。

 アーカロイドには心臓が無いはずなのにまるで心臓がついているようだ……。

 部屋で操作している私は寝ていながら長距離走をやっているかのような状態なのだろうか。


  私の勘違いだよ……。勘違い……。勘違いなんだ。

 だから私にそれを見せないで……!

 

 私の不安はどんどん膨れ上がっているばかりだった。自分の間違いだと――勘違いだと思いたいのに、私がつけられていることを認識してしまったことでアーカロイドのアーカム・システムはその人物を警戒して強調表示し続けている。

 そのシステムにより、それは勘違いではなく事実だと、突きつけられているのだ。


 とにかく今は逃げるしか無い。どうする?どうすればいい?

 早く大通りに行って人混みに紛れよう。次の角を曲がれば大きな交差点に出るはず。

 ちらり、と後ろを見て追跡者がまだいるのを確認すると、ヒナは足を進めるスピードをあげた。

 


 

 

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